どこまでも透き通ったソラが好きだった。
綺麗なふわふわの髪、白い羽根。
まるで天使みたいで、大好きだった。
「ソラ」
起きてる?と僕は聞いた。
ソラは穴の開いた布団を持ち上げて、気だるそうにこっちを見た。
(そんな顔しないでよ。僕が悪いことしたみたいじゃん)
「何?」
眠いのか、ソラは目をこすっている。
みんな眠っている。
きっと今は夜なんだろう。
(なにせ僕らは時間の感覚なんてとっくに麻痺しているからね。
外の奴等がここに来たらそれが朝だってことは知っているのだけど)
「眠れないのか?」
ソラが僕の顔を覗き込んだ。
暗闇でも微かに光る金色の瞳がすごく綺麗。
(抉り取って飾ってしまいたいくらい。今すぐに、ね!)
「今寝ないで、いつ寝るんだよ。
明日殺されても知らないぞ」
場違いな言葉に、少し僕は嬉しくなった。
まさか僕を心配してくれるなんて。
もっとも、僕がそんな簡単に殺されることはまずないけど。
「ねえ、ソラ」
「やめろよその呼び方」
僕の言葉を遮ってソラが言った。
ソラは自分の名前が嫌いだ。
ソラには僕達と違って、ここに来る前に付けてもらった本当の名前があるからだそうだ。
(名前、なんてただの記号だと僕は思うんだけどね。
だからそんなものに固執するソラの気持ちが到底理解出来そうもない)
「だってソラが本当の名前教えてくれないんだもん。
だからそう呼ぶしかないんだよ」
「うるさいな」
ソラは左手を見た。
指に、銀色の指輪がついている。
「これ、母さんがくれたんだってさ。
俺の名前が彫ってあるんだって」
「へえ」
確かに、何かがそこに彫られていた。
(だけどお生憎様、君も僕も文字が読めないんだ!)
「いつか、俺はここを出て、勉強して、自分の名前を読めるようになるんだ」
(ここから、出て行くだって?)
本当に彼はそんなことが出来ると思っているんだろうか。
脱走イコール死。
それがこの世界のルールなのは誰もが知るところだ。
計画を口にするのもタブーなのに。
「僕が明日告げ口したら、ソラ死ぬよ?」
「じゃあ黙っててくれよ」
ソラはなんとも思っていない様子で笑った。
だから僕もつい、つられて笑ってしまった。
「ねーソラ、隣で寝てもいい?」
「やだよ、お前の身体冷たいし」
風邪引くじゃん、とソラ。
確かにソラは僕と違って生身だし、それは困る。
(もちろん生身だからといって普通の人間かと言えば違うけどね。
僕の方が、ちょっと機械に近いだけの話)
「ねーソラ。ねーねー」
「しつこい、なんだよ」
ソラはもうそろそろ眠りたいらしい。
でも、これだけは今言わせて。
「ニセモノでも、名前があって呼んでもらえるだけマシだと思いなよ」
僕は笑った。笑ってやった。
ソラはなんにも言わずに僕の頭を撫でて、またボロボロの布団を被ってしまった。
もう一度起こす気にはならなくて、僕はふわふわの髪をただじっと眺めることにした。
(ソラ、ソラ、ソラ。なんて、素敵な名前)
僕にあるのは名前などと呼べるものではないのだから。
(所詮は記号なのに、どうして僕はそれが嫌で嫌で仕方ないんだろう)