夢を見た。
9回裏、満塁。
あとたった一球抑えれば、俺達の勝ちだ。
振りかぶる、投げる。
激痛。
指先からボールが零れ落ちる。
ボールはあっという間にバットに打たれ、空の彼方へ――。

夢を見た。
9回裏、満塁。
あとたった一球抑えれば、俺達の勝ちだ。
振りかぶる、投げる。
どろり、嫌な感覚。
指先から腕が溶けて崩れていく。
ああ、いやだ。投げたいのに。

夢を見た。
9回裏、満塁。
あとたった一球抑えれば、俺達の勝ちだ。
振りかぶる、俺は崩れ落ちる。
何度もボールを投げてきた腕にヒビが入る。
パリン。
ガラスが割れるような音がして、腕が砕け散った。

何度そんな夢を見ただろう。
夢の中の俺はいつも決まって楽しそうにマウンドに立っていた。
だけど、楽しそうなのは少しの間だけ。
すぐにまたあの激痛に絶望させられるんだ。
もう投げられないんだって。



suffocation



その日、俺は泉と一緒にいた。

「野球出来なくなったよ」

ごめんな、泉。一緒に野球するって言ってたのに。
俺は泣いてるような、なんだかよく分からない顔で笑った。
俺、今までどうやって毎日過ごしてたっけ。
ああそうだ、毎日野球してたんだ。
これからはどうすればいいんだろう。
今までずっと、野球が俺の全てだった。
ガキの頃からずーっと毎日野球に明け暮れてて、他の事なんて見向きもしなかった。
だけど、その野球を俺は失った。

「ねえ、泉」

俺はどうやって生きていけばいいんだろう。

「俺に聞かないで下さいよ」

泉は困った顔をした。
それでも俺は懲りずに、ちっちゃい泉の頭を撫でながらもう一回同じことを言った。
ただ、助けて欲しかった。
なんでもいいから、縋れる何かが欲しかった。

「そんなの……知るかよ」

泉が怒ったように手を払いのける。

「俺は野球、やるから」

俺に何か言う暇も与えず、泉はチームのみんなのところへ走っていった。
マウンドにはとっくに新しい投手がいて、泉と親しげに話している。
俺が声をかける前に二人は遠くに行ってしまった。
その時ようやく気付いた。
そうだ、俺、毎日泉と野球してたんだ。
ずっと毎日毎日泉と一緒に野球に明け暮れてたんだ。
なのに、俺、両方とも失ったんだ。
野球と泉。
大好きだったものがいっぺんになくなっちゃったんだ。




「……あ、れ」

目を覚ますと、そこはベッドの上だった。
どうやら、夢だったみたいだ。
外はとっくに明るくなってて、身体を起こすと頭がクラクラした。
随分昔のことなのに、まだこんな夢を見ているなんて。
少なくとも、失ったもののうち一つは戻ってきたはずなのに。
今は、大好きな泉が隣にいるはずなのに。

「泉?」

あれ?

「泉ー?」

なんで?

「泉ー!?」

どうして、泉がいないんだろう?
昨日は確か、珍しく泉が自分から泊まってくって言い出したんだ。
変なことすんなよ、って釘は刺されたけどさ。
で、せまいこのベッドで一緒に寝てたはずなんだ。
トイレかな?とか、水でも飲みに行ったのかな?とかは考えた。
まさかベッドから落ちてるってわけでもない。
だって呼んでも返事が無い。
つまり泉がここにいない。
ベッドにある俺の隣のスペースは冷たくなっていた。

「いずっ……」

――まさか、さっきのは、夢じゃなかったのか?
大好きだった泉は失ったまま。
これが現実だったんじゃないのか?

「泉……!」

立ち上がろうとして思わず付いた右腕が酷く痛んだ。
そうだ、やっぱり、そうだ。
野球も泉も、なくなっちゃったんだ。
俺の全てだった野球と泉。
それがなくなって、俺はどうやって生きればいいんだろう。
……どうして、今、生きているんだろう。

「……っは……」

泉がいない。
野球が出来ない。
じゃあ、俺は生きていけない。

「…………っ!」

息が出来ない。
胸が苦しい。
肘が痛い。
泉がいない。
いやだ。
泉に会わずに死ぬなんて。

「いず……み」

ああ、だめだ。
くる、し……



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