クゥが右手を出すと、すかさずレコンキスタがその手に小さなノートを手渡す。

「私の研究手帳だよ。
少年Aの観察日記とも言う」

俺が中身を問う前にクゥはそう答え、手帳を開いた。



twice



「『時空歴10年 春 カナリヤの研究が始まる』……。
以前から理論自体は唱えられていたが、本格的な研究が始まったのはこの頃だ。
私はその後すぐに別の部署から引き抜かれ、研究に参加した」

時空歴10年、今から18年も前の話だ。
俺が生まれたのが10年の冬なので、俺の生まれる半年以上前から研究が始まっていたことになる。
あの頃は別の世界の発見でどこもバタバタしていたと父さんから聞いた。
その混乱の中で研究が始まったのだろうか。

「次、私が『素体及び義体』の研究を完成させたのが時空歴13年のことだ。
ちなみに、身体の一部のみ義手や義足にした者はこの時点で既に誕生している。
特に私が初めてチーフを勤めた『サラ』は素晴らしい出来で……」
「自慢話はいいから、続けてくれ」

得意げに説明するクゥを遮り、俺は続きを促した。
レコンキスタが睨んでいるがそんなことは気にしていられない。
悪趣味な研究の話なんて本当は聞きたくないのだ。

「ふむ。
ではそれはまたの機会にして続けよう。
素体第一号『少年A』の完成は四年後、17年のことだ」
「……俺の両親が殺されたのは完成してすぐだったのか」
「完成したばかりの少年Aは実に不安定でね。
敵と味方の区別もつかない、我々にしても厄介な存在だったのだよ。
廃棄処分直前のね」

クゥはそう言って肩をすくめて見せた。
あの事件が起きたのは17年の俺の誕生日だ。
目の前で母さんが消え、父さんが血まみれになり、俺も片目を失う。
周りの大人達も倒れ、消えていき、逃げるように走り去る金髪の少年。

「アオシ君、無理しない方がいいわ。
顔色が悪いわよ」

ディスが俺の顔を心配そうに覗き込んでくる。
あの時のことは何度思い出しても吐き気がするが、そうも言っていられない。
聞かなければ手掛かりは得られないのだから。

「むりしないほうが、いいです」

レコンキスタが俺を椅子に座らせようとするが、俺は断った。
そしてクゥに続きを催促する。
俺に中断させるつもりが無いことを悟ったのか「仕方ないな」とクゥは呟き、再び口を開いた。

「それでも少年Aはある時を境に落ち着きを見せる。
ある程度の制御が可能になったのだ」
「制御?」
「仲間を殺さなくなった、と言い換えられる」

それまで無差別だった少年Aが、仲間を意識するようになったということか。

「それは同じカナリヤだった少年が影響を与えた為だと思われる。
『ソラ』という少年の影響だ。
ソラは自己再生機能を採用したカナリヤで――まあ長い説明はいい。
とにかく無差別だった少年Aが何故かソラだけは殺さなかったのだ」

殺せなかった訳ではない、再生機能があるとはいえ少年Aの力には及ばない。
クゥはそう言って不思議がった。
10年経った今でも理由が分からないんだろう。
……おそらく、ソラは少年Aの友達だったんじゃないだろうか。
だから少年Aはソラを殺さなかった……と考えるのが自然な気がする。

「そしてソラはある日、少年Aに名前を与えた。
それ以来、少年Aは名前で呼べと我々に言って来るようになった。
分かるかね、初めて我々に意見するようになったのだ。
『名前をもらったことで心が生まれた』。
非科学的だが分かりやすい説明だろう」

少し興奮気味にクゥは語る。
いまだかつて一度も無かったことだったのだろう。
少年Aが友達をつくるのも、人間らしく振る舞うことも。

「それで、一体ソラはどんな名前を――」

俺はふと思いついたことを聞いた。
しかし、クゥはまるでその質問を待っていたかのように、ニイッと笑った。

「アキラ、だよ」

アキラ?
アキラは、俺が……。

「少しややこしいが、聞きたまえ。
少年Aがアキラと名乗ったので、我々はその後の『少年Aと同じ型の素体及び義体』をアキラと呼ぶようになった。
つまりアキラとは名前ではなく型番なのだよ、我々にとってはね。
私の身体もアキラ型、少年A型ということだ」
「つまり俺と一緒にいるアキラは、見た目が同じだけで少年Aとは別なのか?」
「おそらくは別だろう。
そもそも17年にアキラ型はまだ量産していないし、私の知っている少年Aはあんなに卑屈ではないからね」

そうか、と俺はため息をついた。
アキラは、両親の仇ではなかったのだ。

「無論、態度も何もかもアキラの演技だとすれば別だがね」

ほっと胸をなで下ろした俺に、クゥがそう釘を刺す。
そんなことは分かっているが、疑っていたらきりがない。
少しくらいはアキラを信じさせて欲しいものだ。

「事件が起きたのはその後、時空歴20年のことだ。
『L』で大規模な内戦が始まり、各世界の軍隊が介入したのは知っているかね」

時空歴20年の新春、「L」で繰り返されていた内戦が大規模なものになり危うく時空大戦に発展しそうになったという。
教科書にも載っているし、ニュースで見た覚えもある大きな事件だ。
知らないはずがない。

「そこに我々カナリヤを含む義体チームも参戦した。
終戦の日、教科書にはこう書かれているはずだ。
『過激派の一部が核による自爆後、降伏』とね。
本当はそんなものは存在しなかった。
存在していたのかも知れないが――すべて少年Aが消し去ってしまった」

あの戦争に少年Aが参加していた?
そして少年Aが戦争を終わらせた?

「すべてを消滅させた少年Aは失踪。
ついでに言うならソラも消えてしまった。
失敗作を作った上に優秀なカナリアを失い、おかげで私は失脚し、この通りだよ。
何が原因で少年Aが暴走したのかは分かっていない」
「……わけが分からない」

俺は首を振った。
今まで信じていたものがひっくり返ってしまったのだ。
失踪した?
何一つ手掛かりが無いということじゃないか。
どうやって探せばいいんだ。
俺は混乱した頭でクゥに詰め寄った。

「……手掛かりが無いわけじゃないけれど……」

ディスの呟きが聞こえ、俺はそちらに向き直った。

「本当か!?」
「分からない。
それに個人的に頼りたく無いの。
でも……もしかしたら……」
「教えてくれ、頼む!」

俺は我を忘れて今度はディスに詰め寄った。
ディスは困ったような顔をしている。
それでも、俺は知りたかった。
少年Aに関する情報なら少しでも多い方がいい。
今はどんなことでも知りたいのだ。

「……分かった。
会えるか分からないけれど――」

ディスがそう言いかけた、その時だった。

「アオくん……今の、何の話……?」

アキラが、震えながら現れたのは。



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