俺が……いや、私がこの国に来てから既に二週間が経過した。
国とは言っても大きな街のようなもので、仕事の合間に挨拶に回るだけでも殆どの住人と顔を合わせることが出来る規模のものだ。
その挨拶以外にも、特にトランプは鴎の紹介もあり随分と仲良くなった。
彼らは快く私の仕事を手伝ったり、世話を焼いてくれたりする。
右も左も分からない私に地図を見せながら説明をしてくれたりもした。
――ただ、ひとつだけ教えてもらえないことがあった。
城から離れた場所に森がある。
トランプ達は、その森には行ってはいけないと言うのだ。
地図の通りだとその森には広場のような場所がある。
私の知っている絵本の通りなら、そこではお茶会が開かれているはずだ。
そして三月ウサギは城ではなく、本来そこにいる。

「軍鶏に聞く必要がありそうだ」

トランプの説明では納得のいかないことがまだまだ沢山ある。
しかしまさかアリスに直接聞く訳にもいないだろう。
ならばアリスの秘密を知り、アリスに最も近い軍鶏に聞くのが一番だ。
幸い今日アリスは城にいない。
私はこの際、納得のいくまで軍鶏に話を聞いてみることにした。




「そろそろ来ると思ってた」

誰もいない食堂に軍鶏を呼び出すと、軍鶏はニッと笑って言った。
どうやら私が質問に来ることは想定済みだったらしい。
軍鶏は椅子に腰掛け、頬杖をつきながら私を見た。

「で、何が聞きたいわけ?」
「……森には誰もいないんですか?」

おっ?と軍鶏が声を上げる。
先にアリスに関する質問が来ると思っていたらしい。

「三月ウサギは帽子屋とネムリネズミと、終わらないお茶会をしている筈では?」

詳しいね。
軍鶏が笑う。
やはりあの場所には誰かが住んでいるようだ。
帽子屋とネズミだろう。
そして私はまだその二人に会ったことが無い。

「あそこにはね、反逆者が住んでるのさ。
アリスに逆らった馬鹿な二人がね」

軍鶏の話によると、こうだ。
二人も昔は城に住んでいたがアリスを怒らせてしまい、城を追放されたのだという。

「まあ、ネズミは口が悪いからアリスにしょっちゅう暴言吐いててさ。
トランプが怒って追い出しちゃったんだよ。
だからそっちはオレも嫌いじゃないし、アリスもトランプに見つからないように城に呼んだりするんだけど。
ただ、帽子屋。
あいつは駄目、本物の馬鹿だから。
こいつはアリス本人を怒らせたんだ。
で、トランプが森へ追放したんだよ。
外の絵本じゃイカレ帽子屋っていうんだっけ?
まさにあいつはそうだよ」

軍鶏がそこまで言うのだ、よほどの人物なんだろう。
逆に会ってみたい気もする。

「……帽子屋もさ、月に一回だけ城に来るんだ。
アリスに帽子を持って来る」

まるで私の心を読んだかのように軍鶏が答えた。
私が帽子屋に会えるとすればその時だろう。

「次。
アリスに関する質問は?」

軍鶏は私に続きを聞く隙を与えず、話題を切り替えた。
それ以上のことは話したくない、或いは会って確かめろということらしい。

「アリスは一体、何者なんですか?」

待ってました、とばかりに軍鶏が笑う。
そしてゆっくりと口を開き、こう言った。

「オレも分からない」

私は閉口した。
軍鶏も黙る。
どう言えばいいか分からず迷っていると、軍鶏が頭の後ろで手を組みながら口を開いた。

「そうだ、お前確か見たんだっけ?
アリスの身体なら来た時からああだったよ。
アリスは外の人間だし、オレはここから出たこと無いからよく分からないな。
アリスはアリスだよ。
それでいいじゃん」

確かにその通りだと私は頷く。
彼は主人である、それだけがはっきりしていればいい。
私は次を最後の質問にすることにした。

「人間が消えるのは?」

聞かなくても予想は出来る。
あの身体の能力か、或いはアリスの能力。
しかし軍鶏は急に眉をひそめ、声を低くして言った。

「アリスは、自分のその力のことを知らないみたいなんだ。
だからアリスの前では言うなよ。
こないだのことは、お前が助けたとだけ言ってあるから」

力のことを知らない?
確かにあの時のアリスは普通じゃなかった。
覚えていないのだとすると、アリスの態度にも納得がいく。

「聞きたいことはそれで終わり?」
「ええ、今のところは」

今聞きたいことは全て聞いてしまった。
これ以上軍鶏を引き留める理由も無い。
私がそう告げると、軍鶏は「それじゃ」と自分の仕事に戻っていった。



確かに収穫はあった。
アリスのことも、少しは理解出来たように思う。
次の問題は、帽子屋とネズミか。
こればかりは会わなければ分からないな……。
いつ二人が城に来るのか、鴎に聞けば分かるだろうか。
帽子屋もネズミも、トランプに追い出されたと言っていたが、あの子はそんなことは出来ないだろう。
この二週間、いや会った時から分かっている。
あの少女は心の優しい子だと。
そういえば、ちょっとした疑問や相談にも熱心に答えてくれた。
さり気なく聞いてみることにしよう。
……そうと決まれば善は急げだ。
私は早速、庭で作業をしていた鴎を呼び止めた。



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