「おっ邪魔っしまー……ってなんだよそれ!」

十二月三十一日。
大晦日。
もうあと少しで年が明ける。
そんな忙しい時に、不法侵入した客人が俺の姿に目を留めるなり笑い出した。

「なんだ、ダイじゃねーか。
どうした?」
「どうしたもこうしたも……ぶふっ。
先代さん、凄いカッコしてるからさ」

廊下をぱたぱたと走ってきたマサムネが首を傾げる。
ダイは俺の方を見ないようにしているようだ。
俺からすると、ダイの格好の方がおかしい。
彼は夏も冬もまったく同じ格好をしている。
コートも着ずに寒くないのだろうか。

「そうか?
うちじゃ毎年のことだぜ?
後で俺様も着るし」
「マサムネもあんなカッコすんの!?」
「一応現当主だからな。
恥ずかしくない格好しねーと、後で兄貴がうるせェ」

ダイが笑っているのは、この紋付きの羽織袴のことらしい。
俺はこれを着ないと正月だという気分にならないのだが、確かに今はあまり着る者もいないのかもしれない。
この城下町で18代続く名家なのだから、きちんとした服装をしなければご先祖様に顔向けが出来ない。
なので礼装をし、年が明けたら家の者に挨拶をして、その足で初詣……というのが俺の考えなのだが、マサムネはどうも面倒くさいらしい。
今年も、蕎麦の用意をしてから着替えるとかなんとか。

「どうせお前も食いに来ると思ってよ。
ちゃんとお前の分の蕎麦もあるぜ。
ただし金取るけどな」
「えー、お年玉欲しいの?
ガキだなぁマサムネは」
「はっ!?
誰がガキだ!
俺様お年玉とかいらねーし!」

ほう、いらないのか。
……いや、ダイが帰ってからこっそり渡してやるか。
俺から見ればマサムネはまだ子供だ。
俺がクスリと笑ったのが気に障ったのか、マサムネはびしっと来た方向を指さし、早口で言った。

「ほら、なんでもいいから蕎麦食えよ!
兄貴も早くしねぇと年明けちまうぞ」
「やった!
マサムネさんきゅー!
お礼に今度三段アイスクリーム奢る!」
「なんでクソさみィのにアイスなんだよ!
正月だし餅にしろ餅に!」

二人はふざけあいながら、元気に廊下を走って行った。
俺も後に続いて立ち上がる。
早く片付けなければマサムネが着替える時間が無くなってしまう。
急いで食べた方がよさそうだ。



「っぷはー!
うまかったー!
御馳走様!」
「御馳走様でした」
「おう、お粗末様」

さすがマサムネだ。
弟の作る料理はなんでも美味い。
結構な量かと思った蕎麦をぺろりと平らげてしまった。

「マサムネ、後片付けは別の者に任せて着替えてきなさい」
「ん?
……ああ、そうだな。
じゃあちょっと待っててくれ」

時計をちらりと見たマサムネがそう言って部屋を出る。
そろそろまずい時間なのに気付いたのだろう。
俺はマサムネの代わりに女中を呼び、皿の片付けを頼んだ。
女中によるとマサムネは家にいる全員分の蕎麦を作ったらしい。
ダイが茶化すように口笛を吹いた。

「マメだなぁマサムネも。
先代の教育のおかげかね?」
「俺は何もしていない。
今日のことも自分で決めたことだ。
マサムネは元々優しい子だからな」
「ふーん……。
なんていうか、子煩悩ならぬ弟煩悩だなーあんた。
除夜の鐘で浄化されるといいけど」

ダイが妙に俺につっかかってくるのは、以前は俺を捕まえようとしていたからだろう。
確かに俺も右目を失う前は少し暴れすぎていた。
それを城の鉄砲隊隊長として見過ごせないのは当然だ。
当主が弟に代わってからはそのつもりはないようだが。

「あーあ、早くマサムネ帰って来ないかな。
俺、あんた嫌いなんだよなー。
本当は今すぐしょっぴいてもいいんだけどさ、それやるとマサムネに悪いし」

ダイは座布団の上に胡座をかいたまま伸びを始めた。
俺もダイのことは好きではないが、ずけずけとした態度は嫌いではない。
マサムネの兄だからと無理して気を遣われるよりはよほどマシだ。

「…………」
「…………」

俺は茶をすすり、ダイはストレッチを続けながら、黙ってマサムネが戻るのを待った。
どうせ話すことなど何も無いので、そちらの方がありがたい。

「待たせたな」

すっと襖を開け、不機嫌そうなマサムネが戻ってきた。
俺と同じく紋付きの羽織袴を着ている。
初めは七五三のような有り様だったこの服も、今ではすっかり板についている。
それだけ当主らしく成長したということか。
ダイも思わずきっちりと正座し直している。

「……なんだよ。
そんなに変か?」
「あ、いや!
変じゃないよ!
意外と似合うなーと思ってさ」
「あったりめーだろ!
俺様を誰だと思ってんだ。
……って兄貴まで何ニヤニヤしてんだよ!
気持ち悪ィな!」
「む、俺のどこがニヤニヤしているんだ」
「してるしてる。
除夜の鐘被って直接頭叩かれてきた方がいいってくらいニヤけてる」

マサムネの成長をしみじみと感じていただけなのに、失礼な奴だ。
俺はニヤニヤなどしていない。

「そういうお前こそ、マサムネを見て何かよからぬことを考えていたんじゃないのか?」
「はっ……その言葉そのまま返すよ」
「おい、やめろって二人とも」

マサムネは止めようとしているが、ここは引くわけにはいかない。
兄として、俺がマサムネを守らなければならないのだ。

「どうだかな。
職務を放り投げて敵である義賊の家に入り浸っているとは……。
何か目的があるんじゃないのか?」
「そういう自分こそただのブラコンじゃん。
いい歳こいて恥ずかしくないのー?」
「だからやめろって言ってるだろ!」

睨み合っていた俺達の間に、マサムネが割って入った。
確かにマサムネは兄と友人が争うところなど見たくないだろう。
しかし、それとこれとは話が別だ。
止めるなマサムネ、と言おうとしたところで、マサムネが時計を指さした。

「ほら、もう日付変わってんだよ!
新年になっちまったじゃねーか!」

俺とダイは思わず顔を見合わせた。
確かに除夜の鐘も聞こえないし、代わりに家にいる者達が騒ぐ声がする。
確かに新年になってしまったようだ。

「うえー、あんたと喋ってる間に新年とか……」
「まったく同意見だ」

ダイが大袈裟にため息を吐く。
そうしたいのはこちらだというのに。

「おらっ!
この俺様が新年の挨拶してやるから正座しろ!」

マサムネがぱんぱんと手を叩く。
新年の挨拶は当主から、というのは毎年のことだ。
先に言おうとしたらしいダイも、大人しく正座する。

「えー……ごほん」

恥ずかしいのか、マサムネがわざとらしい咳をした。
そして俺達の前に正座し、きちんと指をついて頭を下げる。

「明けましておめでとうございます。
兄上、ダイ。
当主としてはまだまだ未熟な若輩者ですが、今年もよろしくお願いします」

いつものマサムネとは違う、かしこまった挨拶。
俺も同じく微笑みながら、返事をする。
ダイは面食らっているのか、同じように頭を下げた。

「明けましておめでとう、マサムネ。
お前のそういう姿は十分当主として立派だ。
至らぬ兄だが、今年もよろしく」
「えっと、明けましておめでとうございます。
こっちこそよろしく……お願いします」

明らかに慌てている様子のダイに、マサムネがぷっと失笑した。
先程の当主の顔ではない。
ただの子供の顔だ。

「何動揺してんだよっ。
言っただろ、ちゃんとやらねーと兄貴がうるせェって」
「いやー……だってさ。
マサムネってちゃんと当主やってんだなぁーって」
「ったりめーだろ!
俺様をなんだと思ってんだよお前は」

マサムネは呆れたようにため息を吐き、袴を叩きながら立ち上がった。
いつまでもここで喋っているわけにはいかない。
他の者達への挨拶が待っている。

「じゃあ俺様、他のみんなに挨拶してくるからな。
ちょっと待っててくれ。
そっから初詣行こうぜ。
――喧嘩すんなよ!」

最後にびしっとこちらを指さし、マサムネは廊下を走って行った。

「…………」
「…………」

後に残った俺達は、はたして何をすればいいのか。
正座したままちらりとダイを見ると、同じようにこちらを見ていたダイと目があった。

「兄上、とか言われて喜んでんじゃねーの?」
「お前こそ随分と動揺していたようだが」
「こんな兄貴でマサムネかわいそー」
「こんな奴に付きまとわれ、マサムネも迷惑だろうな」

喧嘩をするな、と言われたが、これはただの皮肉なので大丈夫だろう。
結局マサムネが帰ってくるまで、俺とダイはそうしていた。

「戻ったぜー。
喧嘩してねーか?」
「いや?」
「してないに決まってんじゃん!」



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