三好は臨也を睨んだ。横目でじっとりと、恨みと軽蔑を込めて睨んだ。
 それを分かっているのかいないのか、臨也は三好の視界の端ぎりぎりの位置に座っている。脚を組んで不快な笑みを浮かべながら。
「動かないでちょうだい」
 あまりにも鬱陶しいので真正面から睨み付けてやろうと三好が顔を動かすと、波江にぴしゃりと制止されてしまった。仕方なく三好は波江の方へと視線を戻す。隣に座っている波江はテーブルに広げられた道具を代わる代わる手に取っていく。三好には道具の名前や用途は分からなかったが、ただ一つ、女性というのは大変なのだと思い知った。
「目を閉じてもらえるかしら」
 三好には馴染みの無い物を持った波江が指示する。黒い三日月型の何かは、虫に似ていると三好は思った。しかしそれを口にするのは世の女性を敵に回すことになるだろう。三好は大人しく波江の言う通りにした。
「……はい。これでいいわよ」
 実に迷惑そうな顔をした波江が手鏡を三好へと向ける。三好が恐る恐る鏡を覗き込むと、そこにはしっかりと波江の努力の結果があった。
「う、わぁ……」
 ぱっちりした瞳、長い睫毛、ピンクの頬と唇。両肩に垂れた髪と同じ色のエクステは、左右で髪を縛っているようにも見える。
 鏡の中には三好吉宗とは似ても似つかない少女が映っていた。
「付け睫毛って凄いんですね……」
 三好は自分の目元に触れながら感心する。あの虫にしか見えない物体を付けるだけで、目が一回り以上大きくなってしまうとは。世の女性達がこれを装着しているというのはあまり考えたくない。
「さすが波江さんだ。随分上手く化けたねぇ、三好君」
 一部始終を見ていた臨也が漸く立ち上がり、三好を見てニヤニヤと笑う。それは感心しているというよりは、面白がっているとしか思えない笑みだった。
「誰のためだと思ってるんですか」
 手鏡を臨也に向かってぶん投げてやりたかったが、波江の私物なのでそれは思いとどまった。
 三好に変装、それも女装を提案したのは他でもない臨也だ。
 危険な仕事だから変装をした方がいい、というのは分かる。ドラマなどで刑事や探偵が変装をしてターゲットを尾行するのはよくある話だ。そこまではいいが、何故女性の格好をしなければならないのか。顔を歪めた三好に、臨也は何故不満な顔をするのか分からないと言わんばかりのけろりとした顔で言った。
 ――だって女の子の格好の君を、誰も君だと思わないだろう? これは君を守るためでもあるんだよ。
 じゃあ最初から巻き込むな、と言いたいところだが、巻き込まれることを了承したのは他ならぬ自分だった。しかし臨也の言うことも一理ある。平凡な学生である自分が裏の世界の人間との取引に関わっていることを知られるのは思わしくない。相手に顔を知られるのも良いとは言えない。そういう意味では女装というのは一見良いアイデアに思えた。
 ――……なんか、騙されてる気もするけど……。
「じゃあ行こうか」
「はい。その取引の場所ってどこなんですか?」
 三好は波江に礼を言い、出掛けようとする臨也の後に続く。
 そういえば三好はまだどこに連れて行かれるのか何も知らなかった。相手の名前も、場所も、自分が今回なんのために呼ばれたのかも。
 それを問うために臨也に言葉を投げ掛けたのだが、臨也は何故か笑って手を軽く顔の横へ挙げた。
「あぁ、違う違う。行くっていうのは君の服を買いにだよ」
「……は?」
 三好は目をぱちくりさせた。どうして臨也と服を買いに行かなければならないのか。皆目見当がつかないでいる三好を爪先から頭まで見て、臨也は少し首を傾げた。
「女の子に見えることは見えるけど、服がそのままだからねぇ。同じ服を着てるんじゃ変装の意味が無いだろう? だから別の、どうせならもっと女の子らしい服にした方がいい」
 三好は自分の服を改めて見た。白いパーカーとカットソーとジーンズのパンツ。男性でも女性でも通じる服ではあるが、同じ服ではどう考えても同一人物にしか見えない。臨也の言う通り、完璧を求めるならば別の服を着るべきだろう。
 女装させるつもりだったなら、どうせなら服も用意しておいてくれればいいのに。三好はそう思ったが、臨也に女性の服を用意されているというのもなんだか気味が悪いので何も言わなかった。
「さて三好君、どんな服が着たい? ……あぁ、お金の心配はしなくていいよ。もちろん俺が出すからさ」
「とりあえず、池袋でだけは買いたくありません」
 もし池袋に買いに行って知り合いにでも出くわしたら、今すぐ転校するしか無い。臨也は楽しんでいるとしか思えない顔をしている。確信犯のようだ。三好はその顔を恨めしそうに横目で見ながら、せめて服を買うまで顔を隠そうとフードを被った。



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