……頭がまだクラクラする。
ついでに腹の辺りも痛い。
くそ、あの女……。
もう少し加減して欲しかった。
いや、それはいい。
それにしても、ここはどこだ?
随分暗い部屋だ。
隣で倒れているのは――アキラか。
こいつもディスに連れて来られたらしい。
依頼人に会わせるとかなんとか言っていたが……ここにそいつがいるのか?
一先ずアキラを起こそうと俺は手を伸ばした。
その時だった。

「起きましたか」

扉が開き、妙なイントネーションでそう呟く黒髪の幼い少女が現れたのは。



twice



「お前は……?お前が依頼人とやらか?」

俺は少女と、その背後の開いた扉を交互に見た。
扉の向こうにも薄暗い通路が続いているようだ。

「それとも、お前以外の誰かなのか?」

少女は黙ったまま口を開く気配が無い。
その態度に苛立ち、俺が再三問おうとした途端、少女はくるりと背を向けた。
呼び止める俺を無視し、少女は縦ロールになった髪を揺らして走り去る。
なんなんだ、一体……!
それを追おうと再び閉まった扉に手をかけるが、開かない。
外側からしか開かないようになっているらしい。
どういうつもりだ、俺達を閉じ込めて……。
それに、ディスはどこへ行ったんだ?
そして、いつまで俺達はここにいればいいんだろう。
――しかし、その不安は杞憂に終わった。
程なくして扉が開いたのだ。

「お前……!」

そこに立っていたのは先程走り去った少女だった。
今度はモニターらしきものを持っている。
これを取りに行っていたのか?
モニターには「sound only」という文字が浮かんでいる。
少女がそれを指差すと同時に、モニターからノイズが聞こえた。

『やあ、アオシ君、初めまして』

ノイズに混じって声が聞こえる。
ニュースの匿名証言者のような、機械で合成された声だった。

「お前は誰だ?」

俺は当然の疑問をぶつけた。

『私の名前は、そうだな。
ディス殿には……くぅちゃん、と呼ばれているよ……』

くぅちゃん。
固い口調に反して、なんて可愛らしい名前だ。
ディスのネーミングセンスを疑わずにはいられない。
本人もちょっと嫌そうだしな。

『まあ私の名前はいいだろう。
ちなみにこの子の名はレコンキスタ・ドール。
ディス殿はレコと呼んでいるがね』

その声に反応し、随分な名前の少女が恭しく頭を下げた。

『まだ幼い為に上手く言葉を話すことが出来ないんだ。
許してやってくれたまえ。
――では、そろそろ本題に入ろうか』

「くぅちゃん」が咳払いをひとつし、続ける。
相変わらずなんて呼んでいいのやら。

『私の目的は君が何故アキラを保護したのか明確な理由を聞くこと。
そして、アキラのメンテナンス。この二つだ。
勿論君が拒否すれば私は黙って君達を家に帰すつもりだし、これ以上ディス殿に
何かさせるつもりもないよ』
「お前がメンテナンスのふりをしてアキラに何かする可能性は?」

俺は警戒し、そう問う。
さっき話したばかりの、ましてや名も顔も明かそうとしない人間を信じろという
方が難しい。
向こうもそれを分かっているらしく、ハハハと笑い声を上げた。

『そう、そこだよアオシ君』
「何?」
『君に私を信じろと言う方が無理だな。
しかし、それでも、アキラの為にも私を信じてもらえるかね?
まずは自分から相手を信用せずに、どうして良き関係が築けるだろう?
人間関係というのはそういうものさ、違うかね?』

……こいつは、俺を試している。
扉がこちらからは開かない以上、反抗しても打つ手がないのは明白だ。
万が一ここから出ることが出来ても、俺はここがどこだか分からない。
ヘリの音がした、ということは空からしか行くことの出来ない場所の可能性もあ
る。
つまり、どうやってもここはこいつに従うしかない。

「ああ、そうだな。分かった。
お前の言うことを信じよう」

何が信用だ、馬鹿にしやがって。
今すぐにそう言ってやりたいが、そういう訳にもいかないだろう。

『ふむ、馬鹿ではないらしいな』

俺の言いたいことは向こうにも伝わっているらしい。
まあ、当然の反応ではあるのだから、当たり前か。

『よろしい。私も君を信じよう。
レコンキスタ、アキラは寝かせたままでいい。
まずはアオシ君を私のところへ連れて来て欲しい』

アキラはここに置いていくのか?

『起きると五月蝿そうだからね。
私の話を聞いた後、君が説明してやってくれたまえ。
その方が彼も納得してくれるだろう』

レコンキスタがもう一度頭を下げ、通路を指差してから歩き始めた。
ついて来い、ということか。
……確かに、アキラは人見知りをするし、俺が説明してやった方がいいだろう。
こいつは、アキラの性格を理解しているようだが……。

「一つだけ聞きたいことがある」

俺が言うと、レコンキスタはこちらに向き直った。
そして再びモニターを俺の方へと向ける。

『何かね?』

これは、質問しても構わないのだろうか。

「お前は、アキラに会ったことがあるのか?」

返事は、すぐに返ってこなかった。
レコンキスタの大きな黒い瞳が俺をじっと見つめている。

『……それも、私に会えば分かることだ。
早く来たまえ、ディス殿も待ちくたびれているよ』

どうやら俺が案内されている場所にはディスもいるらしい。
会えば分かる、か。
それもそうだな。
俺はもう口を開かず、黙って寡黙な少女の後に続いた。



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