ポリグラフ



気色悪い。
なにが気色悪いって、仕事から戻った快斗が着替えもせずにニコニコ笑って近寄って来たことだ。
時刻は午前一時前。
そろそろ本を閉じて寝ようかと思っていた矢先の事。

「あれ、もう寝てるのかと思ってたのに」

物音一つしなかったからさ、と快斗は言う。
確かに部屋の中にある音の発生源なんて本のページくらいだ。
それだけ静かならたとえ電気がついてたって、寝てると言われたら納得するだろう。

「あ、もしかして待っててくれた!?」
「誰が待つかバ快斗」

本読んでたんだよ。
そんなことは見れば分かるはずなのに、快斗は「えー新ちゃんひどーい」なんておどけてみせた。

「お前があと五分遅かったらとっくに寝てた」

快斗を適当にあしらいながら、読んでいた本に栞を挟む。
それを枕元に置けば、寝る準備は完了だ。
よし、とベッドに座り、快斗を見る。
快斗はまだ着替えもせずに突っ立っていた。

「なにやってんだよ。
とっとと着替えて寝ろ」
「あー、うん」

そんな生返事をしながら、快斗はヘラッと笑った。
顔だけはいつもみてぇにニコニコしやがって。

「で?」
「うん?」
「なんかあったんだろ。
聞いてやっから」

俺が隣のスペースを叩くと、快斗は意外と素直にそこに座った。
仕事から戻ったこいつは落ち込んでることが多い。
当たり前といえばそうだが、今回はどうも様子が違う。
普段のこいつは、こんなわざとらしい顔で笑わない。

「……ねえ新一」
「うん」

快斗は一瞬何か言いかけて躊躇ったように見えた。
なんだか調子が狂う。
俺がそう言うと、快斗は苦笑してやっと口を開いた。

「新一さ、ちょっと俺にいろいろ質問してみてよ。
今から、全部『いいえ』で答えるから」
「……は?」

全部「いいえ」で答える?
なんだ、嘘発見器の真似事か?
快斗がどうしてそんなことを言い出したのかは見当もつかない。
ただ、冗談を言ってるわけじゃ無さそうなので、付き合ってやることにした。

「んー……じゃあ、今日の仕事は上手くいったのか?」
「いいえ」
「じゃあ、上手くいかなかったのか?」
「いいえ」

確かに、快斗はNOとしか答えない。
どういうことだ?

「えーと……あ、中森警部は元気か?」
「いいえ」
「白馬も来てたのか?」
「いいえ」

快斗は笑顔のまま、俺の適当な質問に答えた。
まるでキッドの方に質問してるみたいだ。

「……そういえば新一、今日エイプリルフールだってさ」
「ん?
……ああ、そうだな」

取り留めのない質問がネタ切れになったところで、ふと快斗が顔を上げた。
そういや、日付は変わってたっけ。
後でカレンダーを捲っておくか。

「今日はさ、嘘ついてもいい日なんだよ」

快斗はまだ捲っていないカレンダーを見ながら、呟くように言う。
その声はいつもの明るい快斗のものじゃないみたいに、すぐに溶けて消えた。

「……日頃からさ」
「うん」
「『日頃から嘘ついてる奴が、何言ってるんだ』って。
新一もそう思う?」

はは、と快斗が付け足したように笑う。
表情だけはいつもと同じだ。

「そんなことで悩んでたのかよ」
「そんなことって……新ちゃん冷たい」

いつもの軽い口調とは裏腹に、快斗はまるで自分を嘘つきだと言って欲しいみたいだ。
俺は溜め息をついて、さっきまでの質問を思い出す。

「今日はかなり上手くいった。
いつも通り中森警部は元気に追いかけてきた。
ただ、今日は白馬がいなかったから助かった」
「新一?」
「さっきの質問の答えだよ。
間違ってるか?」

俺の答え合わせに、快斗はようやく笑顔を止めた。
代わりに驚いたような顔を浮かべている。

「や……確かに合ってる、けど」

なんで分かったの?と疑問符を浮かべる快斗に、俺は言ってやった。
そんなことも分からないのか、と。

「俺がお前の気持ち悪ぃ笑顔に騙されると思ってんのかよ、バ快斗」

驚いたような顔をしていた快斗が、それを聞いて笑い出した。

「……っははは!流石は名探偵殿!」
「お前なぁ……その格好で言うとシャレになんねーぞ……」

悪態をついてみたものの、本当は快斗がやっといつもの調子に戻って安心している。
ようやく、快斗の素の笑顔が見られた。

「そうかー……新一の前じゃ嘘つけねーなぁ……」
「今更気付いたのかよ」

確かに、大抵の人間は快斗のポーカーフェイスに騙されるのかもしれない。
でも、俺は笑顔の裏で快斗がどんなことを考えてるのか、なんとなく分かる。
嘘か本当かなんてことくらいは、簡単に。

「あれ、もしかして新一ってばそんなことも分かるくらい俺のこと大好き?」

寝言は着替えて寝てから言え。
そう言ってやろうかと思ったけど止めた。
もう一つ教えてやらなきゃならないことがある。

「ふざけんなバ快斗。
俺はお前なんか嫌いだ、嫌い、大嫌いだ」
「ちょっ……いつもよりひどい!」

ガーン、なんて効果音付きで落ち込む快斗。
俺は息を吸い、隣でいじけてる快斗に言ってやった。

「俺だってエイプリルフールじゃなくても嘘ついてるんだからお互い様だろ」

恥ずかしさから早口になってしまう。
それでも快斗の耳にはしっかり届いたようで、すぐに泣きそうな顔で笑った。

「……うん。
そうだな、そうだ。
新一は素直じゃねーもんな」
「素直じゃなくて悪かったなバ快斗」
「確かに、ちょっとバカなこと考えてた。
ありがとう新一」

快斗が恥ずかしそうに頬を指でかいた。
その仕草と笑顔があまりにも似合いすぎていたので、俺は思わず視線を逸らした。

「なんでもいいから、着替えて来いよ。
いつまでその格好でいるつもりだ」
「こちらが名探偵殿の好みなら朝まででも」
「ふざけんな、うさんくせー」
「えー、見破れるんだったらいいじゃん」
「見破れるのとうさんくせーのは違うんだよ」

着替えるのに時間がかかるのはいつものことなので、先に寝ることにする。
さっき快斗の座っていた辺りが丁度温かい。

「あっ、ねえ新一」
「なんだよ」

一度は部屋を出たくせに、扉の隙間から快斗が顔を出す。
何か忘れ物かとも思ったが、そんな物は無さそうだ。

「俺も新一が嫌い、大嫌い。
世界で一番嫌い」

快斗は別の意味で気色悪い笑みを浮かべて言った。
何かと思えば、そんなことか。

「……それはそのままの意味で受け取っていいのか?」
「わー嘘だってば!
ごめん新一!
おやすみ、愛してる!」

俺が睨むと、慌てて弁解しながら快斗は扉を閉めた。
おやすみ、と言ったのは閉まる直前だったので届いたかは分からない。
……愛してる、ねぇ?
どうやらいつものバカに戻ったらしい。

「言われなくても分かってんだよ」

起きたら、逆に「好きだ」と言ってやろう。
どんな顔をするか今から楽しみだ。



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