No.009 月無夜



「っと」

今日は新月で、辺りはほとんど真っ暗だ。
だからそれを見たのはほんとに偶然だった。

「何やってんだ、あいつら……」

それは見覚えのある男達の顔。
俺とは違う隊の奴だが、間違い無く城の人間だ。
男達は二人の人間を取り囲んでいる。
片方はヨボヨボのじーさんで、もう片方は若い娘だ。
二人は男達にしきりに謝っている。
多分借金のかたに娘を差し出せ、とか言われたんだろう。

「まあしょーがねぇよな。
借りたもんは返さなきゃ」

俺は口出しせず、通りすぎることにした。
俺みたいな他の隊の奴がしゃしゃり出ることじゃない。
それに城に来ても死ぬわけじゃないし、じーさんと今生の別れってわけでもない。
今と同じように雑用して暮らすか、運がよければ殿に可愛がってもらえるだろう。
……って言ってんのに、邪魔しやがるお節介がこの町にはいる。
俺もいるし、殿だって馬鹿じゃない、だから悪いようにはしないってのに。

「お金は必ず返します!
明日まで待っていただければ、必ず返せるんです。
ですから娘だけは、娘だけは」
「駄目だ、期限は今日までと言っただろう。
俺達も仕事なんだ、これ以上待つわけにはいかない」
「お父さん、うっ……うっ……」

あーあ、泣いてやんの。
ちょっと城で働けば済む話だろうに。
まあでも、そろそろその泣き声を聞きつけてあのお節介が……。

「では、娘はもらっていくぞ」
「お父さーん!」

お節介が……来ない、なぁ?
うーん、おかしいぞ。
いつもなら凄い速度で現れて、屋根の上を飛びうつってくるんだけど。
おーい義賊さん、早く来いよー。
あの娘さんさらわれるぞー。
……やっぱり来ない。
町の人の為に働く義賊は、今日は休業日か?
何かあったのかな、なんて。
……ならしょーがねぇなぁ。

「今度美味いもんたっぷり作らせるからな、マサムネ」

俺は心の中で勝手に約束して、男達に近付いた。
俺の接近に気付いた男達が一斉に振り返る。

「何者だ!」
「明日返せるって言ってんだから、明日まで待ってやれよ」
「ふざけたことを……!」
「殿には俺が代わりに言っといてやるからさー」

生意気な口を聞いてた男達は、殿の名前を出したことでやっと俺が何者か気付いたらしい。
慌てて地面にひれ伏してみせた。

「あ……あなたは鉄砲隊隊長のダイ様!
し、失礼しました……」

何がなんだかわからない、という顔でじーさんと娘がおろおろしてる。
俺はニッと笑って、心配ないと手を振った。
返すもんはちゃんと返してもらうけど。

「で、明日のいつなら払える?」
「は、はい。
午前中にお客様が代金を払いに来るそうなので、そのお金を……」
「じゃ、お前ら昼過ぎくらいにもう一回出直せ」

俺の命令に、男達はびっくりするくらい素直に従って退散した。
直接のじゃねーけど上司は上司だから、当たり前といえばそうか。

「じゃ、俺はこれで……」
「お待ち下さい!
本当にありがとうございました!」
「ありがとうございます……ううっ……」
「あー、いいからいいから……」



それから俺は辟易するほどのお礼攻撃をくらった。
じーさんの首飛んでくんじゃないかって心配したくらいだ。
でも、たまには人助けもしてみるもんだな。
美味しい和菓子もたんまりもらったし。

「……!」

もらったまんじゅうをほうばろうとしたその瞬間、俺の前に白い影が突如降り立った。
銀色の三日月と隙の無い気配、刺すような緊張感。
マサムネに姿は似てるけど、どれもマサムネとはまったく違うものだ。
マサムネはマサムネでも、俺の知ってるマサムネじゃない。
あれは先代、17代目マサムネ。
マサムネの兄だ。

「なんだ……お前か。
先程こちらで悲鳴が聞こえたようだが……お前の仕業か?」

隻眼を向けられただけで、身体が震える。
まるで刀の切っ先を首に突き付けられてる気分だ。
普段はマサムネの前だから抑えてやってる、とでも言いたいんだろうか。

「それなら一足遅かったね。
俺がさっき解決したところだよ。
無駄足ごくろーさん」

暗闇でも鈍色に輝く三日月は月ではなく、まるで刃だ。
俺はそれの放つ威圧感をはね除けるように笑ってやった。
先代はぴくりと眉を寄せる。
意外だとでも言いたいんだろうか。
俺だって町の平和を守る為に努力してるってのに。
向こうが黙ったところで、俺は先程から気になっていた疑問を投げ掛けた。

「マサムネはどうした?
あんたが来てるってことは、何か来れない理由があるんだろ?」
「……お前には関係無いことだ」

先代は表情を変えずに言う。
そしてマントを翻し、屋根の上を飛びうつって消えてしまった。
事件が解決した今、ここにとどまる理由は無いってことだろう。
俺は知らず知らずのうちに安堵の息をつく。
もしもあいつが隻眼じゃなきゃ、俺はもっと前に殺されてたかもしれない。
俺は身震いしたが、気を取り直すように首を振った。
マサムネが来なかった理由は、明日の昼間にでも訪ねてみれば分かるだろう。
風邪ひいた、とかそんなんだったらいいんだけど。
出来れば訪ねた時にあのおっかない兄貴がいなければもっといいんだけど。
俺は道すがら、真っ暗な空を見上げた。

「やっぱ月が無いと、調子狂うよな」



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