今日はちょっと面白い話を君にしてあげる。
僕は屋上が嫌いなんだよね。
屋上で考え事なんていかにもってかんじじゃん。
それに刀也がいたりするから、出来るだけ近寄りたくないんだよね。
だけど、思い付いたことは試さずにいられないのも僕って奴でさ。




ある日、僕は次回のコラムについて屋上で考えてたわけだよ。
うんそうそう、僕がいろんなことやるってやつね。
で、今回思い付いたのは「屋上から飛び降りてもホバーシューズで浮けばダメージ0なんじゃない?」ってこと。
あはは、結構くだらないでしょ。
高性能な計算機があれば普通に出来るどころか、軍隊とかで実用化されてるようなことだもんね。
それを僕はちょっと考えて、一般的な性能ならどこまでやれるか確かめてみたくなったのさ。
衝撃吸収はホバーシューズのみ、計算機は一般的な家庭のパソコン。
ハスハの生徒だと三階くらいまでならスニーカーで飛び降りてもおかしくはないから、もちろんそこは差し引いて。
試しに屋上の柵の間から下を眺めてみたけど、思ったより高いんだよね。
ご存知の通り、ハスハ二中は四階建て。
その上に屋上があるから結構な高さがあるんだよ。
さすがの僕でも普通に飛び降りたら多少の怪我はするだろうね。
頭からいったら死ぬかも、あはは。
なーんて考えながら下を見てたら、突然ふっと僕の周りが暗くなったんだよ。
振り向いたら誰かが立っててさ、そいつの影で暗くなってたってわけ。
なーんだ誰か来たのかー……なんて言ってられないよ。
僕が後ろに立たれて気付かないわけがないんだもん。
驚いちゃったよ。
服も水色のエプロンドレス?っていうの?
絵本の挿し絵みたいな格好で、どう見てもここの生徒じゃないんだよ。
その子は赤毛にリボンつけたポニーテールで、正直似合わないと思ったね。

「押してあげましょうか」

まじまじ観察してる僕に、その子はそんなことを言ったんだ。
なんなんだよこの子。
僕は少し考えてやっと気付いた。
僕はわりと深刻な顔で下を見てたらしい。
それが「死にたいけど勇気が出ない人」みたいに映ったんじゃないかな、って。
あはは、そんな後押しはいらないっての。

「ふざけないでよ」

僕がそう言うと……ここからがおかしな話なんだけど、その子が目を丸くするんだよ。

「あなた、私が見えるの?」

はぁ?

「声が聞こえるし……触れるなんて!
すごいわ、なんて言ったらいいか……。
今すぐあなたの手を取って踊り出したいくらい嬉しいわ!」

その子はペラペラ一人で喋って、僕の手をぶんぶん振り回した。
なんだこいつ……って僕が思ったのって間違いじゃないと思うな。
何が凄いって、僕が適当に相槌打つだけで勝手に自分の生い立ち喋り始めたんだよ。
どうやら彼女は、とある国のお姫様だったらしい。
けれど病気で亡くなって国は荒れ、その未練から幽霊になってしまった……とかなんとか。
でもその子、足あるんだよ。
壁に触っても通り抜けられないし、さっきから地面に立ってるし。

「あら、でもさっきは空から降りて来たのよ」

僕の指摘に、彼女はそう反論した。
ほんとにわけわかんない子だ。
僕は考えたんだよ。
飛べる、じゃなくて浮かぶ、ならホバーシューズで片付くけど、それとは違うらしい。
空から落ちて来たっていうんだ。
……もう分かったよね?
この世界で突然空から落ちて来る方法なんて一つしか無い。
そう、時空間転移だけだ。
つまりこの子は、別の世界からやって来て、この世界の空に召喚されてしまったってこと。
僕はそれを出来るだけ分かりやすーく、頭の悪そうな赤毛ちゃんに教えてあげた。

「じゃあ私は死んでない?
幽霊じゃないのね!?」
「多分そうじゃない?
聞いたことないけど、時空間転移で病原菌が死滅するとかそういう理由で別の世界に飛ばされたとかじゃないの」

僕の言葉に、女の子がくるくる踊り始める。
自分が死んだかどうかも分からないなんて、間抜けすぎるっての。

「ありがとう、あなたに出会うまで生きた心地がしなかったわ!」

そりゃそーだ、幽霊だと思ってたんならね、あはは。

「本当にありがとう、親切な人。
よければ名前を教えてもらえないかしら」

そう言って彼女はにっこり笑った。
先に自分が名乗るもんじゃないかなぁ。
まあいいけど。
漠然とそう思ったけど、僕は素直に名前を教えてあげたんだ。

「素敵な名前!
旧約聖書のように、まさにあなたが私を方舟に乗せて助けてくれたんだわ!」

……え、何?
聞いてて疲れる?
言われた本人の僕はもっと疲れたよ、あはははは。
聖書とか興味無いしさっさとこの話題を大洪水よろしく流そうと、僕は逆に名前を聞いてみたんだ。

「私?
私の名前はアン!
おしまいにkがつくのよ!」

どうやらアンというらしい赤毛少女は、誇らしげに胸を張って答えた。
いやうん、鼻高々なところ悪いんだけど。

「……おしまいにeじゃないの?」

いくらなんでも僕だってそれくらいは知ってるよ。
呆れた顔の僕を見て、赤毛少女アンちゃんはどんな反応したと思う?

「なんだ、知ってたの」

そう言って、まるで今までの会話が無駄だった……みたいな顔でため息をついたのさ。

「じゃ、気を取り直して……。
私はアン・オーエン。
あなた、面白そうな人ね。
いい友達になれそう」

アンがにっこり笑った。
いい友達?
僕が?
名前以外は得体の知れない君と?
そう言おうかと思ったんだけど、やめた。
なんでだろうね。
アンが今まで見たことのない、ふざけた態度の奴だったからかもしれない。

「僕はノア・モーリス。
いい友達になる気は無いけど、君が面白そうなのは認めるよ。
ふざけた者同士さ」

ああ、言っとくけど、僕は大真面目にふざけてる人間なんだ。
だからふざけた人間っていうのとはちょっと違うんだよ。
まあ、どっちでもいいけど。
とにかく僕とアンは同類だったのさ。

「モーリス……?
素敵なファミリーネームだわ!
まるで小説家みたい!
ますます運命を感じるわね!」

アンはそんなことを言ってくるくる回った。
うまいこと言ってるようで、ぶっちゃけ全然関係ない。
そりゃあ彼女が「ドイル」さんとかだったなら同意してたんだろうけど、小説家と殺人犯じゃ接点も見えてこないよ。
せめてあっちがクリスティーンさんだったなら、小説家同士って言ってみてもよかったんだけど。
思ったままそう言うと、アンは少し考えて、
「あら、そうだわ!
確か登場人物の車がモーリスだったわね!」
と付け足した。
いやいや、それも出たの最初だけだし、全然話に関係無いし。
でもその関係ありそうで全然無い適当さが、実にぴったりだとも思った。
不思議でしょ。
そんなところが気に入っちゃって、僕に元幽霊の友達が出来たってわけ。
はい、僕の話おしまい。
……あれ?
そんな話、信じられないって顔してるね。
うん、信じなくていいんじゃないかな。
さっき言った通り、僕は大真面目にふざけてる人間なわけだし。
でも、もし信じちゃったなら試しに屋上に行くといいよ。
ウザい赤毛の幽霊が無理矢理運命の赤い糸を小指にくっつけてくれるかもしれないしさ。
まあ、自殺志願者と間違えて落とされる可能性も無くはないけどね、あはは。




――そうそう、最後にいいこと教えてあげる。
……実は今の話、全部嘘なんだ。
あ、もしかして信じてたの?
あはははは。
馬鹿だねぇ。



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