「は?」

ディスが何か言う前に、ユラはオーボエを構えた。



twice



再び高い音が鳴り、俺の頭には新しい音が反響する。
くそ、ディスをここから遠ざけなければ。
ディスを巻き込んだのは俺の責任だ。
なんとか、ディスをここから――

「え?」

ユラが首を傾げたのも無理はない。
ディスは、そこに平然と立っていた。
地面に膝を付き、頭を抱える俺とはまったく逆に。

「へぇ、ほんとにこれって利くんだ」

そう言いながら、ディスは長い髪を二つに分けて結んだ。
耳には、ピアスに似た何かが付いている。
チカチカ光っているところを見ると、どうやら機械のようだ。

「付けてた甲斐があったってモノよね」

ニッと笑うディス。
その様子を見て、ユラは俺以上に混乱していた。

「何故私の攻撃が……!」

オーボエに何か不具合が起きたのではない。
俺に攻撃が効いているのが証拠だ。
しかし、ディスにはまったく効果が無い。
あのピアスの力だろうか。

「くっ……」

しかし、ユラにはあのピアスが見えていない。
だからこそ彼女は混乱していた。

「あたしの名前はディッセンドレイル。
まさかこの名を知らないわけがないわよね?
いくらアンタみたいな下っ端でもさ」

俺にはまったく訳が分からなかったが、ユラが少し青くなった。
ディスは……こいつらと関係があるのか?

「あなたがディッセンドレイル……。
では、私では役不足ですね。
アキラの回収は、後日改めてするとしましょう」
「あたしから逃げられると思ってんの?」

そう言ってディスがユラに飛び掛った。
驚くような速さだった。
しかし、ユラが何かを地面に投げる方が一歩早かった。
それは地面に落ちると同時に鋭い光を発した。

「くっ……閃光玉!?」

強烈な光で視界が奪われる。
しかし、盲目のユラにはこの光も関係無い。
ディスも不意をつかれたのか、光をまともにくらってしまったらしい。
さようなら、と声がしてユラの気配が消えた。



「あたしとしたことが、あんな古典的なモノに引っかかるなんて!」

視界がようやく戻ってきた。
ディスはとっくに視界が戻っていたらしい。
悔しそうにバタバタと暴れていた。
そういえばこいつは体育の教師だったな。
それにしたって、レベルが違いすぎる。

「ディス……お前は一体何者なんだ?」

あ、ようやく立った。
ディスは説明を始める前にそう言った。

「あたしはね、ある人からの依頼でアンタを守ることになってんのよ」

依頼?
どういうことだ?

「まあ、正確にはアンタとアキラね。
あたしは金で人を守ったり、逆に殺したりする仕事をしてるの。
で、今回の依頼人はアンタ達を守れって言ったのよ。
それだけのこと。簡単でしょ?」

ディスはなんでもなさそうにさらっとそう言った。
一体誰がそんなことを……。
そもそも、俺がアキラを保護したことを知ってる知り合いなんていないはずだ。

「あ、アンタとは面識ないわよ」

こいつは人の心が読めるんじゃないだろうか。
俺の疑問にディスは簡単に答えてみせた。

「とにかく、依頼人の命令でね。
アンタとアキラを連れて来るように言われてるの。
一緒に来てくれるわよね?」

ディスが腰に手を当てて俺の顔を覗き込んでくる。
はっきり言って強制だろ、それ。

「そいつは、俺達をどうするつもりなんだ?
そもそも俺達の味方なのか?」

もしもさっきのようにアキラの命を狙われてはたまらない。
それだけは聞いておく必要があった。

「別に、たいしたことじゃないわよ。
本人はアキラのメンテナンスと、アンタに会って話をしたいって言ってたわ」

俺に会うのはともかく……。
アキラのメンテナンス?

「カナリヤなんでしょ、あの子」

ディスの言うことは正しかった。
確かにアキラはカナリヤで、普通の病院に連れて行ったところでどうにもならない。

「依頼人はカナリヤのメンテナンスが出来るからね。
もし今後アンタ達もなにかあったらお世話になるかもしれないじゃない。
どう?悪い話じゃないでしょ?」

何故カナリヤのことを知っているのか。
何故ディスに金を払って俺達を守るように言ったのか。
分からないことが多すぎるが……。

「言っておくが、完全に信用したわけじゃないからな」

アキラのためにも、味方がいた方がいいかも知れない。
何より俺はカナリヤについて無知過ぎる。
そのためにも、こいつの依頼人とやらに会っておく必要がある。

「決まりね。
じゃ、アキラを連れて来て頂戴」

……アキラは来るだろうか。
人見知りするんだよな……。

「あ、そうそう。アオシ君」

俺が扉に手を掛けると、突然ディスが手をパンッと叩いて言った。
振り向いてみると、驚くほど近くでディスが微笑んでいた。
何だよ、と動揺を隠して聞くと、ディスは笑って言った。

「アンタ、敬語似合わないわよ。
そっちの生意気な口調の方が、あたし、ずっと好きだわ」

はぁ、何かと思えば……何言い出すんだ、こいつは。
「赤くなってるぅー」とかなんとか笑うディスを無視して、俺は扉を開けた。



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