今年の夏は暑いらしい。
しかも昨日は熱帯夜だったようだ。
そんな暑い日に、扇風機を回してるとはいえ、男二人が狭いベッドにくっついて寝るのは無理に決まってる。
暑いから何もすんなよ、って釘刺しても一緒に寝てるんじゃ同じことなんだけどさ。
野球部は暑さでみんなヘバってるし、梅雨明けの雑草の侵攻もあるしで、練習が休みになったことを知ったのは朝早くのメールだったし。
こんなことなら別に昨日釘刺さなくてもよかったなーと思う俺はきっと甘い。
絶対口には出さないけどさ。

「あちー」

あんまりベトベトするから、朝から風呂入ってコンビニへ駆け込んだ。
扇風機一台で耐えるよりはコンビニで何か買って立ち読みでもしてるほうが経済的だし。
冷たくてうまそうだけど、朝からアイスなんて買い食いしたら浜田に怒られるかも。
そんなことを考えて俺は苦笑した。
あーあ、俺ってこんなに浜田のことばっか考えてたっけ。
暑さでどうもおかしくなってるらしい。
浜田はあの暑さの中でまだ寝てんのかな。
あんな暑いとこで寝てなんともないんだろうか。
急に心配になった俺は冷たいペットボトルを二本買ってコンビニを出た。




「浜田ー」

玄関から呼んでみるものの、返事は無い。
まだ寝てんのかな。もう昼前だぞ。
せっかく冷たいペットボトルもあるし、俺は浜田を起こすことにした。
こいつをいきなり顔とかにくっつけたらどんな反応するだろう。
飛び起きるよな、きっと。
俺は無意識にニヤける顔と格闘しながら浜田の元へ向かった。

「はっまだー」

遠目から見た浜田は布団の上にうつ伏せで寝てて、どんな寝相だよ、と思った。
けど、よく見ると……様子がおかしい。
苦しそうにハァハァ息を吐いていた。

「はま……だ?」

いや、ハァハァどころじゃない。
まるで浜田は息が出来ないみたいにゼーゼー息をして、本当に苦しそうに布団を掴んでガタガタ震えていた。

「浜田っ!?」

ペットボトルの入った袋を床に放り投げて、俺は浜田に近寄った。
本当に浜田は、苦しそうだった。

「は、はまだ?え?え?」

どうして浜田がこんなことになってるんだよ。
なんで?俺がコンビニ行ってる間にどうしてこんなことに?
まったく理解出来なくて、俺は苦しそうな浜田の背中をさすりながらオロオロするばかりだった。

「あ……」

そうだ、助けを呼ばなきゃ。
俺はポケットの中の携帯を思い出し、慌てて電話帳のボタンを押した。
本当は救急車を呼ばなきゃいけないんだろうけど、何番だったか思い出せなかった。
それくらい気が動転していたんだって気付いたのは後になってからだった。

「兄貴っ……!」

電話帳の一番最初に入ってるのは「あ行」の「兄貴」だった。
そうだ、兄貴なら浜田のこと知ってるし、絶対助けてくれる。
俺は震えながら、兄貴が電話に出るのを待った。
出ない。
コール音しか聞こえない。

「っくそ!」

なんで肝心な時に出ないんだよ馬鹿兄貴!
いつもどうでもいい時は余計な電話してきやがるくせに!

「……あ……っぐ」

呻き声に驚いて振り向くと、浜田はさっきより苦しそうだった。
いやだ。
もう浜田がこんな苦しそうな顔するのは、いやだ。
何故か、俺の目から涙がぼたぼた落ちた。
視界がぼやける。

「はまだ……っ!」

兄貴の馬鹿野郎!
心の中でそう叫びながら、俺はカーソルをひとつ下に動かした。
誰でもいい。
誰でもいいから、浜田を助けて。

『もしもし』

少しコール音が続いた後、電話の向こうから声が聞こえた。
相手が他に何か言う前に、俺は必死で助けを呼んだ。

「はっ、浜田が……はまだ、しんじゃ……」

浜田が、死ぬ。
その言葉を口にした瞬間、俺まで胸が苦しくなった。
涙が溢れて止まらない。

「いや、だ……はまだが、くるしそーで……俺どうしていいかわかんなくて……!」
『お、おいっ!?どうしたんだよ!』

電話の向こうで困惑する声が聞こえた。
相手は別の誰かと会話している。
向こうにもう一人いるみたいだ。
でも、俺のすぐ傍で浜田の苦しそうな声が大きくなって、その声はかき消された。

「う、ぁ……あ……!」
「はまだっ!はまだぁっ!!」

いやだ、死ぬな、いやだ。
電話の向こうにも浜田の声は聞こえているらしく、向こうでも慌てているのが分かった。

『いずみ、く……!ふくろ!』

さっきとは違う声が電話から聞こえた。
ふくろ?え?なにが?

『ハマちゃんのくちにっ……!ふくろ、当てるんだ!』

袋?袋!?
袋で浜田の口塞げってのかよ!?

「馬鹿野郎!なに言ってんだよ!そんなことしたら浜田死んじゃうだろ!!」
『早くっ!』

俺が電話に向かって思いっきり叫ぶと、向こうからも叫ぶ声が聞こえた。
浜田を助けようと必死になってくれてるみたいだった。
くそ、袋!?
そんなのでほんとに浜田が助かるのかよ!?
袋、袋……!

「……あ!」

さっきの、ペットボトルの袋。
俺は中のペットボトルを床にぶちまけて、なんとか袋を見つけた。

「浜田……!」

こんなもんで平気なのか信じられなかったけど、俺は恐々それを浜田の口に当てた。
本当に、藁にも縋るような状況だった。

「だいじょうぶ、か?」

袋を口に当ててみても、浜田はまだ苦しそうだった。
だけど、浜田がその袋を俺から受け取って自分の口に当てたのを見て、ようやくそれが間違いじゃないって気付いた。
よかった、言う通りにして。
俺は急に力が抜けてその場にへたり込んだ。




「いずみ」
「は、浜田っ!」

しばらくして、浜田が不意に袋から手を離して笑った。
馬鹿野郎、って殴ってやりたかったけど、身体が勝手に浜田にしがみついてた。

「ごめんな、心配させて」

浜田はそう言って俺の頭を撫でた。
まだ少し苦しそうだけど、もう大丈夫らしい。
よかった、本当に。
安心したら、また涙が出た。

「なん、で……はまだ……」
「ん?……あー……」

どうしてあんなことになってたんだよ。
馬鹿、心配させんな。
俺が涙目で睨むと、浜田は頭をかいて言った。

「えーと……ちょっと泉が好きすぎて?」

……意味わかんねぇ。

「なんだよそれ!ったく、心配して損した!」
「いでっ!」

俺は浜田に頭突きをかました。
好きすぎて、って何言ってんだよ。
……顔が熱い。

「でもほんとにごめんな、こんなに泣かせちゃった」
「は、はぁ!?泣いてねーよ!」

今更言い訳したって遅いのは分かってるけど、さっきまでボロボロ泣いてたのが恥ずかしくて慌てて涙を拭いた。
そんな俺を見て浜田はまた笑った。
馬鹿にされたみたいでちょっとムカつく。

「でも、本当に好きなんだってー」
「ああそうかよ」

知るか。
俺はまた赤くなった顔を浜田に見せないようにそっぽを向いた。

「助けてくれてありがと、考介」

なのに、浜田が、俺の耳元でそんなことを言って笑ったから、俺は耳まで真っ赤になった。

「や、やめろよっ!」
「あ、かわいー照れてるー」

ちげぇよ馬鹿!って反論しても通じないから無視を決め込んだ。
浜田はもうすっかり元気みたいで、俺を膝の上に乗せて後ろから抱き着いている。
重い、あと暑い。
だけど、それが嬉しい俺はやっぱり浜田に甘いんだと思った。

『あー、邪魔して悪いんだけど、一応様子見に行っていい?
こいつ心配だから行くって聞かねーし』
『ハマちゃん、だいじょ、ぶ?』

あ、電話。
その時初めて電話を繋ぎっぱなしだったことに気付いて俺は真っ赤になった。
まさか、今までの、ずっと聞かれてたのか……?
そしてようやく俺は電話の相手に気付いた。

「そういや、『あにき』の次『あべ』だった……」



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