今日の三橋はなんだかおかしかった。
最初におかしいと思ったのは朝練の時。
キャッチボールしたんだよ。
そしたらあいつ球はポロポロこぼすし気合い入ってないし…
なんか「投げるどころじゃない」って感じだった。
投げるのが三度の飯より好きな三橋にとって、これは間違いなくおかしい。
仕方ないから早めに切り上げた。

「三橋」

で、次に廊下ですれ違って声かけたら

「あ、あべ、く…」
「どうしたんだ?今日調子悪いのか?」

そしたら三橋の奴、

「あの、俺、急いでるからっ!」

走って逃げやがったんだよ!
急いでねーだろ!
お前次教室じゃねーか!
しかも何がむかつくって田島や泉とは普通に喋るくせに俺のことはいつも以上に避けやがること。
バッテリー組んで結構試合したし、最近はそこそこ普通に接してくれるようになったってのに。
これじゃ組んだばっかの頃に逆戻りじゃねーか。



悩んでも仕方がない。
どうせ自分から理由は言わないだろうし。
田島を探して周囲を見回している三橋にこっちから声をかけてみた。

「三橋、練習やんぞ」
「え…?」

三橋はキョロキョロして慌てている。
そりゃそーだ。
今日の予定では三橋は田島と練習だからな。

「早く投げろって」

ボールを渡してミットを構える。
三橋はまだしばらくキョロキョロしていた。
怒鳴りたいのをぐっと堪える。
何ヵ月も組んでりゃさすがに我慢強くもなるか。

「投げる、よ」

三橋は田島が見つからず、ようやく諦めたらしく、俺のミットへボールを投げた。
ヘロヘロの球、コースはどう見たってボール。
…やっぱりおかしい。

「もう一回」

ボールを三橋に返すと、三橋はまた目を泳がせてから投げた。
今度はミットに届かず、ぽとんと地面に落ちた。

「ふざけてんのか!?」

ここまでされるといくらなんでも怒るだろ。
三橋は明らかに怯えた顔をしていた。
目に涙まで溜まっている。
最近俺が学んだのは、泣いてるこいつに怒鳴っても仕方がないってことだ。
俺だって別に三橋を泣かせたいわけじゃない。
だから、一度深呼吸して、出来るだけ優しく聞いてみる。

「…また俺が原因か?」

三橋は横に首を振った。
三橋が泣くのは大体俺が言ったことを変にマイナスに捉えてる時だ。
今回もそうかと思ったんだが違うらしい。

「阿部くんは、悪く…ない、よ」
「じゃあなんで泣くんだよ」

痛いところを突かれたのか、三橋は黙り込んでしまった。

「あー!阿部が三橋泣かしてるーっ!」

そんな重い空気などお構い無しに叫んだのは戻って来た田島だった。
田島が来てくれたのはある意味有難い。
三橋と一番うまく会話が出来るからな。

「三橋ー、どーしたんだ?阿部になんかされた?」
「ち、違…俺が…」
「俺が?」

三橋は俯いてなかなか口を開かなかったが、田島は黙って待っていた。
俺ならそろそろキレてる。

「たん、じょうび」

三橋はやっとそれだけ言ってまた俯いてしまった。
誕生日?
三橋の誕生日は…そうそう、みんなで祝いに行ったんだよな。
じゃあ、誕生日とは?

「へー!今日阿部の誕生日なのか!」

…俺のか。
そういや俺の誕生日だっけ。
でも俺、別に三橋に誕生日教えてなかったような…。
田島は三橋と二言三言喋って、俺に説明してくれた。

「自分のお祝いしてもらったお礼に阿部のもお祝いしようと思って、しのーかに
聞いてたんだって」
「で、それと三橋が泣くことの何が関係あるんだよ」

田島が答えようとした瞬間、三橋は涙でぐしゃぐしゃの顔を上げた。

「俺、ケーキとプレゼント買えなかった!」

珍しく大声を出す三橋に田島も驚いている。

「阿部くんに、ケーキとプレゼント、買いたかった。
でも…お、お金…」
「足りなかったのか」
「う、ん」

三橋は涙を手の甲でぐしぐしと拭って、言った。

「ごめん、ね」

三橋は俺がプレゼントもらえなかったくらいで怒ると思っていたらしい。
いや、短気な俺でもそれくらいじゃ怒らないぞ。

「つーか俺だってプレゼントやってないし、ケーキもおばさんが買ったやつだっただろ」
「で、でも!お祝いしてくれた!」

なるほど、三橋は祝ってもらったことがよほど嬉しかったらしい。

「じゃ、三橋もおめでとうって言ってくれればいいよ。
つーか普通それでいいんだって。
避けられたりする方がプレゼント無いより傷付く」
「ご、ごめん…」

あー、また謝る。
謝るんじゃなくて「おめでとう」だろ。

「ほら、おめでとうだろ」

三橋はまた俯いてうじうじしてる。
言うんじゃねーのかよ…。
でも、なんだか怒る気にはなれなかった。
三橋がちゃんとおめでとうって言ってくれるのが嬉しくて、黙って待ってた。

「お、たんじょうび…」
「うん」
「おめで…と…阿部くん」
「うん、ありがとう」

ちゃんと言ってくれた。
つい顔が緩む。

「う、うんっ!おめでと!」

三橋は何故か真っ赤になって田島を引っ張って逃げてった。

「阿部、キモいよ」
「はぁ!?」

そんな三橋を見送った俺に、栄口はいきなりそう言った。

「だって凄いニヤニヤして危ない顔してるから」
「してねーよ!」

…栄口が言うほど俺はにやけていたんだろうか。
いや、自分でも多少顔が緩むのは分かったが、まさかそこまでだとは思ってなかった。

「………」

それから今日の練習中、俺は来年の三橋の誕生日にはプレゼントとケーキを用意しよう、と漠然と考えていた。



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