「泉、なんか欲しいものとかある?」

浜田が突然気持ち悪いくらいの笑顔でそう言った。
意味が分からなかったので、俺は「はぁ?」と返事をしておく。
あれー泉不機嫌ー、とかなんとか浜田が言ってるのがうぜー。
せっかくの休みにいきなり呼び出されてこんなことを聞かれたんじゃ、不機嫌にもなるだろ。
まあ浜田相手にはいつもこの態度だけど。

「ほら、誰でも欲しいものの一個や二個くらいあるじゃん。
泉はどうなのかなーって」

浜田の目が泳いだ。
何故突然こんなことを言い出したのか、俺は理由を理解して、溜め息をついた。
今日は俺の誕生日だ。
多分浜田は俺に直接欲しいものを聞いて、それを買おうと思ってるんだろう。
そんな金、ねーくせにさ。

「そーだな……」

俺が言いかけたのを見て、浜田は目を輝かせている。
それがなんかムカついたから、俺は頭の後ろで手を組んでこう言った。

「打率」
「はあっ!?」

浜田が大袈裟な声を出す。
うるせーっての。

「え、泉……打率って……」
「おかしくねーだろ、打てれば打てるだけいいんだから」

チャンスが増えるし、信頼も評価もしてもらえる。
どこも間違ってないはずだ。
それでも浜田は不満みたいで「他にはねーの?」と続きを促す。

「そーだな、筋力と体力と出来れば成績と……」
「いやだからそうじゃなくて!
服とかゲームとかそういうやつ!」

要するに浜田は「店で買えるもの」を言って欲しいらしい。
そんなもん言ったらお前買うだろ。
そう思ったけど口には出さずに、俺は指を折って数えながら買えないものを並べてやった。

「もっと足速くなりてーし、もっといろんな球打てるようになりてーし、身長も欲しいし。
あとは寝る時間とか……。
結構欲しいものあるな」

俺がニッと笑うと、浜田は対照的に苦笑いを浮かべた。
浜田に頼んだって手に入らないものばっかりだ。
買えるタイプの欲しいものはそもそもあまり無いし、自分で買う。
誰かに頼むと借りを作るみたいで嫌だ。

「本っ当に他には無い?」
「無い」

浜田は不満らしく、うーとかあーとか唸っている。
別に俺は誕生日にプレゼントなんかいらないのに。
浜田がいて、おめでとうって言ってくれたらそれで……なんてことは思ってても絶対に言わない。
言ったら調子乗って、それはそれでうざいだろうから。

「よし、泉!」

突然、浜田が手を叩いた。
そして俺に背を向ける。
手を叩く音が響いて驚いたから、俺は不機嫌な顔をして浜田を見た。
浜田は何か思い付いたって顔をしている。

「俺の首に手ぇ回して」
「は……?」

何を言い出すかと思えば……何言ってんだ。
全然意味わかんねえ。
そう言うと、浜田は「いいからいいから」って笑った。
いや、よくねーし。

「ほら、早く」

浜田が俺の手を引っ張って、自分の首に巻き付ける。
一体どういうつもりなんだろう。
そんなことを考えてた俺は体勢を崩してしまい、浜田の背中に鼻をぶつけた。
いってえ、と思わず声が出る。

「あ、悪ぃ。
大丈夫?鼻血とか出てない?」
「これぐらいで出てたまるかよ」

振り向こうとする浜田の髪がくすぐったくて、俺は浜田の背中に頭突きをした。
その背中が妙にでかく感じて、なんか余計ムカつく。

「いてて……泉、ちゃんと掴まった?」

俺がもう一回頭突きをすると、浜田はそんなことを言って、いきなり俺の方に手を回して来た。
掴まる?
俺が聞き返すと同時に、浜田が立ち上がった。
思わず俺は声を上げて浜田にしがみつく。

「あぶねっ……なんだよいきなり!」

バランスを取りながら俺は浜田の耳元で怒鳴った。
なんで俺が浜田に背負われてんだ。
そもそも、なんでいきなりこんなことをしようと思ったんだ。
俺の言葉に、浜田は不思議そうな声で答えた。

「え?
だって泉、身長欲しいって言ったじゃん。
おんぶして、せめて気分だけでも味わえればなーって思って」

本当に、そんなこと言われるなんて思ってなかった、って声だ。
そういう意味じゃねーっての。
俺がどうして身長が欲しいのかというと、それが総合的な身体能力アップになるからだ。
当たり前だけど、手が長ければそれだけ遠くにバットを伸ばせるし、脚が長ければそれだけ速く走れる。
だから、別に身長が高いからどうだって話じゃない。

「多分俺と泉の身長合わせて、190くらいあるかも」

そんなことにも浜田は気付いてないみたいで、こっちを振り返ってヘラヘラ笑ってる。
浜田の言う通り、驚くくらい天井が近いのは事実だ。
手を伸ばしたら触れるかもしれない。
床も遠いし、棚の上の段が目の前だ。
こんなに違うもんなんだろうか。

「浜田って身長いくら?」
「ん?あー180はあったと思うけど」

確か俺が170無かったと思うから、今の俺から見た浜田くらいの差があるんだろう。
俺の顎の下くらいに浜田の頭がある。
いつも浜田からはこんな風に俺が見えるんだったら、子供扱いすんのも分かるかも。
俺は浜田の肩に顎を乗っけた。
丁度真横にある浜田の顔は、面白いくらい目が点になってる。

「浜田からはこう見えんのか」

浜田が聞き返してきたけど、俺は無視して周りを見た。
あーあのコップ、俺には丁度いいけど、浜田にしたら随分低いとこにあるんだな。
俺に合わせてたのかな、とかどうでもよかったことに気付く。
天井が近いせいか、部屋がいつも以上に窮屈だ。

「でかけりゃでかいで不自由なもんなんだな」

もう一度、今度は浜田の頭の上に顎を乗せてみる。
天井がますます近くなって、いつも見ているものが小さくて遠い。
見てるのが嫌になってきて、俺は浜田の髪に顔をうずめた。

「もういいから、降ろせよ浜田」

浜田は不満そうだ。
しかも、もうちょっとこうしてたい、とかなんとか言い出した。
よく考えると、俺達がここまでべったりくっつくのってあんまり無いと思う。
抱きついてきた浜田を俺がさっさと引っ剥がすからだ。
……そのことを意識すると、妙に恥ずかしくなってきた。
そうだよ、よく考えると俺、浜田にうまいこと乗せられたんじゃ。
早く降ろせよ馬鹿浜田、と俺が暴れると、浜田は意外と大人しくしゃがんだ。
せっかくなので俺はさっさと床に足を付ける。
天井もなにもかも、元通りになっていた。

「泉、本当に欲しいもの無い?」

ただ、浜田は相変わらずしつこかった。
さっきのでそれは終わったと思ってたのに。

「なんでもいいからさ。
……あ、新しいグローブとか?」
「いらねーよ」

なんでわざわざ形にしたがるんだ。
遠慮してるとかじゃなく、いらないもんはいらないって言ってるのに。
そんなもんで俺が喜ぶと思ってるんだろうか。
それなら背負われっぱなしの方が何倍もマシだ。
俺は浜田に呆れた。

「……じゃ、身長。
もう一回欲しい」

浜田の背中にもたれかかると、浜田はわけのわからない叫び声を上げた。
多分、俺がこんなことを滅多にしないからだろう。
言ってから、俺だって軽くないのに背負って大丈夫なのか心配になったけど、まあ浜田はやる気みたいだからいいか。
無理なら無理って言って降ろせばいいし。

「お前無駄にでかすぎ」

また近くなった天井を見上げて、俺は呟いた。
身長が欲しい理由のひとつに、浜田と同じ目線が欲しいってのはある。
あるけど、そんなにでかくなったらもうこんなことはいくらなんでも無理だろう。
やっぱりでかいのも、それはそれで不便だ。
こうやって浜田の背中に頭突き出来なくなんのは、なんか嫌だな。

「泉、なんかコアラみたい」
「馬鹿じゃねーの」

人の気も知らねーでヘラヘラ笑いやがって。
ムカついたから俺はもう一回背中に頭突きをした。

「…………」

そしたらなんか、浜田の温かさといい匂いで睡魔が襲ってきた。
くそ、俺はコアラじゃねーぞ。
浜田なんか俺が爆睡して、重くて腕が痺れて困ればいいんだ。
よし、そうだ。
俺はそう結論付けて、このまま目を閉じることにした。



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