「うーん……」
 新羅は腕組みをし、大袈裟なくらい身体を傾けて唸った。それに合わせるように、上半身裸の少年が同じように身体を傾けた。その顔には新羅からすると忌々しいくらいの微笑みが浮かんでいる。新羅をここまで悩ませているのは、紛れもなく目の前の少年だった。
「もう一度聞くけど、三好君」
 少年――三好吉宗は「はい」と姿勢をしゃんと戻して答えた。その身体には包帯が巻かれている。布団に隠れて見えない下半身も似たようなものだ。これらは新羅が巻いたものでは無い。昨晩三好がここに来た時から巻かれていたものだ。
 新羅は巻かれた包帯を眼鏡を動かしてじっと凝視し、ほんの少し眉を寄せた。
「その包帯を巻いて、君の怪我の手当てをしたのが……河童、だって?」
 三好は満面の笑みで力一杯頷いた。その自信に満ちた答えに、新羅は思わず面食らってしまう。
 普通の人間であればそんなものはいるはずが無いと一蹴し、彼の正気を疑うだろう。それが医者ならば尚の事だ。
 しかし新羅はそれをしなかった。疑うどころか真剣に、河童という存在について頭を巡らせた。岸谷新羅は常に池袋の伝説と呼ばれる存在の隣にいたのだ。今更何が現れても驚きはしない。
「奇々怪々な話だけど、君が冗談でそんなことを言うとは思えないし……。確かに河童が人間を助ける話もある……」
 独り言のように呟きながら新羅は包帯の交換を始めた。三好の治療に使われている包帯やガーゼは、どう見ても薬局で売っているような物だ。もし河童がいたとして、人間と同じ道具を治療に用いるだろうか。用いるとしても、寸分違わず人間と同じ物を使うだろうか。
 そんな新羅の疑問を感じ取ったのか、わずかに三好が首を傾げた。彼は河童に助けられたと信じ込んでいるようなのでわざわざ言うことも無いだろう。新羅はそう判断し、誤魔化すように口を開いた。
「うん、傷はもう殆ど治っているし、痣も少しずつ消えると思うよ。足の捻挫も軽いし、すぐに普通に歩けるようになる」
「――ありがとうございます!」
 新羅の言葉に、三好の表情がパッと明るくなる。彼の傷の治りが早かったのは、確かに「河童」が手当てしてくれたおかげだった。それが嬉しいのか、三好は今日一番元気な声を出した。
 疑問は残るが今は三好の回復を喜ぶべきだろう。包帯を巻き終えた新羅も笑顔で頷き、応えた。
「それだけ元気なら――」
 新羅の言葉は、突如響いた轟音に遮られた。



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