「なー探偵君、花火やろうぜ花火!」

季節外れの花火セットと共に、奴は現れた。



探偵屋と怪盗屋



奴の持ってる花火セットは、夏によく売られてるやつだ。
ということは買い置きしてたのだろうか。
今、春だぞ。

「コソ泥が何の用だよ」
「だから花火だって。
ていうか今の俺は善良な高校生だぜ?」

言いながら、奴がくるんと回る。
その肩になびく白いマントは無く、黒い学生服が夜に溶けるだけだった。

「それとも、せっかく教えてやった名前は忘れたか?」
「……黒羽」

名前、と言われたが俺は名字の方を呼んだ。
敵であるこいつと親しくするのは何だか癪だからだ。
奴も俺のことを名前で呼ぶ気は無さそうなのでお互い様だろう。

「ほれ、ちっこい名探偵。
これ持てって。
火ィつけてやっからよ」
「ったく……」

俺は半ば強引に引っ張り出され、渋々花火を握った。
オーソドックスな手持ち花火だ。

「しっかり持ったか?
じゃ、せーの」

念を押す黒羽に頷くと、奴は打ち上げ花火をいくつか並べ、ニィっと笑った。
そしてパチン、と指を鳴らす。

「うわっ!?」

すると火薬の爆発音が何重にも響き、打ち上げ花火が一斉に空に咲いた。
同時に、俺が手にしていた花火の先からも色とりどりの炎が飛び散る。

「どうだ?
驚いたか?」

得意げに笑う黒羽の顔が、花火の光に照らされる。
その笑顔はいつも見せている不敵なものではなく、一介の高校生のそれだ。

「……打ち上げの方は予め時間が来たら火が点く仕掛けがしてあったんだろ。
こっちの手持ち花火はそれに気を取られてるスキに、火を点けただけだろーが」
「なんだよ、可愛くねーな」

俺がわざと突っぱねると、黒羽は唇を尖らせた。



「花火って季節関係無く楽しいよなー!
また夏にもやろうっと」
「一人でやってろ」
「ひでー」

かなり多かったはずの花火は、あっという間にほとんど無くなってしまった。
やってみると意外に楽しくて時間を忘れたのもあるかもしれない。
一番の原因は、調子に乗っていっぺんに花火に火を点けまくった黒羽にあるだろうが。
そろそろ遅い時間なのでお開きにしようということになり、残った花火の中から線香花火に火を点ける。
最後はやはりこれらしい。

「ところで名探偵。
今日何日か知ってるか?」
「四月一日だろ」
「そう。
去年の今日、俺が予告を出して、そしたらお前が現れた」

その言葉を聞いた瞬間、線香花火の弾ける音が一瞬消えた気がした。
もうあれから一年も経つのか。

「もう一年も経っちまったんだな」

丁度黒羽も同じことを考えていたらしい。
ちらりと様子を窺うと、線香花火の先の炎を凝視していた。
まるで別の何かを見るように。

「……一年間頑張ったけど、今年も駄目だったな」

それは炎の音で消えてしまいそうなほど小さな呟きだった。
それを奴が自分に向けて言ったのか、俺に向けて言ったのかは分からない。
奴は一年間目的を果たせなくて、俺は一年間小さいままだった。

「なあ名探偵。
エイプリルフールだから、気分を害したら嘘だと思って聞いてくれ」

顔を上げた黒羽は突然、あっけらかんとした声で言った。
なんとなく無理に作った声と顔に見えたが、俺は黙って頷く。

「実は俺は結構、探偵君のことが気に入ってるんだよ。
初めて会った面白い相手だからな。
それに、今の境遇も多少似てるから親近感が沸くし。
実際は同い年だし、なんか自分に似てるんだよ。
似てるから、名探偵がどれくらい頑張ってて、どれくらい傷ついてんのかとか、
なんとなく分かるような気がしてて。
なんていうか、悪い言い方をすると傷の舐め合いってことになるんだろうけど。
それで俺は、名探偵のことが、だから、つまりだな……」

線香花火が消えても喋り終わらない黒羽に痺れを切らして、俺は立ち上がった。
そして残っていた花火の一つを手に持ち、火を点けた。
それを見た黒羽の顔がみるみる面白いことになっていく。

「……よお、ボウズ、何持ってんだ……?」
「ネズミ花火!」

例の猫被り声で言いながら、俺は黒羽の方にネズミ花火をぶん投げた。
まさか本当に投げるとは思わなかったんだろう。
面白いくらいに黒羽は花火に追っかけられている。

「俺も、結構俺とオメーは似てると思うぜ。
そのウジウジ悩みだすところとか、肝心な部分を言えないところとか、似すぎててムカつくんだよ!」
「ひっでー!
言いがかりだろそれ!」
「オメーが先に似てるって言ったんだろーが!」

電柱にしがみつくという最終手段でネズミ花火をかわした黒羽に、俺は追加のネズミ花火を投入した。
降りようとした黒羽がもう一度電柱の世話になるのを鼻で笑う。
怪盗キッドの姿で同じことをすれば、きっともっと面白かっただろう。

「ぜーぜー……花火は人に向けちゃいけないんだぜ?」
「僕子供だからわかんなぁーい」
「っんにゃろー……」

無事にすべてのネズミ花火を避けきった黒羽は、俺の追撃を避ける為か、残りの花火を全部水に浸けた。
さすがに俺もそこまでするつもりはなかったので、心外だ。

「で、結局なんなんだよ」

俺がさっきの話の続きを促すと、黒羽は目を泳がせた。

「あー……。
やっぱ今度にするわ、またの機会に」
「はぁ!?」

続きを言うように迫っても、黒羽は渋るばかりだ。
本当に今日はもう言う気が無いらしい。

「なんだよ、さっさと言えよ!
意気地のねー奴だな!」
「はあ!?
だって今日言ったら嘘っぽくなるし名探偵もスルーしそうじゃねーか!」
「だからその免罪符があるうちに言っとけよ!」
「じゃ、名探偵こそ言えば?」
「なっ!
なんで俺が言わなきゃなんねーんだよ!」

俺も黒羽も馬鹿じゃねーし、きっと気付いているだろう。
お互い、多分同じ気持ちだってことは。
だけどプライドの問題なのか、今日まで一度も言ったことが無い。
きっと、今日も言わない。

「っ分かった!
新一の誕生日に言う!」
「っ!
……よーし言ったな、絶対言えよ」
「ふ、ふん。
オメーこそ首洗って待ってろよな。
じゃあな、チビ探偵君!」
「またなコソ泥!」

騒がしく、黒羽は帰っていった。
冷静になってみると、はっきりいって子供の喧嘩だと思う。
たった数文字の言葉を言えないなんて、おかしな話だと思う。
だけど俺達はそれをここまで大真面目に喧嘩してきたわけだ。
俺はため息をついて、花火のゴミを片付ける。
片付けて帰れよ、とも思ったけど、あの流れで片付け手伝われても困る。
だって、俺も奴も真っ赤だったからだ。

「初めて名前呼ばれた……」



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