「カイジさん、それ貰っていい?」

アカギはいつもの顔でそう言いながら、俺の口を指差した。



Man always remember love because of romance only.



「帰りに買うの忘れちゃって」

ほら、とアカギがポケットから取り出したのは煙草の箱だ。
若干潰れていて、中身が無いのは明らかだった。
そういやさっきから煙草吸ってなかったな。
俺が吸ってるのを見て思い出したのかもしれない。
俺はくわえていた煙草を左手に持ち、右手で箱をアカギに向けた。
中身はそこそこ残ってる。

「マルボロでいいのか?」

アカギがそれを受け取る直前にふと思い付き、俺は一応聞いた。
アカギの煙草はもっと重いやつだ。
多分俺の二倍くらいきつい。
マルボロの、しかもライトなんて繋ぎにもならないんじゃないか。
赤マルなら少しは違ったかもしれない。

「これがいい」

しかしアカギはたいして気にしてない様子で、その金色の箱を受け取った。
……これが?
「が」ってなんだ、普通は「で」だろ。
俺はなんとなく引っかかるのを感じ、一応指摘した。
わざわざそう指摘したのは、アカギがいつも同じ銘柄を吸っているからだ。
アカギが俺と同じマルボロ派なら多分「これがいい」で合ってると思う。
でもアカギが普段吸ってるのは別で、それ以外を吸ってるのは見たことが無い。
だからここは贔屓の煙草じゃないのを諦めて「これでいい」って言うところのような気がする。

「そんな細かいこと気にするんだ」

アカギはそう言って笑った。
確かに俺だって普段はそんな細かいことは考えない。
けど今はお前が相手なんだ。
考えてることがまったく読めないせいか、変に警戒してしまう。
警戒というと物騒すぎるかもしれないが、妙に勘ぐったり疑ったりしたくなる。

「カイジさんがいつも吸ってるから、どんなもんかと思ってさ」
「……ああ、なるほどな」

「俺の煙草に興味を持つアカギ」というのに少し驚いたけど、俺は平静を装って左手の煙草を口に運んだ。
アカギはあまり他人に興味を持たない。
というか自分のことも興味が無さそうだ。
だからそのアカギが俺の煙草を気にする、ってのはかなり珍しいことだと思う。
アカギは俺がまじまじと見ているのを気にも留めずに、煙草をくわえた。
いつもの青い箱と違うのが似合わない。
違和感がある、っていうか。

「カイジさんてさ、ロマンチスト?」
「はぁ?」

アカギが火を点ける前の煙草を口から離して言った。
俺は声を上げた拍子に煙草を落としてしまい、慌てて拾う。
それを見てアカギはまた笑った。
それもこれもいきなりお前が話題を変えて、似合わない言葉を使うからだ。
そう言うとアカギは思ってなさそうに「ごめんね」と謝った。

「誰かに聞いたんだ。
マルボロの由来がそういう内容だって。
それでカイジさんもその由来を気に入って吸ってるのかと思った」
「別に俺は……味が気に入ったから吸ってるだけで、意味なんてねえよ」

特定の煙草を選ぶのなんて、多分ほとんどの奴が味に決まってる。
俺もそうだ。
確かに名前からゲンを担いで「ラッキーストライク」あたりを吸う奴はいるかもしれないが、由来を調べてから吸うなんて馬鹿げてる。

「ふーん……。
でもカイジさんっていっつも危ないギャンブルで当てようとしてるし、ある意味ロマンチストに違いないと思うけど」
「ぐっ……お、お前が言うなっ!」

アカギだって……時にはアカギの方が危ない賭博をしている。
ただ、アカギは金の為のギャンブルはしない。
そこが普通の奴とは違う。

「俺はいい、けどカイジさんは駄目」

アカギはそんなことをさらっと言って煙草を口にくわえ、ポケットの中を探り始めた。
ライターを探してるんだろう。
アカギはしばらくポケットを探っていたが、突然「あ」と少し間抜けな声を上げた。

「ライターもオイル切れたんだった。
カイジさん、火貰っていい?」
「お前なー……」

呆れてみせるが、本当は少し嬉しかったりする。
アカギにものを頼まれるのは悪い気分じゃない。
なんかいつもは完全に逆の立場な気がするけど、本当はアカギの方が年下だし。
あれ、そういやアカギって十代だよな。
完全に忘れてたけど、アカギはまだ未成年だ。
煙草はまずいだろうが。
……渡した時点で俺も同罪なので黙っておくことにした。

「えーと、火な、火」

俺はさっき落とした煙草をまた口にくわえてポケットに手を突っ込んだ。
目当てのものはすぐに見つかり、俺はその安物のライターをアカギに渡そうと顔を上げた。
その時だ。
ジジッ……と煙草に火が点くあの音が目の前で聞こえたのは。

「……え?」

俺がようやく言葉を発したのは、アカギの吐いた煙が空中に溶けて消える頃だった。

「カイジさん、また煙草落ちたよ」
「あ、ああ」

言われるまま、床が焦げないうちに煙草を慌てて拾う。
あぶねえ、焦げるとこだった……。

「ってそうじゃねえだろっ!」
「え?」

俺が怒鳴ると、アカギは何故怒ってるのか分からないって顔になった。
いや怒るだろ、普通!

「何やってんだお前は!」
「何って、火貰おうと思って」

顔を真っ赤にしている俺とは対称的にアカギはきょとんとしている。
確かにアカギは煙草に火を点けただけだ。
他には何もやってない。
ただ、その点け方が問題なんだよっ……。

「今ライター渡そうとしただろうがっ!
何でお前、俺の煙草からちょ、直接っ……!」
「……ああ、カイジさんそれで怒ってるんだ」

気付くのおせえよっ!とツッコミを入れてやりたくなったが、やめた。
多分言っても通じないだろうし。

「大丈夫、大丈夫。
カイジさん相手にしかしないよ」

……やっぱり、これは言っても無駄だ。
アカギはたまにわざとなのか天然なのか、判断に困ることをする。
今回もそうだ。
考えてることが読めないから、判断出来ないんだよな。
もし考え無しでやったことだとしたら文句も言いづらい。

「お前な……」

心理戦でこいつに勝てるわけがないので、俺は早々に諦めることにした。
短くなった煙草を灰皿でもみ消し、寝転がる。
アカギの読めない無表情が視界の外に消えて、見えるのは紫煙だけになった。
マルボロの煙を吐き出すアカギって変な感じだ。

「……やっぱりいつもの煙草の方が似合うな」

俺は首を少し起こして、思ったことをそのままアカギに言った。
でも、すぐに驚いて首を戻した。
珍しくふっとアカギが微笑んだからだ。

「そう。
カイジさんがそう言うなら、これからも同じやつ買おうかな」

……なんで俺が言ったら買うんだよっ!
俺が思わず飛び起きると、アカギは口に手を当てて笑った。

「何がおかしい!」
「だってカイジさん、耳まで赤くなってるから」
「え?……わ、笑うなっ……!」

反射的に耳を隠して叫んだのは逆効果で、アカギは笑うわ、自分の声が響くわで散々だった。
俺が少し落ち着いてため息をついても、アカギは相変わらず肩を震わせて笑っている。
そんな笑うことねえだろ。
俺は新しい煙草にきっちりライターで火を点け、一服した。
しかしなんでこいつはあんなことを平気な顔で言えるんだ。
……俺なら恥ずかしくて絶対言えねえ……。

「ククク、やっぱりカイジさんって可愛いね。
からかい甲斐がある」

再び赤くなって俯く俺に、アカギは紫煙を吐きながら、いけしゃあしゃあとそう言ってみせた。
からかい甲斐、からかい甲斐って。

「お前わざとかよ!」

つまりアカギはハナっから俺が慌てるのを顔には出さずに、ニヤニヤ笑いながら見てたってわけだ。
さすがアカギ、完璧なポーカーフェイス……って感心するところじゃねえよっ!

「カイジさん、」

俺はアカギを無視してそっぽを向いてやった。
くそっ、もう騙されねえぞっ……!
もうこいつの話に乗ってやるもんか……!

「カイジさん、あのさ」
「うるせえっ!もうその手には乗らねえぞ!」
「そうじゃなくて」

アカギが火の点いた煙草を差し出す。
最初は意味が分からなかったが、よく見るとアカギは煙草を二本持っていた。

「カイジさん、また煙草落としたよ。はい」

煙草?
ああ、俺の煙草か。
……俺の煙草?

「……床焦げてるじゃねーかっ!
なんでもっと早く言わねえんだよっ……!」
「カイジさんが話しかけても無視するから」
「せめて言う前に拾えよ!」

……もしかしてさっきの会話、からかってたのは一部だけで、こいつ本当に天然なのか?
いや、騙されるな。
きっとそれも作戦のうちで……!

「うん、次から気を付けるよ」

作戦……の……。

「ごめんね、カイジさん」
「お、おう……」

やべえ、ますます分からなくなった。
天然なのか、それも計算なのか。
俺はすぐに考えるのを放棄して、受け取った煙草を口にくわえた。
今度こそ落とさないようにしっかり手も添える。
……心理戦でこいつに勝てるわけが無いんだよな。
本当に何考えてるか分からねえ奴だ。

「弁償しようか」
「いい、お前が金持って来たら本当に家買えちまうだろうから遠慮する」



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