指揮者がタクトを振り上げる。
続いて弦楽器が美しいハーモニーを奏で、そこに管楽器も仲間入り。
さあご覧あれ、美しい演奏の始まりだ。
――そんな謳い文句で誰もが楽器を手に取る中、僕は一人歌っていた。
舞台の真ん中に立たされて、他の楽器に負けないように。
強く勇ましい演奏にはそぐわない僕の歌声。
嗚呼、早く終わればいい。
何故僕だけが歌っているんだろう。
僕は歌いたくない。
僕はこんな歌を歌いたいんじゃない!
今すぐ歌うのを止めてしまいたい。
だけど、僕の口からは自然に歌声が溢れ出す。
まるで僕の口じゃないみたいだ。

「Lu Li Li Lu La La」

歌詞なんて存在しないその歌を僕は歌い続けている。

「Lu Li Li Lu La Lu」

楽器の音が小さくなり、消えていく。
響くのは僕の歌声だけだ。

「Lu Li Li Lu La La」

もう何の音もない。
この広い舞台の上に僕の歌声だけ。

「Lu Li Li Lu La Lu」

カタン。

指揮者のタクトが落ちた音だった。
もう、なにやってるんだか。
僕は指揮者を少し睨んだ。

「Lu Li Li…」

指揮者は、消えていた。
そこにタクトと譜面だけを残して、消えていた。

「………」

僕は歌うのを止めて辺りを見回した。
誰もいない。
今まで演奏をしていた者達は誰もいなくなっていた。
譜面と楽器だけがそこにある。

「僕は、歌いたかっただけだったのに」

誰もいない舞台の上で僕は小さく呟いた。
僕は大好きな歌を歌いたかった。
例えば道のはしっこでだっていい。
誰かに聴いて欲しかったんだ。
オーケストラなんかいらない。
僕は歌いたかっただけなんだ。

ざわざわ。
ざわざわ。

舞台裏が騒がしくなる。
僕は声の方へと走った。
そこにいたのは、血塗れで倒れている正装の大人達と、片方の目を押さえて泣いている少年だった。

「父さん、母さん!」

押さえた方の目から血を流す少年は、大人の一人の男を必死で揺すって叫んでいる。
ふと、血塗れの男と目があった。
男は少し悔しそうに言った。

「嗚呼…また失敗だ」

少年が此方を向いた。
涙を溜めながら表情を歪め、僕を睨んでいる。
僕はなんだか悪いことをした気分になった。
どうしてだか分からないけど、そんな気分になったんだ。
そして、僕は慌てて逃げた。
少年が何かを叫んだけど、追い付かれないように必死で走った。
頭がくらくらする。
足がふわふわする。
上手く走れない。

「あっ!」

僕は何かに躓き、転倒した。
痛くて涙が出そうになる。

「大丈夫?」

起き上がろうとする僕に、誰かが手を差し伸べた。
顔を上げると、そこには見覚えのある少女が立っていた。

「帰ろう、僕達の家へ」
「帰ろう」
「帰ろうよ、アキラ」

他にも見覚えのある子達がやって来た。
ちらりと僕は後ろを見た。
少年は追いかけて来ない。
ずっと僕を睨んでいる。

「――うん、帰ろう」

僕はみんなと家に帰ることにした。
早く、あの目から逃れたかったから。
そんな僕を、ずっと片目の少年は睨んでいた。


twice


Back Home