パンダヒーロー(シズヨシ)



「だから、とにかく場所を変えませんか? 他の人の迷惑になるし……」
「ああ? 俺が迷惑だって言いたいのか?」
「そうじゃなくて、僕達がここにいたら撮影出来ないじゃないですか。だから移動しましょう? 立ち話もなんですし、どこかで落ち着いて話した方がいいと思うんです」
 三好は懸命に男性の説得を続ける。こう怒鳴られては映画撮影など出来ない。せめて移動することに同意してくれないものか。
 しかし三好の説得とは裏腹に、男性はますますエキサイトしていく。三好があまりに正論なので、あとに引けなくなっているようだ。ついには「これだからゆとり世代は」などと言い出し、もはや何に対して怒ってるのか分からない。お金渡すから帰ってくれないかなあ、と三好は心の中で溜め息を吐いた。
「だいたい、近頃の若い……うわわわ!?」
「えっ?」
 突然、男性が三好を見て悲鳴を上げた。周りの人間達もどよめいている。一体自分が何をしたというのか。
 クエスチョンマークを浮かべる三好の後ろから、黒いモフモフした何かがにゅっと伸び、男性の肩を掴んだ。
「っ!?」
 三好も慌てて後ろを振り返る。そこには、パンダが立っていた。いや、正確にはパンダの着ぐるみだろうか。今のモフモフはパンダの腕だったようだ。
 確かにこんなのが急に現れたらざわざわするよな、とずれたことを考えながら、三好はパンダを見ていた。
「ひいいいっ!?」
 そこからはまるで、スローモーションの映像を見ているように感じられた。男性の肩を掴んだパンダは、恐るべきことに男性をそのまま片手で持ち上げたのだ。手足をばたつかせる男性の抵抗などものともせず、パンダは腕を振りかぶり、男性を公園の端にある茂みに向かってぶん投げた。下が草なので死にはしないだろう。成人男性が数メートル先まで吹っ飛ぶという尋常ならざる光景は、その場にいた者がこれも撮影の一部なのかと思ったほどだ。
 パンダは男性を投げた方向に近寄り、茂みの中を覗き込んだ。男性が無事に茂みの中でのびているのを確認したパンダは、財布からクリーニング代とばかりに万札を取りだし、気絶している男性の手に握らせた。
 次にパンダは三好のところに戻り、その手をがしっと掴む。
「へっ? あのっ!?」
 そしてなんと、狼狽える三好をそのまま強引に引っ張り、公園から逃げ出した。
 ここまで呆然としていた三好だが、その着ぐるみ越しに繋がれた手の感覚で、やっと頭が現実に追い付いてくる。追い付いたのだが、余計に理解が遠のいた気がする。
 ――なんでこんなの着てるんですか、静雄さん!?
 全力で走るパンダに引っ張られながら、三好は頭の中にはますますクエスチョンマークが飛び交っていた。






ペンギンの問題(イザヨシ?)



「どうしたの三好君? 元気が無いようだけど」
 そんなことをにやけ面で言いながら、臨也は三好の顔を覗き込んできた。こんな状況で元気いっぱいだったらおかしいだろう、と思う。もちろん臨也も分かった上で聞いているのだろうが。
 目の前の大きな水槽ではアシカがのんびりと泳いでいる。可愛いと叫ぶ客達も、場違いな三好のことも眼中に無いとばかりに悠々自適に。まったく気楽なものだ。
 三好と臨也がいるのは、都会の真ん中、ビルの中にあるサンシャイン水族館である。何が楽しくて男同士でこんなところに来なければならないのか。しかもあの折原臨也と。三好はなんとも言えない居心地の悪さに閉口した。
 池袋に来ていた臨也と世間話などしたのが間違いだったのだろう。その会話を思い出し、余計なことを行ってしまったと三好は自省した。
 ――どうだい、三好君。池袋の生活には慣れてきたかな?
 ――はい。毎日いろんなところを見に行くのが楽しみです。まだ、サンシャインは行ったことが無いんですけど……。
 自省しながら、三好は誰も聞いてもいないのに脳内で言い訳をする。だってまさからそう言っただけで「じゃあ今から行こうか」なんて言われるとは思わないじゃないか。サンシャインの中で買い物する程度だろうと勝手な予測をして、言われるがままに付いてきたのも良くなかった。まさか水族館に行くことになろうとは。
「三好君?」
 臨也の声と、水槽の水が跳ねた音が、三好を現実に引き戻す。
 三好がなんの疑いもなく付いてきたことがおかしかったのか、今日の臨也は機嫌がいい。三好から見ればいつでも臨也は機嫌が良さそうだが、いつも以上と言える。そのため三好は「臨也さんは元気ですね」と答えた。
「せっかくの水族館なんだからさあ、もっとはしゃいでもいいんじゃない? ほら、目の前にアシカも来てるんだし」
 三好は少しムッとした顔で水槽を見る。水槽の外を見るようにして、アシカがぷかぷか泳いでいた。まるでアシカに水槽の中から観察されているような錯覚に陥る。もっとも、三好を観察しているのはアシカではなく隣にいる人間なのだが。
 無理やり連れてこられたとはいえ、せっかく来たのだからと三好は水族館を楽しもうと前向きに考えていた。だからといって子供じゃあるまいし、アシカで大騒ぎは出来ない。餌をくれると思っているのか、無邪気な目でこちらを見てくるアシカの水槽から離れ、三好は館内に入ろうとした。しかし、それは臨也に制止されてしまう。
「このまま待ってたらペンギンのショーが始まるみたいだから、それを見てからでもいいんじゃない?」
 三好は思わず渋い顔をした。ペンギンのショーという可愛らしい単語も、臨也の口から出るとなんとも言い難い違和感を持つ。
「見たいんですか? ペンギン……」
「まさか! 俺は別に興味ないけど、せっかく来たんだし三好君は見たいんじゃないかな、って思ったから教えてあげたんだよ」
 三好が冷ややかな視線を向けても、臨也はいつもの調子だ。親切で言ってやってる、とでも言いたげな顔をしている。
 三好は入り口でもらったパンフレットを広げた。飼育員がペンギンに餌をやりながら、ペンギンの生態を紹介する内容のようだ。
「終わったら丁度いい時間だし、じゃあペンギンを見てからそのままご飯を食べに行こうか。ああ、もちろん俺が出してあげるから心配しなくていいよ」
 まだ見たいともなんとも言っていないのに、臨也が勝手にプランをまとめた。やっぱり自分がペンギン見たいだけじゃないのか……と三好は思わずにはいられない。
 ペンギンショーは人気らしく、少しずつ場所取りをする人が増えてきている。まあいいかと納得し、三好も同様にショーの開始を待つことにした。



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