本日の出席率は……うーん、いつもの半分以下。
このうち50%が遅刻して午後くらいから学校に来るかどうか……ってところかな。

「……一体どうなってるんだ……」

出席を取りに来たアオシ先生が教卓に手をついてがっくりうなだれた。
アオシ先生はちょっと前に教育実習でこの学校へ来たばっかりだから知らないみたい、「この学校の生徒は、ある特定の日だけ殆どの生徒が学校を休む」ってことを、さ。
まあ普通有り得ないことだからさ、うなだれる気持ちも分かるんだけどね。



「メルシィ」ってガールズバンドがあるんだけど、知ってる?
君が他の国や世界から来たんだったら知らなくても無理無いだろうけど、今この国で一番人気のあるバンドなんだ。
そのボーカルをやってるTSUKASA……司って女の人がいるんだけどさ、それ、うちの卒業生なんだよねー。
学生の頃から軽音部でライブとかやっててさ、もうカリスマ状態!
で、今日はそのメルシィの新曲が発売する日なんだけど……意味分かる?
みんなCD買いに行っちゃってるんだよ。
本当に馬鹿だよねえ、あはは。
まあ僕は新聞の見出しに困らなくていいんだけどね。
あ、僕?
僕は買わないよ。
みんな持ってるから誰かに借りる。
別にメルシィの歌は嫌いじゃないし、司さんのことも凄いと思うけど……主な購買層が刀也にキャーキャー言ってる子達だと思うと、ちょっとねぇ……。



「なんでィ、お前ェも休んでるもんだと思ったんだがなァ」

「メルシィ新曲本日発売!」の見出しがついた校内新聞を持って生徒会室を訪ねると、最悪なことに刀也しかいなかった。
刀也は僕を見て意外そうに言う。
……うっげー、最っ悪。
何度でも言うけど僕は刀也が嫌いだ。
本当に嫌いだ、大嫌いだ、正直顔も見たくない。
だから僕は思いっきり無視してやった。
黙々と新聞をまとめる僕の背中に刀也が喚いている。
うるさいなぁ、もう。
まあ無視されたらそんな反応して当然だけどね。
それでもいい加減うんざりしてきたから、僕は背を向けたまま言ってやった。

「僕が真面目に学校来ちゃいけない理由でもあるわけ?」

ふん、ざまーみろ。
僕はあいつと違って真面目に学生してるからね、言い返せる訳がない!

「……いや」

刀也は首を横に振る。
当たり前だよね、不良の生徒会長さん。
心の中でそう呟いて、僕は勝ち誇った顔で笑ってやった。
勿論、あいつからは見えなかっただろうけどね。
僕はちゃんと出席してるしテストで点も取ってる。
誰かさんと違って、どこにも後ろ指を指される理由は無いわけ。
でも、せっかくそんないい気分だったのに、刀也は早々にそれを台無しにした!

「ノア」

多分、この時の僕は鳥肌立ってた!
何故って、刀也に名前を呼ばれたからさ!
僕は基本的にあんまり名前を呼ばれない。
そりゃ出席取る時とかは呼ばれるけどね。
大抵はお前とかあんたとか、固有名詞だと「部長」だとか呼ばれる。
その僕の名前を刀也が呼ぶわけだ。
気持ち悪いったらありゃしない!
だけどそんなことを言ったらこいつはますます調子に乗る。
だから僕は出来るだけ普段通りの声で返事をした。
刀也の顔は見てないけど、苦笑してることだけは分かった。

「……お前ェも昔はあんなに素直だったのによォ……」

……昔、か。
ああうん、これは僕の人生最大の失敗にして汚点にして黒歴史だから内緒にしといてね。
実は刀也と僕は幼なじみなんだ。
あ、刃とも。
僕と刀也と刃は住んでたとこも近くてさ、遊んだりしてたんだ。
だから刃のことは今でも好きだし、もみっちとのこと応援したいと思うよ。
ただ、刀也は、嫌いだけど。

「昔は昔、今は今だよ」

僕は刀也の方を向いてはっきりとそう言ってやった。
刀也は怒ることも笑うことも、特に何もしなかった。
そういうところがまたムカつく。

「会長ー!ティナちゃんがメルシィのCD買ったって……」

ガラッと扉を開ける音に振り向くと、そこにはもみっちが立ってた。
まずい空気の時に入らせちゃって、ちょっと悪いことしたかな。
もみっちもやっぱり空気を読んだらしくて、すぐに僕にお茶を勧めてきた。

「ごめん、もう次のところ配りに行くから」

これ以上、あいつと一緒にいたくなかったから丁重にお断りしたけどね。



「…………」

午後にもう一度教室を覗いて、アオシ先生が閉口した。
僕の予想は大きく外れたみたいで、午後から来たのは20%にも満たなかった。
どうやら今回の曲は相当良作らしくてさ。
みんな家で聞きまくってるみたい。
だから僕は取材も兼ねて、午後から来た子に感想を聞いてみることにしたんだ。
もみっちがさっきティナが買って来たらしいこと言ってたから、僕は一年の教室に行ってみたわけ。
そしたらティナは自分の席でイヤホンを耳に差していた。
曲をプレイヤーに入れてきたみたい。
さすがティナ、この子の行動力は計り知れないね。
感心しながら、僕は早速イヤホンを片方借りてみたんだ。

「今回はバラードなんだね」

司さんはカッコイイ女の人で、歌声もハスキーボイスで人気がある。
普段は結構激しい曲が多いから、静かな曲は珍しいんだ。
ちなみにティナはハスハの隣のツバサ小学校にいた頃から司さんのファンなんだよ。
放課後はフェンスを乗り越えてここの軽音部に遊びに来てたんだってさ。
だから司さんのこと詳しくて、解説させるとよく喋って僕の仕事とられちゃうんだよね。
まあ喋った通りに書くだけで記事になるからいいんだけど。

「ここ!ここんとこ!
この『昔は昔、今は今よ』って歌詞が最高!
過去を振り返る女性の……哀愁っていうの?
こう……悲しい気持ちが伝わって来て!」

ああっ、司さん最高!なんてティナは叫んでる。
昔は昔、今は今……ねえ。
司さん、こんな詩も書けるんだ。
僕は耳からイヤホンを外してティナに返した。
曲の感想は後で記事を書く時のためにメモしておく。
……あーあ、好奇心で聞いたせいで用事が出来ちゃったよ。
帰りにCD屋寄らなきゃ。
まだ残ってるといいけど。



Back Home