土砂降りの雨の中を、二人の少年が走っていた。同じ制服を着た少年達は通学中に大雨に見舞われたらしい。
 この日、東京には季節外れの台風が上陸していた。首都圏にこの規模の台風が上陸するのは何年ぶりかという説明を、どこのテレビ局も朝から報道していた。もちろん少年達はそれを知っていたし、傘も当然持っていた。想像を越える暴風のせいで役には立たなかったが。
「三好君、とりあえずあそこ入ろう!」
 先を行く黒髪の少年が前方に見える地下鉄の入口を指差す。三好と呼ばれた少年はそれに頷き、二人は一目散に屋根の下へと走った。
 地下鉄の入口には同じように雨宿りをする人々が大勢いた。空を仰ぐ者、どこかへ電話をかける者、様々だ。二人はそんな人々の間に窮屈そうに分け入ると、同時にほっと息をついた。
「よかった、無事だった」
 びしょ濡れの三好が真っ先にポケットから取り出したのはスマートフォンだった。スマートフォンは水滴がついているものの、問題なく動いている。
 自分よりもスマートフォンを心配する三好に、黒髪の少年は笑った。もっとも、彼自身も同じように真っ先に携帯電話を点検したので人のことは言えないのだが。
「帝人、大変だ」
 スマートフォンが正常に動くかどうかテストを行っていた三好が、驚いたような声をあげた。黒髪の少年――帝人はスマートフォンを覗き込む。
 画面に表示されているのはニュースのアプリのようだ。つい数分前に掲載されたらしいトピックを、帝人も確認するように読み上げる。
「……警報?」
 それは二人が雨の中を走っている間に発表されたようだ。
 ニュース記事には、東京全域に大雨・暴風・波浪の警報が出たと書かれていた。
 三好は画面端に表示された時計を見て、溜め息をつく。
「前の学校だと、この時間に警報が出たら休みだったんだ。東京も同じなのかな?」
 三好は最近こちらに転校してきたばかりだ。帝人も春から東京に来たばかりだったが、少し考えるようなポーズを取り、記憶を思い起こしながら答えた。
「そうだね……休みのはずだよ。入学のときに案内があったし、なにより正臣が騒いでたしね」
 正臣が言うなら間違いないな、と三好は頷いた。彼なら休校の日は必ずチェックしているだろう。妙なところでマメな友人のことだ、もしかすると台風で休校になることを信じてまだ家にいるのかもしれない。そうだとしたら彼の行動は正しかっただろう。
「ごめん帝人。せっかく朝早くに来てもらったのに」
 三好が眉尻を下げながら謝罪した。
  普段は方向も時間も違う二人が一緒に登校していたのには理由がある。早めに学校に行って勉強をするためだ。転校生である三好に、昨日たまたま前の学校との範囲の違いから解けない問題が出題された。その部分について教えてほしいという三好の頼みを帝人は快諾し、今日は二人で早めに登校することになっていた。
 二人とも台風が近付いていることは知っていたが、まさかここまでとは思っていなかった。いつもなら帝人がまだ家にいる時間であることから、三好は帝人を巻き込んでしまったことを謝罪した。
「ううん、三好君が悪いんじゃないし気にしないで。……それより、これからどうしようか? 家に帰るにもこんな酷い雨だと……」
 帝人は三好にはなんの落ち度も無かったと答え、話題を変えた。三好は何一つ悪くないのだから、これから先のことを考えるほうが重要だと思ったからだ。
 三好も帝人の気遣いに感謝し、台風の動きを調べようとスマートフォンで情報を集めることにした。いつまでもここにいるわけにはいかない。せめて雨が少しでもマシになればいいのだが。
「み、帝人……」
「どうしたの?」
 台風情報を見ていた三好がポカンと口を開けスマートフォンを向ける。あまり見たことの無い三好の表情に、一体何事かと帝人もその画面を確認した。
「え、えぇ……!?」
 それはとあるコミュニティーサイトの書き込みだった。つい先ほど誰かが投稿したばかりのもので、短い文面に写真が添えられている。
「電車止まった……」
  ほんの数分前、山手線など地上を走る電車のほとんどが暴風と大雨の影響から運転見合せになったという。今動いているのは地下鉄のみで、それも人で溢れかえっているとのことだ。添付写真には大混雑する駅の様子が写っていた。まだニュースサイトにも出ていない、最速の情報だった。
「三好君、もしかして……」
「帰れなくなった……」
 三好の利用している路線は見事に停止している。停止していなかったとしても、これだけの人の量では乗ることはままならないだろう。
 呆然とする三好に、帝人は他に手段は無いかとダラーズのサイトにアクセスする。こちらにも既に電車が停止していることは書き込まれており、ちょっとした混乱が起きていた。
 誰かがまとめた内容によると、電車は停止、道路は渋滞と東京のインフラは散々なことになっているようだ。
 一番最新の書き込みでは、雨で車がスリップするという事故が起きたとも書かれている。場所を確認すると、今二人がいる場所のすぐ近くだった。
「この先で交通事故だって。今救急車が向かってるみたい」
「あ、ほんとだ」
 思わずその内容を読み上げた帝人の言葉を肯定するように、救急車のサイレンが通り抜けていった。
 これでは歩いていることすら危険だ。無理に帰るよりは、台風が弱まるのを待つべきかもしれない。そう考えた帝人は三好に提案する。
「あのさ、三好君。もし迷惑じゃなかったら、しばらく僕の家にいたらどうかな」
「帝人んちに?」
 三好が帝人の言葉をオウム返しに呟くと、帝人はこくりと頷いて続けた。
「無理に帰るよりいいかなって。このままだと風邪引くかもしれないし。狭いし何も無いけどタオルとか飲み物くらいならあるから」
「えっと……有難いけど、逆に帝人の迷惑にならない?」
「僕は大丈夫だよ。正直に言って僕もこの雨の中で一人は心細いし……。もちろん三好君さえ良ければだけど……」
 確かに二人ともずぶ濡れだ。このままでは風邪を引くに違いない。そもそも電車が動かない限り三好には行くところが無いのだ。
「ありがとう、じゃあお邪魔させてもらうよ」
 三好の言葉に、帝人がにっこりと笑う。そういえば三好を家に呼ぶのは初めてだった。こんな時でなければもっと良かったのだが。
「もう一回この雨の中を走ることになるけど、三好君は大丈夫?」
「ちょっと待って、スマホとゲームをハンカチでガードするから」
「って三好君ゲーム持って来てるの!?」
「うん、3DSとPSPとvita。後で帝人にも貸すよ」
「そうじゃなくて……う、うん。ありがとう」
 朝から平常運転の三好に、思わず帝人がツッコミを入れる。さっきまでの暗い雰囲気はおかげで吹き飛んだようだ。二人は同時に笑い、再び雨の中へと飛び出した。



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