No.003 サクラサク



『サクラ?』

俺が口にした花の名前に、相棒は首を傾げた。
事の発端はなんてことはない。
俺が読んでいた本にその花のことが書いてあり、丁度今が満開の季節だということを知った。
俺もあいつも仕事柄色々なところに行くが、生憎俺はその国には行ったことが無い。
なので実物を見たことも無かった。

「お前見たことあるか?」
『写真でならある』

どうやら相棒も実物は見たことが無いらしい。
まああそこは平和な国だし、俺達とは無縁なんだろう。

「この本によると、ピンク色の花がそこらじゅうの樹に咲きまくるらしい。
で、その花の下で酒を飲んだり歌ったりダンゴとかサクラモチってのを食ったり、とにかく騒ぎまくるらしいぞ」

本の中では、筆者がそのサクラの下で騒いでいた見知らぬ奴らに絡まれ、何故か一緒に宴会をしたそうだ。
これが本当だとすると、なかなか面白そうな国だ。

『サクラモチって何だ?
サクラで作る餅なのか?』

食欲旺盛な俺の相棒は、食い物の話にはよく食いついてくる。
その国のことわざじゃ「花よりダンゴ」とか言うらしい。
餅というのは見たことがあっても、食うとなるとよく分からない。
どうも一歩間違えると食べただけで死ぬらしいが、本当だろうか。

「えーとだな……」

丁度、本には筆者が初めて食べたサクラモチの感想が書かれていた。
どうやら筆者はかなりのカルチャーショックを受けたらしい。
サクラモチについて熱く語られている。

「豆を甘く味付けして煮たやつを、餅の中に入れて、それを塩漬けにしたサクラの葉でくるむらしい」

どうも主食にするものではなくスイーツのようだ。
俺がそれに気付いたと同時に、サイファーがガタンと立ち上がった。

『今から食いに行くぞ』

……ん?
俺はどうやら目が悪くなったらしい。
メモ帳におかしな文字が見える。
今から食いに行く……と読める気がするが、まさかな。

『飛行機予約してくる』

おい、ちょっと待て。
俺はとりあえず玄関に向かおうとするサイファーの腕を掴んだ。

「今からって、本当に今からか?」
「ん」

顔を引きつらせる俺に、サイファーは力強く頷いてみせた。
この顔は本気だ。
よほどサクラモチが気になるらしい。
まったく、甘いもんとなると途端に行動的になる奴だ。
でも準備があるだろうが。

「…………」

俺が手を離さなかったからか、サイファーが舌打ちした。
そして、乱暴に手を振り払い、メモ帳に新しい文章を書き始める。

『回りくどい奴だな』

回りくどい?
俺がか?
意味が分からず、少し苛立ちながら聞き返す。
俺がそんな反応を返すことを見抜いていたのか、サイファーは既に次の文章を書き始めていた。

『素直に一緒にサクラ見に行きたいって言えよ。
悩んでる暇があれば動け。
じゃないと戦場じゃ命取りになる。
それに、今が満開なら早く行かないと枯れるだろうが』

…………。
俺は目を見開きながら、ただメモの文字を見つめた。
サイファーはムスッとした顔で、どうやら俺の返事を待っているらしい。

「……よく分かったな」
『何年相棒やってると思ってんだ』

俺が頭をかいても、サイファーは不機嫌な表情のままだ。
おそらく俺がきちんと言うまではそのままだろう。
……俺は観念した。

「サイファー、俺とサクラ見に行かないか」
「ん、いいぞ」

サイファーはようやく機嫌を直し、ニッと笑った。
わざわざ声に出して返事までしやがって。

『じゃあ早速用意するか。
飛行機の席取ってくるから、適当に用意しといてくれ。
金と最低限の服だけでいい』

さっきから本気で行く気の相棒は、いてもたってもいられないらしい。
いつもより読みにくい走り書きの字を書いている。

「ああ、分かった。
スケッチブックは何冊持って行くんだ?」
『いらねぇよ。
仕事じゃなくプライベートの旅行だし、お前がいるからな』
「は?」

てっきりサクラやサクラモチの絵を描くかと気をきかせたつもりが、返ってきたのは意味不明な文章だった。
サイファーは器用に靴を履きながら次の文章を書いている。

「おい相棒、一体どういう――」
『一緒にサクラ見て、酒飲んで、サクラモチ食うんだろ。
絵描いてる暇なんかあるか』

サイファーは突き付けるようにメモ帳を見せるなり、さっさと飛び出して行った。
相変わらず行動が速すぎる。
いつも俺は置いてけぼりだ。

「……荷造りするか」

俺もとりあえず任されたことをとっととやろう。
悩んでる暇があるなら動いた方が早い。
確かにあいつの言う通りだ。
しかし、何も言わない奴が、素直に言えよ、か。
それに素直に言ったら言ったで殴るくせに我が儘な奴だ。
後で試しに素直に言ってやろう、色々と。
俺はほくそ笑みながら、服と鞄を引っ張り出した。



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