窓の外、校舎のすぐ傍に何かが落下した。
始めは壊された校舎のコンクリートか何かだと思った。
だが、それは……

「古泉……!?」

それは、地面に落下したそれは、古泉だった。

「ぐ……」

古泉は小さく呻くような声を洩らし、左腕を押さえて立ち上がった。
今の衝撃で何らかの傷を負ったらしい。
それでも古泉は何度も巨人に突進を繰り返す。
いい加減止めろよ!
世界がどうこうの前にお前が死んじまうぞ!?
……あいつが命をかけてるのに、俺だけこんなところで見ていられるか!
俺は思わず部室の救急箱を引っ掴み階段を駆け下りていた。
行ったところで邪魔になるだけじゃないだろうかとも考えたが、
いてもたってもいられなくなってしまったものは仕方が無い。
ふら付いたところを支えてやるくらいは出来るかもしれないしな。

「古泉!」

ようやく階段を下り、校舎の外に出た俺は息を切らせて古泉に駆け寄った。
ぽたぽたと地面に血が滴り落ちている。
やはりどこか怪我をしているようだ。

「キョンくん……!?どうしてここに……!」

ああ、よく見ると顔もドロだらけだぞ。
そりゃあ地面にあんな風にヘッドスライディングすればドロだらけにもなるか。

「お前が戦ってるのに俺だけ逃げるわけにはいかないだろう」
「でも……」
「お前が負ければ俺も消えるかも知れない。結局同じことだ」

そう、古泉があいつの暴走を止められなければ俺はどうなるか分からない。
この俺が新しい世界に俺として存在するのか、或いはハルヒにとって都合のいい俺が現れるのか。
もしかしたら存在そのものが消える可能性だってある。
そうなれば逃げたって意味なんかないだろ?

「しかし、今回の神人は様子がおかしいんです……」
「おかしい……?」

俺にはいつか見たように破壊活動を続けているようにしか見えないんだが。

「どうやら、僕を狙っているようなんです」

神人が、古泉を?
……そうかそうか、モテモテだな古泉。
――なーんて言ってる場合じゃない。
古泉によると、理由は分からないがいつもは無差別に破壊活動をするはずの神人が
今回は古泉だけを狙って来ているらしい。

「ですから、早く僕から離れて下さい」
「でも、お前……!」
「僕は大丈夫です……ですから、離れて下さい」

古泉がぎゅっと唇を噛んだのが分かった。
大丈夫じゃないだろう、と言いかけて止めた。
たった一人であんな化け物を相手にするんだ。
俺なら逃げるか諦めるかしている。
それを、こいつは……。
赤い光の玉が巨大な腕を巧みに避けつつ、突進を繰り返す。
そしていつか叩き落され、ドロをはらってもう一度。
何故ここまで出来るのだろう。

そう考えている間にも、古泉はまた地面へと落下した。
しかし、その場所には神人が追撃を仕掛けようと待ち構えている。

「古泉ーっ!」

俺は、古泉を助けなければ、と必死で走った。
驚くような速さで俺は古泉の前にたどり着き、古泉を庇おうと抱き起こした。
そしてぐっと目を閉じ、痛みに耐えようとしたのだが――

「……?」

攻撃はいつまでも降ってこない。
俺はそっと目を開け、顔を上げた。
すると何故だろう、腕を振り上げたまま、神人は動かないでいた。
一瞬長門あたりがなんとかしたのか、はたまたハルヒの気まぐれか……と考えたが、
破壊は続けているあたり違うらしい。
では、原因は何だ?
まさか、俺が来たから……?

「キョン、くん……?」
「古泉、大丈夫か!?」
「ええ……大丈夫です。なんともありません」

古泉が弱弱しくへらっと笑う。
何が大丈夫なんだ……。
こいつはいつも笑顔で肝心なことを隠す。
本当は大丈夫なんかじゃないくせに。

「それより、早く僕から離れないとあなたまで……」
「いや、何故か俺が来てからあいつはこっちを攻撃しないんだ。
それならこのまま離れないほうがいいんじゃないか?」

そう言うと古泉は照れたような困った笑いを浮かべ、首を横に振った。

「いつまでもこうしているわけにはいきませんよ。
早く神人を倒さなければ……」
「倒さなければ?
倒さなきゃ、何だって言うんだよ」
「キョンくん……?」
「あいつを倒すのと、自分の命とどっちが大事なんだ!?
こんなになって……」

俺はようやく救急箱を持っていたことを思い出し、手早く消毒を済ませ、
左腕にガーゼを当てて包帯を巻いた。

「倒さなければ、世界が崩壊することだってあり得るんですよ?」
「それがどうした、自分が死ねば世界も何も無いだろ」
「僕にはあるんです」
「自分の命より大切だなんて、お前馬鹿だろ!?
何考えてんだ、まったく……!」

俺がため息を吐くと、古泉は珍しく睨みつけるような目でこちらを見た。
どこか悲しそうな目だった。

「あなたが……あなたが消えてしまうようなことになったら……」
「俺…?…」

突然、何を言い出すんだろう。
古泉は俺の疑問にも答えず、いきなりせきを切ったように話し始めた。

「確かに……戦うのは痛いしもううんざりなくらいです。
――でも、あなたのために……あなたという存在を守るために戦うのは、不思議と怖くなかったんです」
「古泉、お前が何を言ってるのか……」

本当は、分かってるさ。
古泉が何を言いたいかくらい。

「キョンくん、僕は……あなたが好きです」

やっぱり、と内心思った。
しかしやはり驚きは隠せない。

「……もっと早く言うべきだったかもしれませんね。
あなたのためだと言いながら自己満足で戦うよりは……」
「古泉……」
「分かっています、どんな拒絶も覚悟の上です。
ですが僕は……」
「古泉、」
「それでも、僕はあなたのことを――」
「古泉っ!」

あまりにも辛い顔で笑う古泉を見るのが辛くて、思わず声を荒げてしまった。
いかんいかん、俺が逆にプレッシャーかけてどうする!
……とはいえ、俺になにを言われるのだろうと不安げな笑みをしている古泉を見ていると
なんと言っていいのか分からなくなってきた。

「あー、っと……」

仕方なく、腕の中の古泉を抱き寄せた。
あんな顔を見てるのは辛い。

「キョンくん?」
「頼むからそんな顔するな。見てるこっちが辛い」

それを聞いた古泉はクスクスと笑った後、泣きそうな声で

「ありがとうございます」

と小さく呟いた。

「さて、そろそろあちらを放置しているわけにもいかないでしょう」

立ち上がった古泉はもう一度神人と戦いに行くつもりらしい。
一応まだ腕が飛んでこないように手だけはぎゅっと握っておく。

「キョンくん、本当にありがとうございました」

そう言って笑う顔は相変わらず見てるこっちが悲しくなるものだった。
少しくらい笑顔を崩したところで誰も何も言わないだろうに。
俺は、「では」と言ってまた光に包まれようとする古泉の腕を思いっきり引っ張る。
当然の如くかなり驚いているようだ。

「古泉!」
「はい?」

その笑顔をなんとか止めさせようと思いついた苦肉の策を俺は実行に移した。
引き寄せられ、バランスを崩しながらこちらを振り返った古泉の唇に一瞬自分のそれを重ねる。

「あー……その、なんだ」

困った。
困ったぞ、予想外に照れてしまう。
古泉もぽかん、とした表情で真っ赤になっている。

「……とりあえず、頑張れよ」

それ以外に言葉が思い浮かばず、頭をかきながらそう言うと古泉は心底嬉しそうな顔で頷いた。
赤い光となった古泉が攻撃をすべてかわしながら飛び回るうちに、やがて神人の身体は崩れ始め、光に包まれた。
その何も見えない光の中で古泉の声を聞いた気がし、俺は必死で目を開けようとする。
開けた頃には既に今までの閉鎖空間に戻っており、ただひとつ違うのは神人がいないことだけだった。
よくやったな、古泉!と古泉に労いの言葉をかけようと辺りを見回すが、古泉はどこにもいない。
何故?
まさか……

「まさか、神人と一緒に消えたっていうのか……!?」

そんなはず、無い……はずだ。
古泉が消えるなんてそんなはず……。

「古泉!古泉ー!」

叫びながら周囲を探すが、どこにもいない。
どうして消えたんだ……。
人の話を最後まで聞かないで……

「古泉、本当はお前のことが――」



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