……今日の食事、見た目はよかったけど味は、な……。



twice



どうやら調味料の量を間違えたらしい。
すさまじく甘かった。
アキラは謝りながら泣き出すし、冷蔵庫には何もないしで困り果ててしまった。
やっぱりアキラには簡単な料理以外任せないようにしよう。
そうだ、それがいい。

「ん?」

やっと新しい夕食の材料を買って戻ってくると、家の前に少女が立っていた。
ふわふわした茶色の髪にヘッドホンのようなものがついている。
白い杖を持っているところをみると、盲目のようだ。
服装も上品なワンピースで、俺とはまったく縁がなさそうな少女だ。
そんな少女が白い杖と楽器のケースを抱えて、何故か俺の家の前にいる。
どういうことだ?

「あら」

少女がこちらを向いた。
もちろん見えているわけじゃない。
耳がいいらしい。

「あなた、この家の人?」

少女は喋り方まで上品だった。
なんとなくこっちまで影響されてしまう。

「はあ、そうだけど」
「そうですか、丁度よかった」

そう言って少女は楽器ケースを開け、中の楽器を組み立て始めた。
慣れているのか、それはあっという間に一本の楽器に変化した。
始めはクラリネットかと思ったが、細いリードが付いている。
昔習っていたこともあって、すぐにそれがオーボエだと分かった。

「音楽はお好きですか?」

少女は白い杖を壁に立てかけながら言った。

「昔すこしだけやってたんでね」

ちっとも上手くならなかったことは言わないでおこう。
少女はへぇ、と感心したように言った。
未だにこの少女の意図が分からない。

「なるほど、あなたがアキラを保護した意味がようやく分かりました!」

少女がオーボエをぎゅっと握り、笑った。
ちょっと待て、今こいつはなんて言った?

「確かに音楽をやってた人なら、アキラの音の素晴らしさが分かるでしょう。
手元に置いておきたいのは当然ですよね」

少女が頷きながら言う。
俺にはまったく理解出来ないというのに。

「でも、私達にはアキラが必要なんです。
なので、返して欲しいのです」
「お前は何者なんだ!?」

自分でも愚かな質問だと思った。
俺にはとっくにその答えが分かっているというのに。

「自己紹介が遅れてすみません。
私の名前はユラ、担当楽器はオーボエ。
アキラを連れ戻すように頼まれたカナリヤの一人です」

ああ、やっぱり。

「アキラをどうするつもりだ」

アキラはいつも怯えていた。
いつ連れ戻されるか分からない、と。
連れ戻されて、どうなるのか。
俺がそう聞くとアキラは混乱したように話始めた。
その内容をまとめると、裏切り者として制裁を受けるかも……といったところか。

「どうもしません。
また働いてもらうだけです」

俺の考えていることを見透かしたようにユラは笑った。
信用出来るとは限らないが、少なくとも彼女は本当に連れ戻しに来ただけらしいことは分かった。

「でも、」

ユラが困ったように首を傾げる。

「アキラはどうもしませんけれども、邪魔する人はどうにかするしかありません」

はっきりとは言わないものの、その意味は明白だった。
彼女は、邪魔をするなら俺を殺すと言っているのだ。

「俺が邪魔をしなくても、アキラが戻るのを嫌がるかもしれないじゃないか」
「でしょうね」

俺は悟った。
これは本気だ。
俺を殺してでも、アキラを抵抗出来ないように――例えば手足の骨を折ってでも。
彼女は、アキラを連れ戻すつもりだ。

「中に入れて下さい。アキラを連れて帰ります」
「嫌だと言ったら?」

ユラは笑顔を崩さなかった。

「あなたが考えている通りのことが起こりますよ」

すっとユラが息を吸った。
美しいオーボエの音色が響く。
昔オーケストラの演奏で聴いたような、完璧な音色だった。

「がっ……!?」

途端、頭の中にその音が反響した。
美しい音色のはずのそれが、頭の中で超音波のように響く。
俺は堪らず膝を付いた。

「無駄なことは嫌いです。
そこで大人しくしていて下さい」

ユラは家の扉をノックした。
アキラが出てくるのを待っているらしい。

「もしもし、こんにちわ」

なんてわざとらしいことを言うやつだ。
アキラ、頼む、出てこないでくれ。
響く音で朦朧とする頭で、俺はそんなことを祈っていた。

「……何してんの?アンタ」

俺の傍らに別の少女が立っていた。
銀髪の少女、ディッセンドレイル。
何故お前がここに?

「アンタに用があって身分証明を頼りに来てみれば……。
どうしたの?鍵でも無くしたわけ?」

ユラがこちらを振り向いた。
彼女はやはり耳がいいらしい。

「あなた、そこの人の仲間ですか?」
「ん?あー、仲間っちゃ仲間だけど?」

まずい、ディスは部外者だ。
アキラやカナリヤのことは関係ない。
しかしこのままでは、ユラはディスのことも殺してしまうかもしれない。

「逃げ……ろ!」
「へ?」

ディスが首を傾げる。
やはり分かっていないらしい。
くそ、逃げろ!逃げろよ!

「仲間なら、死んでもらわないと」

ユラが笑った。



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