No.022 カラクリ言葉



「世の中ね、顔かお金かなのよ」

本を読んでたかと思ったら、サイファーは突然そんな物騒なことを言い出した。
おい、と思わずつっこむがサイファーは呑気にコーヒーをすすっている。

「世の中ね、顔かお金かなのよ」

サイファーは同じ言葉を繰り返した。
こいつが言うと妙に説得力があって困る。
奴は顔の半分を負傷しているらしく、飛ぶ時以外はいつも隠している。
そして金を稼ぐことにのみ情熱を燃やして生きている。
顔か金か、なんて言葉はまるでそんな相棒そのものだ。

「……何かしら、その目」

俺はいつの間にか相棒に同情の眼差しを向けていたんだろう。
サイファーの顔は複雑そうに歪んだ。
人一倍哀れみや同情を嫌う、可愛いげの無い女だからだ。

「いや……顔か金かなんて言い出すなよ、いきなり」

俺が正直に思ったままを言うと、何故かサイファーはクスクス笑った。

「もう、違うわよ。
本に書いてあったんだけどね……」

何が違うんだ、と呆れたが言うとややこしそうなのでやめておく。
俺はサイファーから本を受け取り、その指の示す先を見た。

『よのなかねかおかおかねかなのよ』

…………。
なるほど、逆から読んでも同じになる。
それでサイファーが二回も読んでたのか。
しかしとんでもない文章だ。

「お前が言うと文章そのままの意味に聞こえるんだよ、相棒」

俺が思った通りに口にすると、サイファーは心外だとでもいうように頬杖をついた。

「あら、失礼ね。
私は顔になんて興味無いわ。
顔でお腹は膨れないんだもの」
「金しか見てないからな……」
「お金だって、自分で稼ぐから意味があるのよ。
だから他人のお金には興味無いの」

サイファーの言葉はある意味素晴らしかった。
こいつを知らない奴が聞いたら、パートナーの条件に顔と金を求めない理想的な女性に見えたことだろう。
ただし、現実は違う。
現相棒の俺が言うんだから間違いない。
奴は自分の機体と自分の稼いだ金、つまり自分の腕以外のものは何も信じていない。
この世界で生きてきたのだから当たり前だとも言える。

「じゃあ、顔か金かどうしても選ぶなら?」
「どちらも選ばないわ。
私には必要無いもの。
まあ、選ばないと死ぬと言われてどうしても選ぶならお金ね」

……本当に可愛いげの無い女だ。
俺はコーヒーのおかわりを貰いに向かう相棒の背中に毒づいた。

「――でも、もしも世の中が本当に顔かお金かなら」

戻ってきたサイファーが、付け加えるように唐突に口を開く。
右手はコーヒーをかき混ぜ、左手は頬杖をついたまま、何の気なしに。

「きっと貴方は世界中の女性に愛されるでしょうね」

……ん?
そりゃどういう意味だ?
聞き返す俺に、サイファーはコーヒーを飲みながら答えた。

「だって貴方は顔も素敵だし、職業柄お金もそれなりに持ってるはずだわ」

俺はすぐには言葉を返せなかった。
腕や機体ではなく俺の、それも外見をサイファーに褒められたのは初めてだったからだ。
しかしこれは、褒めると同時に別の意味にも取れた。

「そいつはどうも」

反応に困ったが、肩を竦めておく。
相棒の言葉はとどのつまり、遠回しにフラれたのと同意義だ。
本人に自覚は無いらしいが。

「確かに世の中が顔か金なら、世界中とはいかないまでもいいとこまで行くかもな。
――ただし、機体と自分の稼いだ金しか見てないどっかの相棒を除いてだ」
少し嫌味な言い方をしてみると、相棒は目をぱちくりさせて、俺の言葉を反芻した。
やはり自覚は無かったらしい。

「……確かに、そういうことになるわね」

サイファーは腕組みをしながら、少し困ったような素振りを見せた。
本当に俺の気分を害したように感じたんだろう。
最近は慣れてしまってそんなことは微塵も無いんだが、面白いので言わないでおいた。
サイファーはそこそこ真剣に、俺の機嫌を取る方法を考えているようだ。

「うーん……一応言っておくけど」

さて、何を思い付いたのやら。
俺は楽しんでいるのを顔に出さないよう努めながら、不機嫌なふりでサイファーの言葉を聞いた。

「私、貴方の腕と飛び方は愛してるわよ」

……腕と飛び方“は”…か……。
人間性を真っ向から否定された気分だ。
今までのどの言葉よりダメージがでかい。

「ラリー、顔色が悪いわ?」
「相棒、そんなに俺が嫌いか……」
「何言ってるの?
そんなことあり得ない。
私は貴方の軌道、サポート能力、正確な判断、全部大好きよ!」
「……もういい、ちょっと黙っててくれ」

俺はこの時悟った。
どんな情熱的な言葉も――いや情熱的であればあるほど、相棒の口から出たら最後。
とてつもない破壊力で心を抉る兵器になるのだと。



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