※地味に「探偵屋と怪盗屋」の続きです。



No.018 青と言う色



「で?」

五月四日は会いに行くから空けといてくれ、と言った黒羽に従ってやり、俺は何も予定を入れていない。

「だーかーらー!
開けといてくれって言っただろ!」

そんな日付が変わったばかりの五月四日、早速奴は現れた。
窓に張り付いて。

「窓だよ窓!
会いに行くから開けとけって言ったじゃねーか!」

てっきり、予定を空けとけって言ったのかと思ったのだが、違ったらしい。
結果、黒羽は鍵のかかった窓に阻まれ、恨めしそうにこちらを見ている。

「なんだよ、空けて損した」
「開いてねーっての!」

向こうはまだそのすれ違いに気付いていないみたいだ。
噛み合わない言葉を返してくる。
俺は、きっと黒羽に一日つれ回されるんだろう、という想像をしてただけに拍子抜けだ。

「っニャロー、こうなったら窓をいつもの手口で開け、」
「それやったら警察呼ぶからな」
「げっ……冗談だよ冗談!」

相手は怪盗キッド、釘を刺しておくに越したことはない。
黒羽は慌てたように笑ったが、多分本当にやろうと思えば出来るんだろう。
あのセキュリティの中を不法侵入してるんだから。
そんなことをさせたら今後何をされるか分からないので、俺はおとなしく鍵を開けた。
ニイッと笑った黒羽が、早速部屋に滑り込んでくる。
その一連の動きが手慣れすぎていて、なんだかイラッとした。

「何の用だよコソ泥」
「探偵なら自分で推理しろよなー。
まあ推理するまでもねーだろ?」

そう言い放ち、図々しくも黒羽が勝手に座りこむ。
こいつのペースに乗るべきじゃない。
俺はそう判断し、無視して携帯電話をいじくった。
黒羽の抗議の声が聞こえるが、無視する。

「……名探偵、なんか機嫌悪くねぇ?」

黒羽はとうとう床に寝転がった。
まるで自分の家みたいな態度だ。
怪盗が探偵の家でゴロゴロ寝転がってるって、どうなんだ?

「オメーが来たからだろ」
「え、俺のせい!?」

俺がぶっきらぼうに答えると、黒羽は大袈裟に飛び起きてみせた。
黒羽は半分くらいは冗談だろう、と淡い期待を抱いてるらしいが、俺の言葉は本心だった。
わざわざこんな時間に来るってことは、さっさと帰るつもりのはずだ。
だっていつ蘭やおっちゃんに見つかるか分からないんだから。
何しに来たのか知らねーけど、そのうち奴は帰るだろう。
おそらく一時間と経たないうちに。
……勘違いした挙げ句ゴールデンウィークの真ん中に予定開けた自分が馬鹿みたいじゃねーか。

「んー、なぁ名探偵、なんか知らねーけどそんな怒んなよ。
機嫌直せって。
ほら、これやるからよ」
「なんだよ」

あまりに黒羽がしつこいので携帯電話から顔を上げてみると、長方形の箱が飛んできた。
箱はきちんとラッピングされている。
はぁ?と黒羽を見ると、黒羽はあの不敵な笑みを浮かべていた。

「バースデープレゼントだ。
あ、もちろん盗品じゃねーぜ」

得意気な口調だ。
よっぽど俺が気に入る自信があるらしい。
俺は手早く包装をはがし、中の箱を開けた。

「…………」

中から出てきたのは、青い万年筆だった。
海外製のそれなりに値の張る物だ。
軸には「S.Kudo」と文字が彫られている。
細くて俺の手でも書きやすいところや持ち運びのしやすいところは、黒羽のくせに気が利いてると言えるだろう。

「……気に入らねーか?」
俺がじっと観察していたのが気になったのか、黒羽は心配そうに顔を覗き込んできた。
俺は首を横に振る。
本当は一目で気に入ったのだが、それは見透かされたようで癪に障るので言わないでおいた。

「おー、そんならよかった!」

黒羽は満面の笑みを浮かべ、突然こっちに手を伸ばしてきた。
聞き返す前に、黒羽の手が俺の頬に添えられる。
ビクッと大袈裟に肩を震わせてしまう自分が情けない。
黒羽は優しく微笑み、目を細めて言った。
「ほら、この万年筆ってお前の瞳と同じ色なんだぜ。
実用的なもんのが喜ぶかと思って見に行ったら、気付いたらこの色に吸い寄せられてたんだ。
ハッピーバースデー、新一」
「お、おう。
あ……ありがとな」

不意に名を呼ばれたことに驚き、俺は出来る限り平静を装ってみせた。
黒羽が一瞬何かを言いかけて、躊躇ったように視線を逸らす。

「あー、あのさ」
「ん?」

奥歯に物の挟まったような態度に、俺は小首を傾げた。
すると黒羽は何故か深呼吸を始めた。
なんなんだ一体。

「あのさ、名探偵……いや、新一」

数回それを繰り返した黒羽は、途端に真剣な顔付きになった。
目を離せず、俺は黙って黒羽の言葉を待つ。
黒羽の手が震えている。
しかしそれを誤魔化すようにぐっと握りしめ、黒羽は口を開いた。

「今ので分かった。
やっぱり俺、お前が好きだ」

真摯なのに、どこか淡々とした口調。
俺の理解が遅れたのはそのせいだろう。
予想外だった、といえば嘘になる。
ただ確信と証拠が無かっただけだ。

「……新一は?」

そう言いながら、黒羽は俺の目を真っ直ぐに見てくる。
俺の答えは決まっていた。
それはきっと黒羽も分かっているだろう。
なのにわざわざ聞くとは、意地の悪いやつだ。
必死で視線をさ迷わせるが、どこにも逃げ場が無くて、俺は仕方なく目を伏せた。

「……オーイ、そんな顔すんなよな。
キスしちまうぞー」
「んなッ!?」

ニヤニヤと笑っているのが目に浮かび、俺は反射的に目を開けた。
思った通り、黒羽はいつもの笑みを浮かべている。

「テメー、ふざけんな!」
「ま、断られても奪うけどな。
だって俺怪盗だしー」

その言葉の意味を、俺は一瞬で理解してしまった。
抵抗しようとすると、頬に添えられたままの手に力が込められる。
逃がさないとでもいうように。

「〜〜っ!」

俺はもう一度、ぎゅっと目を瞑った。
そのまま身構えていると、黒羽の唇が触れた。
……俺の万年筆を持ったままだった手に。

「っあー無理!
やっぱ無理!
ぷはー、やっべぇ!
俺の心臓破裂しそうだった!」
「……オイ」

とりあえず、俺は黒羽を睨んだ。
こっちは覚悟決めたってのに、奴はなんなんだ。

「っのバーロー!
やるならさっさとやれよ!」
「んなこと言ってもなぁ!
いざやるとなったら色々緊張すんだよ!
じゃあオメー出来んのかよ!?
つーか俺もうさっきのでいっぱいいっぱいだし!」

小声で怒鳴る黒羽の顔は真っ赤に染まっている。
いつものポーカーフェイスは微塵も残っていなかった。
完全に素が出てる。
それが何かに勝ったような気がして、俺は思わず笑った。

「何が可笑しいんだよ、こっちは真剣にだなー!」

最早ポーカーフェイスを取り繕っても無駄だと思ったんだろう。
黒羽は完全に普通の高校生になっていた。
俺は万年筆を握りしめる。
そして、まだ逆ギレして暴走してる黒羽に言ってやった。

「俺も好きだよ、快斗」

ぽかん、と黒羽が目と口を開けたまま固まる。
そこで初めて気付いた。
万年筆の青色は、そんな黒羽の瞳の色にも似てるってことに。



Back Home