「私、あなたを初めて見た時はびっくりしちゃいました」
足場の悪い山の中を器用に走りながら、ダイヤの二番がクスクス笑う。
彼女の走るスピードは既に速いが、まだまだ余裕がありそうだ。
見た目は幼いが、なかなかしっかりした走りをしている。
「もう少し速くても大丈夫ですか?」
どうやら俺のペースに合わせてくれているらしい。
俺はその言葉を肯定し、口を開いた。
「初めて見たときに驚いた、とは?」
「だってあなた、とっても綺麗なんですもの」
予想外の言葉に、俺は思わず眉をひそめた。
ダイヤの二番が俺を見てまたクスクス笑い始める。
「顔もそうですけど、その長い髪。
とっても綺麗な銀髪。
私の髪はあんまり綺麗じゃないから、少し羨ましいです」
えへへ、と笑いながらダイヤの二番が頭をかいた。
彼女が走るのに合わせて長い三つ編みが揺れる。
「そんなことはないと思うよ。ええと――」
「鴎」
ダイヤの二番、彼女は鴎というらしい。
「私の友達に家鴨って子がいるんですけど、その子はとっても可愛いんです」
またいつか紹介しますね。
鴎がそう言ったきり足を止めた。
樹木のあまり無い、岩の多い場所。
「昔はこの先に洞窟があって、盗賊達はそこを改造して住んでいるようです」
鴎が大きな岩に身を隠し、手招きをした。
俺も鴎の後に続き、岩の隙間から用心深く頭を出す。
「見えますか。
あそこに洞窟があったんですけど、今は岩で塞がれています」
じゃあ、盗賊達はどうやって中に?
「確か噂では何かの呪文を唱えれば開くとかなんとか……」
なるほど、俺は頷いた。
呪文を知らない外の者は入ることが出来ないし、中の者も逃げられないという訳か。
「ありがとう、君はここで引き返した方がいい」
でも、と鴎が言いかけるが、俺は首を振った。
彼女を巻き込む訳にはいかない。
「出来れば、君の髪ゴムを貸して欲しい。
絶対にアリスを連れて返しに来る」
必ず帰る、という意味が伝わったかは分からない。
だが、鴎は快くそれを貸してくれた。
こう長い髪が散らばっては、どこかに死角が出来るかもしれない。
それを防ぐ為でもある。
「…………」
髪を後ろで一つに纏めると、妙に気が引き締まった気がした。
以前の俺もこうしていたのだろうか。
「行ってくる」
「で、でもどうやって中に……!」
俺が駆け出そうとすると、鴎が俺の服の裾を引っ張った。
呪文知らないでしょ!?と叫ぶ彼女に俺は笑顔を返す。
俺には自信があった。
今の俺には、少なくとも以前この格好をしていた俺には出来るはずだという自信。
やはり、以前の俺はこうだったに違いない。
「ありがとう、お礼はまた」
「あ……!」
俺は鴎の手を服から離し、洞窟の入り口を塞ぐ岩へと一気に走った。
助走には十分な距離だろう。
岩の手前で跳躍し、俺は改めて確信した。
これなら、いける。
「はぁあっ!」
右足に渾身の力を込めて蹴りを放つ。
想像以上の力を持っていたらしいそれは、簡単に岩に風穴を空けた。
「ちょ……ええ――っ!?」
背後から鴎の驚嘆の叫びが聞こえたが、俺は構わず穴から洞窟へと侵入した。
洞窟の中は少し肌寒いが、きっちりと道が整備されていた。
誰かが住んでいる証拠だ。
これだけ大きな洞窟なら、乗り物ごと入ることも可能だろう。
「しかし、静か過ぎるな」
あれだけ派手に正面突破したのだから、少しくらい異変に気付く者がいたとしてもおかしくはない。
「…………」
洞窟が突然、トンネルへと変化した。
ここから先がアジトのようだ。
電気も通っているらしく、少々薄暗いが周りがよく見える。
トンネルにはいくつも扉があり、さながら蟻の巣のようになっているらしかった。
「どうなってるんだ?」
暗闇に紛れて襲われることも警戒していたし、待ち伏せされていることも考えた。
しかし、どちらでもないらしい。
もしくはそう思わせ、油断させる罠なのかもしれないが……。
それにしたって、これは妙じゃないか?
仕方なく、俺は手当たり次第に扉を開けた。
どれも鍵はかかっていない。
中は大抵殺風景で、誰かが隠れているようには見えなかった。
「留守……な訳はないか」
呪文まで必要なくらいだ。
おそらく盗んだ物はここに隠してあるに違いない。
そんな場所に見張りも置かず、全員が出て行くなんて有り得ない。
「――っ!?」
キィ、という扉の音で俺は顔を上げた。
「た、たす……」
中から現れたのは、盗賊の一人らしいバンダナを巻いた男だった。
だが、様子がおかしい。
侵入者である俺に襲いかかる様子は無く、男は血塗れの身体を引きずって扉から這い出て来た。
どういうことだ、これは。
「あ、あんた……助けてくれ……。
脚が……俺のあ、しが……」
脚?
俺は顔を上げ、男の脚の方を見た。
「な……っ!」
男の脚は、無くなっていた。
脚だけじゃない。
下半身がまるで切り取られたように無くなっている。
「たす、け……」
必死で俺へと伸ばしていた男の手が、床に落ちた。
男は死んだらしい。
「なんだ、これは……!
一体何が……!?」
部屋の方へと目をやると、男が身体を引きずった後があった。
よく見ると血の跡が本棚で途切れている。
だが、本棚には血が付着していないようだ。
俺は男の身体をどかし、部屋へと踏み込んだ。
血の跡が気になり調べると、本棚の本は空箱で出来ている。
その中のひとつにスイッチを見つけ、俺はボタンを押した。
本棚が横に動き、奥から扉が現れた。
「隠し扉……?」
他と同じように殺風景な部屋と見せかけたフェイク。
奥にはまた別の部屋があるらしい。
わざわざ隠すということは、ここに何かがあると思って間違いないだろう。
「……中で財宝の奪い合いでもしてるのか?」
そんなことで人間が真っ二つになるとも思えないが……。
万が一の為に、俺は男が持っていたらしい剣を手に取った。
夢の中の俺が持っていた剣とは少し違うが、無いよりましだ。
弘法は筆を選ばず、ということにしておこう。
俺は頷き、用心深く扉を開けた。
「…………?」
ますます薄暗い室内を見回すが、誰かがいる気配は無い。
しかし、室内は荒れているし争った形跡もある。
俺は部屋の中を調べることにした。
「一体どうなって……」
言いかけて、白い何かが目に留まった。
人間の手だ。
慌てて駆け寄ると、そこには俺の目当ての人物が転がっていた。
「アリス!」
触れられるのが嫌いだと言っていたが、そんなことを気にしている場合じゃない。
俺はアリスを抱き起こした。
綺麗だったドレスが穴だらけになっている。
「おい!大丈夫か!?」
呼びかけるが、返事は無い。
一体、ここで何があったのだろう。
「アリス!アリ……」
白い頬に偶然手が触れ、気が付いた。
アリスの身体は、凍り付いているかのように冷たくなっていた。