「ここ」

歩き始めてから少しすると、レコンキスタが鉄製の扉を指差した。
俺が扉を開けようと手を伸ばすと、モニターから再び声が聞こえた。

『言い忘れていたよ。
一つ約束して欲しいことがある』

約束だと?
こいつは何を言うつもりなんだ?

『私は私の知る全てを、必ず説明すると約束しよう。
だから、その前に無闇に騒ぎ立てたり、突然攻撃を仕掛けるようなことは遠慮してくれたまえ』
「どういう意味だ?」
『至極単純な意味さ。
私の姿を見ても驚かないでくれと言っているのだよ』

驚くな、だって?
この扉の向こうに一体何がいるんだ?

「……出来る限り、ならな」

俺はゆっくりと重い鉄製の扉を引いた。



twice



「や」

部屋に入ってすぐに、短い挨拶と共にひらひらと手を振るディスが目に入った。
右手のカップにはコーヒーが入っているらしいが、
テーブルには空になったミルクとガムシロップの容器が三つずつ転がっている。
もはやコーヒーとは呼べない代物だ。

「よく来てくれたね、アオシ君」

ディスの隣に座っていた人影が立ち上がり、俺はそちらに視線を移した。
思っていたより、小柄で声が若い。
まるで少年のようだ。

「私がディス殿に依頼し、君をここに呼んだ張本人だ」

髪はボサボサで薄汚れているが、きちんと手入れをすれば美しい金髪だろうことが分かった。
少年は白衣を着ているが、顔は眼鏡で見えない。
不釣り合いな、大きく、表情の読めない眼鏡だ。
白衣の方もサイズが合っていないらしく、手は袖に隠れて見えない上に、裾は引きずっている。

「私のことはクゥ、とでも呼んでくれたまえ。
本当の名は名乗る必要がない」

どこか聞き覚えのある声。
大人びて自信に満ちた喋り方をしているせいでなかなか気付かなかった。
この声は……。

「この顔を見るのは何度目かね?」

少年が――クゥが髪を撫でつけ、眼鏡を外した。

「――アキラ!?」

そこに立っていたのは、アキラそのものだった。
髪も、背格好も、声も、アキラにしか見えない。

「君が保護したアキラ、
君が学校で出会ったもみじ、
そして君の両親を殺した人間……。
それら全てがこの顔をしていた、違うかね?」
「どういうことだ!
まさかお前が俺の父さんと母さんを……!」

俺は完全に混乱していた。
こいつが、まさか、こいつが……!
自分を抑えきれず、俺はクゥに掴みかかった。

「だめ」

脇腹に強い衝撃を受け、次の瞬間、俺は床を転がっていた。
訳が分からず顔を上げると、レコンキスタがモニターを持っていた。
どうやら俺はレコンキスタにモニターで横から殴られたらしい。
こんな幼い少女のどこにそんな力があるのだろう。
それはともかく、俺は殴られた分、少し冷静になっていた。

「やれやれ、だから言ったんだよ。
驚かないでくれとね」
「あ、ああ……」

俺はレコンキスタに手を貸され、頭の中を整理出来ないまま起き上がった。
クゥは眼鏡をかけ直すと、長い袖を揺らして言った。

「この身体は私の最高傑作。
カナリヤに使用するのに耐えうる身体を造るのは苦労したよ。
おかげで一番気に入っている。
私自身が普段この身体を使用するまでにね」

身体?最高傑作?
一体何を言っているんだ……?

「アオシ君」

今まで黙っていたディスが立ち上がり、口を開いた。

「アキラ達カナリヤは、あたし達とは違う。
彼をはじめとする科学者に造られた、人であって人じゃない者。
いい?アオシ君。
アンタの敵はそんな奴らなのよ。
それでもアンタは仇を討ちたい?」

人であって人ではない。
科学者に造られた……。

「なあ、ちょっと待ってくれ。
俺は確かにアキラがカナリヤだということは知ってる。
だが、俺はカナリヤが何なのか、それについて何も知らない。
お前達はまるで俺が全てを知ってるように話しているが……」

そう、今思えば俺は敵について何も知らない。
アキラが自分のことをカナリヤと言っていたのは知っているんだが。

「え、なんだ、その程度のことすら知らなかったのかい」

俺の言葉にクゥが目を丸くした。
それを真似て、レコンキスタも同じように俺を見る。
知らないものは仕方ないだろ。
ディスが俺とクゥを交互に見た。
そして、頭をかきながら溜め息を吐いた。

「あー、まあしょうがないか。
あたしみたいに生まれた時からこっちの業界で生きてる人間なら、その道の繋がりがあるから情報も多いんだけどねー。
そういやアオシ君、一応一般人だったわ」

一応一般人、という言葉が引っかかるが、まあいいだろう。
ディスの言う通り、俺には横の繋がりが無い。
故に、そういった言わば「裏の世界の情報」には詳しくないのだ。
そんな俺にディスはもう一度溜め息を吐き、「一から適当に説明するわね」と、左手の人差し指を立てて言った。

「カナリヤっていうのはね、アオシ君。
この世界直属のオーケストラ団体のことよ。
世界直属、の意味はいくらなんでも分かるわよね」

俺達のいる世界は「K」と呼ばれている。
何百年か前に、とある学者が唱えた「自分達のいる世界の隣にはまた別の世界があり、
世界はいくつも存在する」という説が科学の発展により証明された。
現在この世界「K」は両隣の「J」「L」世界と条約を結び、友好な関係の維持に努めている。
世界が一つになり、国境線なんてものが意味をなさなくなったかと思えば、その外側にさらに大きな枠組みがあったというわけだ。
それくらいのことは教科書にだって書いてある。
俺はそこまで馬鹿じゃない。

「カナリヤは、表向きはそうなっているけど、もちろんただのオーケストラとは違う。
別の世界の牽制の為の兵器と同じようなものね。
それぞれが楽器のエキスパートで、体術なんかの能力も高い」

オーケストラ、か。
なるほど、ユラがオーボエ担当と言った意味が漸く分かった。

「カナリヤ達には音楽を操る力がある。
音は全て空気の振動だってことは分かるわよね?
カナリヤは楽器でそれを自由に調節することが出来る。
だから美しい演奏をすることも、音の中に人間には聞こえない超音波を織り交ぜて頭痛を起こさせることだって出来るわけ」

それがユラの力だったのか……。
ディスにあの攻撃が効かなかったのは、あの耳に着けていた機械が超音波を遮断する装置かなにかだったからなんだろう。

「ディス殿の言う通り。
では、アオシ君。
そんな真似が人間に出来ると思うかね?」
「無理だな。
音は自分にも跳ね返ってくる」

少し考えれば分かることだ。
自分もいちいちダメージをうけていたのでは意味がない。
クゥも「その通り」と頷き、続けた。

「そこで我々科学者は、それに耐えうる身体の開発に乗り出した。
制御、修理が容易く、費用のかからない身体。
そしてさらに音を増幅させる機能を追加し、見た目は普通の人間と変わらない……」
「それがその身体か」

クゥはにっこりと笑った。
眼鏡のせいでよく見えないが、やはりそれはアキラそのものだった。

「アキラの背中に羽根がついているだろう。
あれは飛行能力を有すると共に、スピーカーでもあるのだよ。
なかなか洒落たデザインだろう?」

自慢気に話すのは、彼が製作者だからだろう。
ユラが盲目だったのも、もしかすると音を聞く為に初めからそう造られていたからかもしれない。
俺が一人で納得していると、クゥがコーヒーを口に運び、改めて俺の方を見た。

「説明はこんなものでよろしいかな。
では、そろそろ君が知りたがっている情報を話そう。
カナリヤはこの世界によって統制されている。
君の両親が世界的な犯罪者や、重要国家機密を盗みでもしない限りカナリヤに殺されることはない。
よって、彼らの中に君の両親を殺した者がいるとは思えない」
「そんな筈はない!
あいつは、アキラと同じ顔をしていた!
お前の造ったその身体の持ち主に違いないじゃないか!」
「話は最後まで聞きたまえ」

早く話せと焦る俺に、クゥはゆっくりとそう言った。
レコンキスタが俺にコーヒーを差し出す。
これを飲んで落ち着け、とでも言いたいのだろうか。

「私はある少年を追っている。
本来ならば今でも世界のためにカナリヤの研究を続けていたであろう私が、
こんなところに追いやられた原因を作った者だ。
関係のない人間や科学者、仲間すらも誤って殺してしまう最低の失敗作。
それと同時に、そのような罪を犯しても、未だ捕らえられることなく逃げ続けていられる最高傑作。
私はそれを造り出したことで非難され、科学者としての地位を失ったというわけだ」
「まさかそいつが……」

クゥが真剣な面持ちで頷いた。

「そう。
彼はこの身体の試作品第一号を所持し、身体の品番から『少年A』と呼ばれていた。
おそらく、彼が君の仇に間違いないだろう」

父さんと母さんの仇……。
遂に俺は、奴にたどり着いたのか?

「話してあげよう。
私が彼について知る限りのことを」



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