No.066 零れた勇気



「くそ……ナルガ!
返事しろ!」

白い煙に遮られて何も見えない。
声は聞こえるのに、視界がはっきりしない。
ここにあるのはニンゲンの声と、ナルガの叫び声だけ。
ニンゲンの方も満身創痍らしい。
鎧から腐食臭がしていた。
イビルの奴が頑張ってくれたからだろう。
幸い、あいつも眠らされてるだけだ。
ニンゲンを追い返せばきっと助けられるだろう。

「くそっ……!」

なのに、俺は何をやってるんだ。
敵の位置も分からず、ナルガを助けに行くことも出来ない。
さっきからナルガの声はどんどん苦しげになっているのに。

「ちっ……煙玉が!」

ニンゲンの焦ったような声。
それに続いて、視界がはっきりしてくる。
どうやら煙幕はもう使えないらしい。

「――見つけた!」

鮮明になった視界。
俺に見つからないようにするためか、この狭い空間の端にナルガとニンゲンはいた。
どっちもボロボロだ。
ナルガは尻尾から血を流している。
……斬られたんだ。
綺麗な長いあの尻尾を。
俺がもっと早く助けに行ってやれたら、こうならなかったかもしれないのに。

「……っ!?」

ナルガのすぐ後ろにあった物に、俺は目を見開いた。
アレは知ってる。
感電させて相手の自由を奪う罠だ。
さっきイビルもアレに捕まってた。
ニンゲンはうまくそこにナルガを誘い込もうとしているらしい。
ナルガは片眼を潰されていて、丁度死角の位置だ。
よく見るとニンゲンは武器を納めている。
手に持っている玉は、多分睡眠薬の類いだ。
あのイビルを眠らせるくらいだ、ナルガなんて簡単に眠らされてしまうだろう。

「ナルガ!」
「ティガ!?
来るなっ!」

俺は走り出していた。
来るな、と言われても止まれない。
俺はナルガを突き飛ばして、自ら罠にかかった。

「っ!」

身体中に電流が流れる。
電気に対する耐性が無い俺の身体にはキツい。
痙攣し、あんまりかっこいい状態じゃないのが自分でも分かる。

「なんだと!?」
「ティガ……!?
なんで……っ!」

多分、ナルガをこいつで眠らせて、それから俺をゆっくり始末するつもりだったんだろう。
ニンゲンの驚いた声が聞こえる。
ナルガの泣きそうな声も。
俺はなんとか足を踏ん張り、ニンゲンを睨んだ。



「まったく君は馬鹿だよ」

ナルガは呆れた顔をした。
ニンゲンはどうやら俺達を同時に相手にとる力量は無かったらしく、大人しく帰っていった。

「ナルガ守る為に自分から罠に飛び込んだんでしょ?
あれすっごい痛いのにね!
すっごい痛いのにねーっ!」
「あー、滅茶苦茶痛かったな……。
まだ若干痺れが残ってるし」

無事に目覚めたイビルも話に乗ってくる。
イビルはあまりたいした怪我は無さそうだ。

「でも悪かったな、ナルガ。
もうちょい早く助けに行ってたら尻尾斬られなかったのによ」

俺の言葉に、片眼に包帯を巻いたナルガが首を振る。
眼の方は一時的なものでたいしたことは無いらしい。
しかし、尻尾はどうにもならないそうだ。

「いや、完全に僕の実力不足だよ。
僕の方こそ、罠に気付かなかったせいで君を巻き込んでしまったんだから」
「あれはいーんだよ!
俺が勝手にやったんだから!」

岩を飛ばすとか、ナルガに注意を促すとか。
多分罠を回避する方法はいくらでもあったんだろう。
けど、俺が選んだのはあの方法だった。

「あの罠とボロボロのお前見た瞬間に、俺がお前を守るんだ……って思ってよ。
身体が勝手に動いてた」
「ふえー。
ティガみたいな勇気、嬢には無いよ無いよー。
嬢が勇気出す時なんて賞味期限の切れた牛乳飲むときくらいだよー?」
「……その勇気は俺にはねェよ」

イビルは完全にいつも通りだ。
あんなにぐったりしてんの見た後だから、ホッとする。
それはナルガも同じだったらしく、ようやく微笑みを浮かべてみせた。

「ティガ……ありがとう」
「礼なんかいいって。
俺が助けたかったんだから」
「ん……そうか。
でも僕が言いたいんだ」

俺はナルガに精一杯の笑顔を返す。
ニンゲンはきっとまた俺達のところに来るだろう。
でも、何度だって俺がナルガを守ろう。
そう心に誓った。



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