「ふーん、アンタが今度来た教育実習生なんだ」

俺を見上げるようにして、回転椅子に座った少女が笑った。



twice



「あ、アンタ。
あたしのことチビだと思ってんでしょ。
失礼ね、これでもアンタと同い年なんだから。
それに、あたしはアンタより先に教師やってんだから…アンタの先輩なのよ」

さらさらの銀髪を揺らしながら、少女…もとい先輩が頬をぷくっと膨らませる。
子供じみた顔だ。
どう見ても幼い少女にしか見えないんだが。

「アンタの名前は?」

先輩はようやくアンタ呼ばわりを止めてくれるようだ。
俺は身分証明の書類を差し出しながら答える。

「アオシ・サーファスです」
「ふぅん」

先輩は数度俺と書類を見比べた後、納得したように顔を上げて笑った。

「あたしの名前はディッセンドレイル。
長いから、いつもはディスって呼ばれてるの。
別にディスって呼び捨てにして構わないわよ、アオシ君」


先輩、ディスは俺の渡した書類をデスクに置いてコップの中のアイスコーヒーを一口飲んだ。
いや、正しくは横の牛乳パックの中身…コーヒー牛乳のようだ。

「そうですか」

やっぱり子供じゃないか。
さすがに先輩にそうは言えないので、俺は軽く返事をして辺りを見回した。
教師の数が随分少ないな。
俺がそう口にするとディスは

「小さな学校だからね」

と笑った。

「いい?アオシ君。
廊下をちょっと行ったとこに一年生の教室があるの。
三組に生徒会副会長の女の子がいるから、その子に色々聞くといいわ。
金髪の女の子だからすぐに分かると思うけど」
「はぁ…ディス、さんが案内してくれるんじゃないんですか?」
「だってあたし忙しいもん」

お前プリン食ってるだけだろ。

「とにかく、その子に頼んであるから!」
「分かりました…」

俺はディスに礼を言って職員室を後にした。
冷たいコンクリートの廊下、生徒達の笑い声…俺も随分前にこういう学校に通っていた事を思い出す。
――ハスハ第二中学校。
通称、ハスハ二中。
そこが俺が教育実習にやって来たこの学校という訳だ。
普通の学校では無いと噂に聞いていたが、今のところおかしな所は見当たらない。
相当な不良の溜まり場なのかと思ってたんだが…。

「ここか」

俺は一年三組と書かれた教室の前で足を止めた。
少し開いていた扉に手をかけ、中を覗き込む。

「……っ!?」

ぼす、と鈍い音が頭上から聞こえ、視界が真っ白に染まる。
落下したのは…そう、黒板消しだ。

「まさか本当にかかるなんて…」

教室の真ん中で固まっていた女子達が一斉にヒソヒソと喋りだした。
犯人はこいつららしい。
俺は頭の粉を払いながらその集団に近付いた。

「おい」
「ひいっ!」

いくら俺でも子供相手に本気で怒りはしないぞ。
ただちょっと、ほんのちょっとイラッと来ただけだ。

「私達は止めようって言ったんだけどー…」
「教育実習のセンセーが来るって聞いてもみじが驚かせてやろうって…」
「もみじ?」

そいつが真犯人か。

「そう、もみじちゃんです」
「生徒会副会長の女の子だよ」

なんてこった。
俺を案内する係の奴が黒板消しを仕掛けていたとは。
ディスは事前に頼んでいるような言い方だったな。
…その時からの計画か?
そして、そのもみじは何処なんだ?
そう問うと同時に

「あははっ!引っ掛かったー!」

不意に背後から笑い声が聞こえた。

「もみじ!」
「もみじちゃん!」

この笑い声の主がもみじか。
俺は声の方を振り向いた。

「えへへ、ごめんなさい。
初めましてアオシセンセー。
私が生徒会副会長、秋葉もみじだよ」

金髪の少女がにこりと笑った。
肩までで切り揃えられた金髪、額に巻いた鉢巻きのような布、青い綺麗な眼、少し幼いが可愛らしい少女だった。
しばらくの間、俺は少女から目を離せなかった。
確かに可愛らしいのは認める。
だが、俺の胸にあったのは全く別の感情だった。
――そんな、馬鹿な。

「センセ?どしたの?まだ怒ってる?」

有り得ない。
有り得ないんだ。
この少女は、何故こんな顔をしている?
こんなにあいつに似てるなんて…。

「せーんーせーっ!」
「あ…ああ」

もみじは俺に無視されてると思ったのだろうか。
耳元で叫ぶなり、「行くよっ!」と言ってさっさと俺の前を歩き出してしまった。

「じゃ、これから私が学校を案内するね!」

もみじが丁寧に教室を一つ一つ説明してくれる。
しかし、今の俺の頭には入らなかった。
有り得ない。
その言葉だけが少女を見る度に俺の頭を埋めつくした。
なんとか、なんとか考えをまとめなくては。
俺は調子が悪い、ということにして自己紹介もあまりせず、さっさと家に帰宅した。




暗い室内、小さく響く誰かの呼吸音、赤い丸い目が見えた。

「電気、つけるぞ」

俺は一言断ってからスイッチを入れる。
暗闇から開放された部屋の隅に少年が座っていた。
肩までで切り揃えられた金髪、額に巻いた包帯、赤い綺麗な眼、少し幼い少女のような少年が丸い目をさらに丸くする。

「あ…おかえり、アオくん!」

少年が不意に立ち上がり、俺に飛び付いた。
バランスを崩して倒れそうになりながら、俺はなんとか細い身体を抱き止める。

「おかえり、おかえり」

寂しかった、とでも言いたそうに擦り寄せられた頭を軽く撫でながら、俺は出来るだけ安心させてやろうと返事を返した。

「ただいま、アキラ」



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