「いいこと思いついた!」

いつも通り俺と古泉がオセロをし、長門がパイプ椅子で本を読み、
朝比奈さんがメイド服を翻してお茶を配っている時に嵐は突然訪れた。
絶対に負けないオセロ、時々ページを捲る長門の指、朝比奈さんの美味いお茶……。
そんな平和(だろうな、随分感覚は麻痺してるが比較的平和だろう)な日常を壊したのは
いつも通りSOS団の団長涼宮ハルヒだった。
ハルヒは机をバシンと叩き、勢いよく椅子から立ち上がるなり目を輝かせている。
なんなんだ、一体。さっきまでの通り窓の外を見ててくれたほうが平和でいいんだが。
どうせこいつの提案なんてろくなもんじゃないしな。
経験上、ろくなことがない!
俺が無視して盤上に目をやろうとした時……

「どんなことですか?」

あー、あいつその2こと古泉一樹くん。
ハルヒを乗せるな!頼むから!

「今、外で野球部が練習してたのよ!それで思いついたんだけど……」

そしてうまく乗せられてしまったハルヒはビシッ!と人差し指を天井に向け、
予想通り、ろくなもんじゃない発言をしてくれた。

「SOS団も、合宿するわよ!」

予想通り……というのは撤回しよう。正しくは予想以上の発言、だ。
長門はその一瞬ページをめくる手を止め、
朝比奈さんは俺にお茶のおかわりを注ごうとしたまま笑顔で固まってしまっている。
古泉は相変わらずの笑顔だったがな。忌々しい。

「あの……涼宮さん、合宿って何をするんですか……?」

ようやく立ち直った朝比奈さんがおどおどと口を開く。
ハルヒはずんずん歩いて朝比奈さんの前に立ち、しばらく睨みつけるようにしてから――
人差し指を朝比奈さんの鼻先にビシッと突き付け、そりゃあもう満面の笑顔だ。

「みんなで部室に泊まってミーティングしたり、宇宙人と交信したり、
異世界人に関する話を順番にして最終的には扉の向こうに異世界人が……とかよ!」

おいおい、最後は違うもんが出てくるぞ。
異世界というか死後の世界というか……ん?これも異世界に入るのか?
それはともかく、文句を言う暇など与えずにハルヒはどんどん話を進めていく。

「いい?今から一度帰って夜にもう一度忍び込むのよ!
窓の鍵はあたしが開けておくわ。
各自着替えと食料を持って来ること!」

そして最後にお決まりの台詞。

「来ないと死刑だから!」

昼も夜も俺に安息は訪れないのだろうか……。




俺が大きめのスポーツバッグに着替えと食料を入れ、指定された窓を通り、
よく閉められなかったな……などと考えながら部室に着くと既に全員が集合していた。
床にはどこから頂戴して来たのか畳んだ布団が置いてあり、机にはポテトチップスが広げられている。
これじゃ合宿というより、ただのお泊り会だな。
ハルヒの遅い!だの罰金!だの叫ぶ声を背に受けながら俺はいつもの席に荷物を置いた。
椅子に腰掛け、改めて周りを見回すと既に全員パジャマに着替えている。
そこまで遅くなったつもりはないが、
ハルヒのアバウトすぎる発言に機嫌を損ねてはならないと慌てて来たのかもしれないな。
珍しく長門もちゃんと着替えてる。
もっとも、スーパーの二階の婦人服売り場あたりでセールワゴンに売ってそうなよくあるチェック柄のパジャマだが。
こんな言い方をすると失礼だが、やはりこれくらいの方が長門は長門らしい。
相変わらずの笑顔で佇む古泉も高校生には見えないな。
実年齢を聞くのは朝比奈さんよりこっちが先かも知れない。
ハルヒのパジャマも長門のパジャマも(あ、ついでに古泉も)それぞれ似合っているのは確かだが、
それ以上に朝比奈さんが眩しい。
ピンクのパジャマから見える肌が眩しすぎるぞ朝比奈さん!
男も来ること分かってるのか分かってないのか、
とにかく無防備すぎてどうかと思ったが黙って堪能することにする。

「あの……キョンくん?」

鈴の鳴るような可愛らしい声にはっと顔を上げると朝比奈さんは頬に手を当て赤くなっていた。

「似合いませんか……?」
「いいえ、全然似合っています」

俺がきっぱりと即答すると朝比奈さんはさらに赤くなって俯いてしまった。
こういう初々しい反応も可愛らしさのひとつなのだろう。
朝比奈さん、やっぱりピンク似合うな……なんて考えていると、ふと視界の端に妙な違和感があった。
気のせいかとも思ったが、一応そっちを向いてみる。
違和感の正体は朝比奈さんと少し離れて立っていたハルヒらしい。パジャマのせいではなくやはりどこか違う。
それからハルヒを爪先から頭の上まで見て漸くその違和感が何なのか気付いた俺は鈍感なんだろうか。

「ハルヒ、カチューシャしてないんだな」

そう、なんてことはない。それはカチューシャの無いハルヒだった、というわけだ。
そりゃそうだ、私服も制服も、水着の時まで付けてるようなものが急に無くなったら違和感も覚える。
俺が思わず口に出して呟くとハルヒは「はぁ?」と声を洩らし、腕を組んだまま

「付けてなくて当たり前でしょ、パジャマなんだから」

と一言、顔をぷいっと背けてしまった。
不機嫌そうなところを見ると機嫌を損ねてしまったらしい。
他の三人がそうしないように気を遣っていたのに、申し訳ない限りだ。
ハルヒはしばらくその姿勢を崩さなかったが、ふと朝比奈さんに顔を向けた。
自分がこれからどんな目に合うか察したのか、朝比奈さんが思わず怯えるような表情を浮かべる。

「みくるちゃん、ちょっとこっち来なさい」

しかしハルヒがそう言うと、朝比奈さんは逆らえるはずもなく、
親に叱られる子供みたいな顔でそーっとハルヒの前に立った。

「みくるちゃんねぇ、こんな服着て襲われたらどーするのよっ!」
「ひいっ!?」

ハルヒはいきなりがしっと朝比奈さんの小さく細い肩を掴み、ぶんぶん!と前後に揺さ振った。
つーか襲われたらってなんだ襲われたらって!

「古泉くんはともかく、キョンもいるのよ!
こんな服で寝たりしたらすぐに飛び掛って来るんだから!
……こんな風にっ!!」

ぐわしっ!

「ひ、ひいい〜っ!」

羽交い絞めにされ、ハルヒに胸を揉まれ、今にも泣き出しそうな声を出しながらばたばたと抵抗する朝比奈さん。
羨まし……じゃなくて!
さすがにそんなことはしない!……しないしない。

「す、涼宮さんなんでそんなに楽しそうなんですか〜!?」
「それはお前を食べるためだよ赤ずきんーっ!」
「いやあああーっ!!」

おーい、ハルヒ。そろそろ離してやれよ。
朝比奈さんが泣きそうになってるぞー。

「古泉……あれは止めるべきか……?」
「さぁ?」

肩を竦めて笑うものの、興味が無さそうな古泉。
なんだなんだ、お前も妙に不機嫌そうだな。
今日は揃いも揃ってなんなんだ?

「長門……」

最後に助けを求めるように長門を見たものの、相変わらず長門は本に夢中だ。
ハルヒはストレス解消のためか朝比奈さんをおもちゃにしてるし、古泉は興味無さそう……寧ろ何故か不機嫌気味。
ついでに長門は本の虫。

「おい、ハルヒ……」

なーんて言ったものの続きは思いつかない。
この場をどうやって収めたもんかね、と考えていたところ、それは意外な形で収まることとなる。
いや、収まったというか強引にその空間を破られたというか……。

「――あたし、疲れたからもう寝る。
キョン、古泉くん、男は外で寝なさい」

突然朝比奈さんを解放し、こっちを睨みつけるハルヒの言葉の意味が分からず、俺はしばらく立ち尽くした。
ハルヒが聞こえなかったの?と言わんばかりの表情で立っている。

「出・て・け・っ!」

――これ以上ハルヒを怒らせるとまずい!
ストレートすぎる言葉をぶつけられて身の危険を察知した俺は、
言われた通り古泉とバッグを引っ張り部室から朝比奈さんの着替え現場を目撃した時くらいの速度で外に出た。
それに本気で怒鳴られるとさすがに怖いし。
扉を閉めてようやく一息吐くと、部室の電気がぷつりと消えた。
本当にハルヒは寝るつもりらしい。
暗闇の中で長門はまだ本を読もうとしているかもしれないな。
周りのことも考えろよ、まったく。




「ったく、ハルヒのやつ……」
「ふふ、困りましたねぇ」

言われた通り俺と古泉は廊下に腰を下ろし、先程までいた部室に目を向けていた。
困りましたなんて言いながらどう見ても困惑している様子はない
しかし、部室を追い出されてどこで寝ろと?
とにかく着替えてしまおうと服を脱ぎ、パジャマを手にかけたところで扉の開く音がした。
音の方に顔を向けると、長門が顔を少しだけ出して(もちろんいつもの無表情だが)気まずそうにしていた。

「ごめんなさい」

何故長門が謝る?
何に対して謝っているのか皆目見当もつかないんだが。
……ああ、もしかして俺が着替えてる最中だったからか?
その予想はどうやら当たったらしく、「気にするな」と言うと一度頷き、ようやく姿を現した。

「これ」

長門が抱えていたのは二枚の毛布だった。
二枚ということは俺と古泉の分だろう。
つまり、それは……

「長門……」
「なに?」
「有り難いんだが、これは廊下で寝ろってことか……?」
「そう」

それだけ言って長門はまた暗闇に消えてしまった。
……いや、長門は長門なりに気を使ってくれたんだ。
有り難くこの好意を頂戴することにしよう。
俺はようやくパジャマに着替え、毛布を古泉に手渡した。
やることも無いので毛布に包まる。

「おや?あなたももうお休みになられるのですか?」
「お前と二人で廊下に追い出されて何をしろって言うんだ」

ハルヒの提案に従って百物語でもしてみるか?
俺は50も話を知らないけどな。
そう言うと古泉はクスクスおかしそうに笑った。

「いえ、こういう時は『お前好きな奴いないのかよー』とか話すのかと思いまして」

俺は修学旅行ではしゃぐ中学生か。

「僕はいますよ?」
「あーはいはい、そうかそうか、頑張れよ」

古泉のこういう時の言葉はどうも本人的には下手なジョークらしい。
分かってるから適当に流す。
うん?俺まで不機嫌になってきたか?

「仕方ない。寝るぞ、古泉」
「あなたとですか?」

殴るぞ。

「冗談です」

ああ、まったく。
もう冗談でもなんでもいいから殴らせろ、と言いたい。
苛立ちつつ、目を閉じゆっくりと深い夢の中へ……行こうとしたんだが、それは古泉によって阻止されてしまう。

「――残念ながら、しばらくは寝られそうもありませんね」

古泉がスッと立ち上がり、窓の外に目を向ける。
何故邪魔をするんだ、と怪訝な顔をしながら俺も同じように立ち上がり、
外を見るとそこにはいつかみた青い光が集まり、人の形になろうとしているところだった。

「たった今、かなりの規模の閉鎖空間がここに発生したようです」




まったく、なんで俺はいつも厄介事に巻き込まれるんだろうね。
どうせ好かれるなら幸運の女神にしてもらいたい。
しかし、残念ながら俺は古泉と共に「閉鎖空間」に迷い込んでしまったようだ。
ここから出るには確か、あの青く発光する巨人を倒さなければならないんだったか。
古泉にはさっさと仲間を呼んでぱぱっと倒して俺をここから出して欲しいもんだ。

「それは出来ません」
「なんでだ」

あの巨人を倒すのが超能力者の仕事じゃなかったか?
それを「倒せない」とは。
一体どういうことだ?

「言ったでしょう、かなりの規模の空間が発生したと。
こういった大規模な空間に入るにはかなりの力が必要なんです。
僕がここに入れたのは偶然か、あるいは涼宮さんが新しい世界でも僕が存在することを許可したか。
そのどちらかでしょうね」
「それは、つまり……」

背中を嫌な汗が伝う。
頼むから俺の想像とは違う言葉を言ってくれ。

「ええ、今戦うことが出来るのは僕だけだということです」

古泉は真剣な顔で告げる。
嫌だ、と口に出しそうになるがそれが何故「嫌」なのか自分でも分からなかったので、出掛かった言葉を飲み込んだ。

「キョン君、あなたはここにいて下さい」
「古泉……?」
「僕が必ず食い止めます」

そう言うと同時に、古泉が赤い光に包まれていく。
古泉が窓から飛び降りると同時にそれは赤い球体となり、
いつか見たように破壊を開始しようとしている青い巨体に向かって突撃した。
違うのは、球体がたった一つだけだということだ。
古泉は言った。「ここにいて下さい」と。
ここにいてどうするんだ?
ここからは出られないんだろ?
俺だけここにいろと言うのか?――古泉を置いて?
古泉はどうするんだ?
あんな巨大な相手に一人で本当に立ち向かえるのか?
俺は確かに何の力も無い。
超能力者でも、宇宙人でも、未来人でも、ましてや神でもない。
だが、古泉一人にすべてを押し付けて逃げるなんて……!
そうだ、逃げるわけにはいかない。
なんとかして古泉の力にならなければ……。
そう思い、顔を上げた俺の目に映ったのは――……




眼前に迫った巨人の青い腕だった。(古キョンルート


吹き飛ばされ、地面に落下した古泉だった。(キョン古ルート


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