町の大通りで、子供と戯れてるマサムネを見つけた。
 マサムネんちは名家で、この城下町じゃ知らない奴はいない。なのに気取らないし、近所付き合いもいいからみんなに好かれてる。
 で、今は子供と一緒になって折り紙で出来た紙飛行機を飛ばしてるみたいだ。結構マジになってるとこが、マサムネらしいといえばらしいけど。
「あっ! そろそろ帰らなきゃ! じゃあねー!」
「おう、前見て走らねぇと転ぶぞ」
「ふぎゃっ!」
「しぐ! あーあー、だから言ったろ」
 ズコーッと派手に転んだ女の子の服をマサムネがはたいてやってる。こうやって見ると兄妹っぽい。
「えへへ、またねー!」
「気ぃつけて帰れよー」
 起き上がった女の子は、懲りずにマサムネにぶんぶん手を振りながら走っていく。遠ざかる女の子が見えなくなるまで、マサムネは手を振っていた。
「随分子供と仲いいんだね」
「……ダイ? なんだ、見てたのかよ」
 家に帰るのか歩き出したマサムネに後ろから声をかけると、マサムネは今気付いたって顔で振り向いた。まあそうだろうけどさ。俺は小走りで追い付き、並んで歩く。
「あいつは蔵ノ助んとこのガキだよ。親戚かなんかだろ。だからよく遊んでやるんだ」
 マサムネは少し照れくさそうに言った。
 蔵ノ助は先代マサムネ――つまり今のマサムネの兄貴と仲がいいらしい。よくは知らないが、マサムネの兄貴が昔助けたとか。それでよくマサムネんちに来たり、おそらく今の女の子を一緒に連れていったりしてるんだろう。ちなみに俺から見るとただの義賊とヤクザで、職務上はどっちも敵だ。
「蔵ノ助がやってくれないから、一緒に折り紙折ってくれってせがまれたんだよ。ま、俺様の人徳のなせる技だな!」
 マサムネが得意げに胸を叩いたので、そこで俺は笑った。まあ確かに折り紙で鶴とか折ってるヤクザなんて色々アレだし、断るのも無理ないだろう。けど、俺が笑ったのはそこじゃない。
「人徳、なんて言う割にはおもちゃにされてるみたいだけど?」
「はぁ?」
 俺はマサムネの服を指差した。指先を辿ってマサムネが自分の服に目をやる。
「っなんだこりゃ!?」
 そこにあるものを見て、マサムネは目を白黒させた。
 マサムネの服にはぺたぺたとセロテープで折り紙が貼られている。ある意味そういう模様の着物みたいだ。
 子供の身長だから全体的に下の方だけど、マサムネがしゃがんだ時に貼り付けたのか背中や肩にもいくつかくっついてる。普通気付きそうなもんだけど、あれだけ真剣に遊んでたんだから仕方ない。
「気付いてたなら早く教えろよ! くそ、しぐの奴……!」
 何だかんだ言いながら、マサムネは丁寧に折り紙で出来た花や蝶や鳥を剥がした。剥がした色とりどりの折り紙は、きちんと重ねて持って帰るつもりらしい。やっぱりいい奴だ。
「……よし、これで全部だな」
 マサムネは剥がした分をきちっと重ねながら、満足そうに言った。
 だけど、俺から見るともう一つ残ってた。あんな分かりやすいとこにあるのに気付いてないのかな。
 マサムネの右肩に、紫色の蝶の型の折り紙が残っている。黙ってるのも面白そうだったけど、俺はそれをちゃんと教えてやった。
「まじかよ」
 足を止めたマサムネが大袈裟なくらい真剣な顔をして、右肩を左手でぽふぽふ叩く。
「ああ違うって、そこじゃないって。この辺この辺」
 俺は同じように立ち止まって笑いながら、自分の右肩とマサムネの右肩を見比べて、折り紙のある大体の位置を押さえた。マサムネが叩いてるところよりちょっと後ろだ。
「どこだよ?」
 それでもマサムネはむっとしながら、右肩の辺りを代わる代わる叩いている。それはまったく見当はずれの位置で、身体の固いやつだなぁと俺は苦笑した。
 そんなに必死で右肩見ようとしたら、首痛くなるぜ? 自分の右肩を見ながらそう言おうとして、俺はやっと気付いた。
 マサムネからは右肩、見えないんだ。
「あっ! ご、ごめん……!」
 やっと自分の失言に気付いた俺は慌ててマサムネの後ろに周り、蝶を取ってやった。
「っ!」
 右肩に伸ばした手が触れた時に、マサムネが一瞬、身体をビクッと強ばらせたのを見て改めて確信する。マサムネは自分の右肩が見えないのだと。
 右目の見えないマサムネにとって、右側、特に後方は完全に死角だ。俺はそんなことにも気付かずヘラヘラしてたなんて。
「…………」
「……あー……っとだな」
 気まずい沈黙の中、先に口を開いたのはマサムネの方だった。何を考えているのか、こっちを振り返ったマサムネは目を泳がせながら頭をかいている。
「一瞬クセでびびっちまったけどよ、なんともねーって。考えてみりゃお前が死角にいたとしても俺様の命狙ったりしてるわけねぇしな!」
 マサムネは明るくそう言って笑った。けど沈んだ空気をなんとかしようとするみたいに無理にテンション上げてるのは一目瞭然だ。
 俺の方はというと、なんかさっきより泣きそうになった。マサムネがいつ死んでもおかしくない義賊として、日常的に死角からの攻撃に身構えて生活していること。そんなマサムネと俺は本当は敵であるということ。なのにマサムネは俺を信頼してくれているということ。
 俺はもう一度「ごめん」と謝って、後ろからマサムネを抱き寄せた。
「なっ!? ちょっ、なんだよ!?」
 あまりに唐突だったせいかマサムネは面白いぐらい挙動不審になった。それでも俺を突き飛ばしたりはしなかったから、俺はそこに甘えておく。
「マサムネって偉いなーと思ってさ」
「は? 当たり前だろ! 俺様は暗闇烏の18代目、」
「そういう意味じゃなくて」
 マサムネは生死の境をさまよう病気の末に、右目を失ったと聞いた。それなのにこんな風に平気そうな反応するなんて、俺には絶対出来ない。
「……よく分かんねぇけど、気にすんなよ。俺様は誰かと違って右目如きで不幸だとか思ってねーから」
 マサムネはむすっとした声で、回された俺の腕をポンポン叩いた。離せって言いたいんだろうけど、なんか俺が慰められてるみたいだ。
 それがますます情けなくて、さっきより強くマサムネを抱きしめてみる。するとマサムネは、どう思ったのか少し唸って言った。
「んー……それにほら、考えてみろって。逆に言えば死にかけてたのに右目だけで済んだってことだろ。おかげで生きてるし、生きてたからお前に会えたんだ。だからむしろ俺は幸せなんだぞ?」
「へっ!?」
 マサムネからそんな言葉が出るとは思わなくて、俺は思わず素っ頓狂な声を上げた。マサムネは「だからお前が落ち込むなよ」とかなんとか言ってる。
「いや、そうじゃなくて、今」
「あ? 今って何だよ? 俺様ヘンなこと言ったか?」
 うわ、天然だこいつ。一瞬ドキッとした俺が馬鹿だった。
 なんか負けた気分になって、俺はマサムネの右肩にコテンと顔を埋めた。マサムネはやっぱり一瞬反応したけど、謝るのは心の中にしておく。仕返しだ。
「なーマサムネ。右肩見えないんだったら今俺のことも本当に見えないの?」
「あぁ? 全っ然見えねーよ、悪ぃけど。つーかお前いつまでそうやってるつもりだよ」
 あ、そう。
 俺は短く返事をした。もちろんマサムネは解放しない。嫌になったら多分勝手に抜け出すだろうし。そうしないってことはつまり、今のところは嫌じゃないってことだ。
 俺は埋めたままだった顔をほんの少し動かした。丁度唇が右肩に当たるくらいの位置だ。俺はニッと笑って、マサムネの着物の襟をちょっと引っ張った。
「おい、何しやが――つっ!?」
 俺が仕返しを早速行動に移すと、マサムネの反論は簡単に止まった。
「おー、付いた付いた」
 呑気に笑う俺とは逆に、マサムネは今までよりも大袈裟に身体を強ばらせている。それでも暴れたりしなかったのは多分、何をされたか理解出来てないからだろう。
「なんだよ、痛ぇだろうが!」
「えっと、仕返し? 痛かったのは謝る、ごめん」
「は!? ……意味分かんねぇ」
 俺が手を離して真摯に謝ったら、マサムネはそれ以上言ってこなかった。甘いのか、相手が俺だからなのか。後者ならいいな。
「つーか俺様もそろそろ帰って晩飯作りてーんだけどいいか?」
「え、マサムネが作んの?」
 マサムネの晩飯、と聞いて俺はちょっと後悔した。
 マサムネの料理は美味い。そりゃもうびっくりするぐらい美味い。だから俺はよく呼ばれても無いのに食べに行ったりする。
「お前も食うか?」
「うーん、そうしたいのは山々だけど今日はパスかな」
 俺が名残惜しくもそう口にすると、マサムネは不思議そうに首を傾げた。俺がマサムネの料理って聞いて行かなかったのは多分これが初めてだからだろう。
「まだ死にたくないしなー」
「あ?」
「いや、こっちの話。お兄さんに宜しく」
 俺の言葉にますます怪訝そうな顔をしたものの、マサムネは大人しく帰って行った。
 先代マサムネは俺にとって敵だし、向こうも同じだろう。その上ブラコンだ。だから多分アレを見たら、俺を生きて帰してはくれない。冗談抜きで。
 まあでも多分、目ざとく見つけはするだろうな。そしたらどんな反応するだろうか。そのまま弟を守れなくて云々、とか言って腹とか切ってくれたら俺としては万々歳なんだけど。
 俺は笑みを浮かべて、小さくなるマサムネの背中を見た。いや、正確には右肩と、そこに付けたモノを。
 マサムネが俺に許してくれた場所だ。そこは誰にも渡さない。そんな主張と独占欲を込めてやった。
 なんだか気分がいいから、歌いながら城へ帰ることにする。
「右肩に、紫蝶々」



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