……籠の外が騒がしい。
朝が来たんだな、と僕は身体を起こした。
他の子達も朝だと気付いてるらしくて、みんな起き上がっている。
(外が騒がしくなればそれが「朝」というものだと僕達は思っている)
「ソラ、起きなよ、朝だよ」
僕はまだ眠っているソラの肩を叩いた。
(ソラが起きないなんて珍しい。
ソラはとっても警戒心が強いから。
金色の瞳といい、本当に猫みたいだよね)
「ねー、ソラったら」
「分かってるよ」
ソラが不機嫌な声で僕の手を振り払った。
凄く眠そうな顔をしている。
(昨日僕が起こしたせいかもしれない)
「せっかく起こしてあげたのに」
僕が少し拗ねてみると、ソラは溜め息をひとつ吐いて頭をかいた。
「はいはい、悪かったよ」
「あはは、なにその言い方」
僕はソラの背中をぺしっと叩いた。
(丁度、檻の中では羽根が生えるあたり。
普段はしまっておけるんだって)
「まあいいや。おはよう、ソラ」
「おはよう、アキラ」
僕は笑ってそう言った。
だけど、ソラからは不思議な返事が返ってきた。
「誰?アキラって」
聞き間違いじゃなければソラは「アキラ」と言った。
そんな名前の奴は、ここにはいない。
聞いたこともない名前だった。
「お前、名前無いって言っただろ。
だから徹夜して考えてみた」
ソラはそう言って欠伸をした。
(僕の名前だって?)
「気に入らないか?
いいと思うんだけど」
僕が黙っているのは気に入らないからだと思ったらしいソラが困ったように言う。
「そうじゃなくて……」
「名前が無いと呼びにくいだろ。
だから、俺はこれからお前のことアキラって呼ぶから」
ソラは僕が気に入るかどうかなんて、どうでもよかったみたいだ。
「うん……じゃあ僕は今日からアキラ?」
「そういうこと」
ニコッとソラが笑う。
(アキラ、アキラ……うん、いいかもしれない)
「ほら、お前呼ばれてるぞ」
何度も名前を呟いて確かめていた僕の肩を、ソラがつついた。
ソラが指差した方を見ると、毎日僕の様子を見に来る眼鏡の男が立っていた。
「じゃーな、アキラ。
運が悪かったらまた檻の中で」
ソラがひらひら手を振った。
早く来い、と男が僕を急かす。
「ソラ!」
僕は反対側に向かうソラに叫んだ。
(夜になったらソラにはまた会える。
でも今すぐ伝えなきゃいけない気がしたんだ)
「ありがとう!」
ソラは照れたみたいに笑った。
「少年A、身体の調子はどうかね?」
男が歩きながら問う。
(もちろん、健康かどうか聞いてるわけじゃない。
自分の発明品の調子が知りたいのさ)
「ソラとは仲が良いようだが、あまり仲良くしすぎるのも困り者だな。
いざという時に辛いのは君だと私は思うよ」
男はいつも、偉そうな喋り方をする。
外の奴等の中でも特に。
(なので仲間内の評判は悪い。
僕もあまり好きじゃなかった。
ちなみに外の奴等にも嫌われているらしい。変なの)
「聞いているのかね?少年……」
「アキラ」
(だから僕は、思わず言い返したのさ)
「僕の名前はアキラだ。
二度と記号で呼ぶな」
男は驚いたように僕を見つめた後、突然笑い始めた。
「これは失敬!
では私も今日からアキラと呼ばせてもらうことにするよ」
何故男は笑ったのだろう。
僕には分からなかったけど、とにかく男はそれ以来僕をアキラと呼ぶようになった。
「おかえり、アキラ!」
「アキラ、おかえりなさい」
籠に戻ると、みんなが口々にそう言って僕を出迎えた。
どうやらソラが先に広めておいたらしい。
(アキラ、アキラ、アキラ……ソラにも負けないくらい素敵な名前だ!)
僕は嬉しくなって、にっこり笑った。
「ただいま、みんな!」