臨也はそんな三好に驚く様子もなく、そこにいるのが当然とばかりに挨拶を交わしている。どこで調べたのか、三好がこの日、この時間に池袋に戻っていることを知っていたらしい。まったくプライバシーも何もあったものではない。
「そんな露骨に嫌そうな反応することないんじゃない? もっと自惚れてくれたっていいところなんだからさ」
 何か言いたげな三好を遮るように臨也は口を開く。自惚れる? と聞き返してしまった三好は、すぐにそれを後悔した。
「そう。なんせ俺が情報屋として持っている能力を総動員して君の予定を調べたんだからね。どれだけ俺が君を愛してるか分かってほしいなあ」
「…………」
 あからさまに顔を引きつらせた三好を見て、臨也は満足そうな笑みを浮かべた。最初から三好にこの顔をさせることが目的だったらしい。
 それは一般的にストーカーと呼ぶのでは。呆気に取られた三好だったが、そこで怯んでは臨也を喜ばせるだけだというのは分かりきっている。三好は気を取り直し、文句のひとつでも言ってやろうと口を開いた。
「――それはともかく、君に頼みたいことがあったんだよ」
 しかし言葉を発する前に臨也に遮られてしまう。どうも臨也は三好に口を挟む隙を与えないつもりらしい。得意の舌先三寸で畳み掛け「頼みたいこと」とやらを押し付けるつもりのようだ。
「なあに、たいしたことじゃない。これを預かってほしいんだ」
 そう言って臨也が胸の高さに掲げたのはアタッシュケースだった。
 彼がこういう頼み方をしてくるときは言葉とは裏腹にろくでもない依頼のときだ。三好はそれをいやと言うほど知っている。誇張ではなく、文字通りにこのアタッシュケースから鬼が出るか蛇が出るかしてもおかしくないのだ。
 それでも三好が素直に手を出してそれを受け取るのは、三好もそんなろくでもない依頼と、これから巻き込まれるであろう非日常、そしてそれを遠慮なく押し付けてくる折原臨也という存在に楽しみを見いだしてしまっているからに他ならない。
 我ながらどうしようもないな、と諦めを覚えながら、三好はアタッシュケースを観察した。見たところ、どこにもおかしなところは無い。A4サイズ程度の書類が収まる一般的なアルミ製のアタッシュケースだ。少し重量があるので中に何かが入っているということは推測出来る。
「何が入ってるんですか、これ?」
 アタッシュケースを傾けながら三好が問うと、その質問を待っていたとばかりに臨也は口角を上げてみせた。
「さあ?」
 さあ、って。
 すぐさま三好は口をへの字にした。臨也が中身を知らないなど有り得ない。そんなものを臨也が自分に、いや誰かに預けるなど考えられない。つまり知っている上でわざと隠しているのだ。まるで三好を煽るように臨也はニヤニヤと笑みを浮かべている。
 とぼけないでください、と三好が反論すると臨也はやれやれといった様子で手を広げてみせた。無論、煽るような笑みはそのままだ。
「俺だって隠し事をしたい訳じゃないんだけどね」
「……何らかの理由で言えない、ってことですか」
「察しが早くて助かるよ」
 三好は改めてアタッシュケースを観察する。臨也は中身を知っているが、それを三好に明かすことは出来ないという。そういえば三好は、臨也がどのような経緯でこのアタッシュケースを持っているのかを知らない。臨也も誰かからの依頼でそれを預かっているのだろうか。
 この中には何かとんでもないものが入っていて、それを運ぶのに自分を使おうとしているんじゃないか。かつてビルの屋上で見たドラム缶を思い出し、三好は厳しい目を臨也に向けた。
「中身の詳細は言えないけど、どうやら開けると大変なことになるらしいんだ」
 その視線の意味に気付いたようで、臨也は補足する。その表情は内容と真逆で楽しげだ。大変なことになると言っておきながら、これっぽっちも慌てている素振りは無い。きっとどんな「大変なこと」でも、それが人の手によるものである限り、臨也はこんな顔をしているのだろう。とっくに臨也がどのような人物かということは知っているので、三好も今更そんなことを突っ込む気にはならず、黙って耳を傾ける。
「その中身に対応するケースを持っている人を探せば解除できるみたいなんだけどね」
「……解除、ですか」
 三好はその言葉で、くるくる傾けて観察していたアタッシュケースをそっと地面に置いた。再度あのドラム缶のことが思い出されたからだ。
 開けると大変なことになるが、解除が可能なもの――そう言われてすぐに浮かんだのは爆弾だった。アタッシュケースに爆弾が仕掛けられている、というのは映画などでも定番の設定のため、より強くそれが連想された。
「誰が解除用のアタッシュケースを持ってるのかは分からないんですか?」
「それが分かったら苦労しないんだけどねえ。どうやらその誰かっていうのも、また別の誰かから渡されたり預かったりしたのを持って歩いてるらしいんだ。今のところ分かるのはそれくらいかな」
「じゃあ、該当のアタッシュケースを持っている人も中身を知らない可能性が高いんですね」
 三好は顎に手を当てて思案しながら、情報をまとめた。
 この中に爆弾と思われるものが入っていて、開けると爆発したり、何かが起こってしてしまう。解除するには解除用の道具か何かが入ったアタッシュケースを探さなければならない。そしてそれを持っているのは真犯人ではなく、真犯人からそれを預かっただけの者。そのため中身を知らない可能性がある。
 つまり三好はこの池袋で「別の人間から預かったアタッシュケースを持つ者」を探さなければならないのだ。


Back Home