「アオくんっ!」
「うわっ!?」



twice



「よかった!さっき外から音が聞こえたから……!」

そう言って俺に頭を擦り寄せるアキラ。
俺は頭を抑え、アキラに手を伸ばした。
えーと、なんだこれは。
アキラがいきなり飛びついて来た……んだろうな、多分。
その証拠に俺はひっくり返っている。
頭が痛いのはさっきの攻撃のせいだけじゃないだろう。

「ああ……、悪い」

夕焼けが綺麗だな、なんてことを考えながら、俺はアキラの頭をポンポン叩いた。
退いてくれると有り難い。

「その子がアキラ?」

ちらりと目だけを動かすと、上下が反転した世界でディスが苦笑している。
俺は身体を起こし、頷いた。

「……誰?」

漸くディスの存在に気付いたのか、アキラが後ろに退いた。
アキラの顔が不安げに歪む。
俺は極力誰にもアキラを会わせないようにしていた。
アキラもその理由を分かっている。
なのに今、俺達の前には別の人間が立っている。
アキラが怯えるのも無理はないだろう。

「あたしの名前はディッセンドレイル。
ディス、って呼んでくれればいいわ」
「ディッセンド……レイル……」

お決まりの自己紹介をするディスをアキラは睨んでいる。
何度もディスの名前を呟いて確認している。
もみじと同じく、こいつも何か関係があるのだろうか。

「まさか……僕を殺しに……?」
「違うわ。安心して、あたしはアンタの敵じゃない。
あたしの目的はアンタ達をとある人のところに連れて行くこと。
ついて来てくれるわよね?」

ディスは出来るだけ優しく、ゆっくりとそう言った。
彼女なりに気を使っているのだろう。
アキラは口を噤んで黙っている。

「あたしはアオシ君の先輩。
アオシ君のいる学校で教師をやってる。
分かる?
あたしがアンタの敵ならそんな回りくどいことはしないわ」

ふと思った。
本当にこいつは金の為だけに動いているのだろうか。
金額は知らないが、それがすべてではない気がする。
少なくとも悪い人間ではないと思う。
だからこそ俺も、こいつの誘いに乗るんだが。

「アキラ、俺だってこいつを完全に信用したわけじゃない。
だが、これから先のことを考えると情報は多い方がいい。
だから……」
「で、でも……」

……やはり、怖いらしい。
アキラはまだ迷っている。
そういえば先程ユラがあっさり退いたことを考えると、ディスはカナリヤの間では名前の知られた存在なのかもしれない。
ならばアキラが嫌がるのも無理は無いが……。
口に手を当てて考える俺のすぐ隣で舌打ちが聞こえた。

「アンタね、」

今まで優しい微笑みをしていたディスが、急に凍りつくような笑みを浮かべた。
その顔のままずんずんとアキラに近付く。
一体何をするつもりだ?

「いい?
さっきあたしが助けなきゃ、アオシ君は死んでたわけ。
アンタ、またこんなことがあった時はどうするの?
いちいち助けてやれるほどあたしは暇じゃないの」
「お、おい!」

俺が止めるのも聞かず、ディスはアキラの襟首を掴んだ。
小さく悲鳴を上げるアキラ。

「今ここで決めなさい!
何の対策もせずに次のカナリヤに殺されるか、
アオシ君に危険が及ぶ前にアンタが消えるか、
あたしについて来て二人仲良く生き残るか!」

俺は自分の無力さを痛感した。
言い方は乱暴だが、ディスの言うことは正しい。
俺は何も出来なかった。
しかしディスは違う。
俺より小柄な少女だが、俺よりも実力は上だ。
今の俺が生き残り、目的を果たすには彼女に頼る他にはないだろう。

「頼む、アキラ」

アキラは俺とディスの顔を交互に見た。

「分かっ……た」

そして、泣き出しそうな顔で、小さな声でそう言った。
過去のことを何も思い出したくないアキラにとっては辛い選択だっただろう。
だが、ここで彼女に頼らなければ未来がないのも事実だ。

「決まりね」

先とはまるで別人。
ぱっと表情を明るくして、ディスはアキラを解放した。
俺は本当にこいつを信用してよかったのだろうか。

「よーし、依頼人のところへ行くわよっ!
ちょっと遠いけど、我慢してね」
「時空転移装置なら近所にあるが」

このご時世、遠く離れた場所までわざわざ歩く馬鹿はいない。
各地に設置された装置を使えばある程度の距離を簡単に移動出来る。
これも技術の進歩の賜物だな。

「あたし、あれは否定派なの。
それに……万が一アンタ達と依頼人との交渉が決裂した時、
相手の居場所を知ってるのはお互いにまずいしね」

なら、どうやってそいつのところに……と言いかけた時だった。
俺の鳩尾にディスの拳がめり込んだのは。
げほっと口から咳が漏れる。

「っディス……!?」
「そんなの簡単。
アンタ達が気絶してる間に、あたしが運ぶのよ」

ごめんねー。
笑顔のディスと、頭上で聞こえるヘリコプターの音を最後に、俺の意識はそこで途絶えた。



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