新たな都市伝説発生事件


 少しずつ日差しが柔らかさを取り戻し、やっと春が近付いてきたかという池袋で、解決屋は新たな事件の存在に頭を悩ませていた。
 事件というよりは、人々の間で囁かれ始めた都市伝説とでもいうべきだろうか。噂が出回り始めたばかりのため情報が少なく、解決屋はまだそれがどういう存在かということを把握出来ていない。どんな相手なのか、何よりも池袋に害を与える存在なのかどうかを見極めなければならない。
 その存在は「白マントの騎士」と呼ばれているらしい。黒馬を駆り、白いマントを棚引かせて池袋の街に夜な夜な現れるそうだ。
 始めにその話を聞いたとき、解決屋は思った。首無しライダーの二番煎じではないか、と。
 池袋には既に首無しライダーという都市伝説がいる。漆黒のバイクに跨がって、影を操る化物。しかもこちらはもう何年も前から街に住む本物の異形だ。池袋の人間達にとってはすっかりお馴染みになっている。そこに後から新たな、そのうえキャラが被っている都市伝説が参入するのは難しいのではないか。
 白マントの騎士とやらも、もう少しその辺りを考えて引っ越してきたらいいのに。ややズレた感想を抱きながらも、解決屋はまず依頼主に詳しく話を聞きに行くことに決めた。
 あとから思えば解決屋は、依頼人が折原臨也であるという時点で適当にあしらうべきだったのだろう。それをせずに親身になったせいで、二度も面倒事に巻き込まれているのだから。


◇◆


「やあ、待ってたよ」
 指定されたカフェに入ると、臨也は既に席にいた。解決屋は軽く会釈して、二人掛けのテーブルの向かい側に座る。
 臨也は池袋であった仕事の帰りだという。それで自分の事務所ではなく解決屋のいる池袋のカフェを指定したそうだ。
「……ん? どうかした?」
 座るなり、解決屋は臨也を見て無意識に目を瞬かせてしまい、怪訝な反応をされた。解決屋は慌ててなんでも無いと首を振る。
 ここしばらく解決屋が臨也に会うとき、彼は例の酔狂な服を着ていることが多かった。そのため普通の格好が逆に珍しくてしげしげと見てしまったのだった。
 そんなことを言うのはたとえ臨也相手でもさすがに失礼だろうと思い、解決屋は誤魔化すように店員を呼び、コーヒーを頼む。そしてコーヒーが届くのを待たずに、本題に入るように臨也を急かした。
「君が俺に対して何を言おうとしたのかは気掛かりだけど、今日のところは置いておこうか。……俺が君に依頼したいのは、突然現れたある存在のことだ」
 そんな解決屋にまだまだ追及し足りないという様子の臨也だったが、案外すぐに話を切り替えた。
 どうやら、この件は彼にとっては重要なことのようだ。いつもならもっと回りくどく、ついでに解決屋に余計な一言二言を添えてくる臨也が早々に本題に入ったことから、解決屋はそう読み取った。
 それがどのように重要なのかまでは分からない。単純に早期解決を目指したいので急いでいるのか、もしくは裏側に他の隠された計画があるのか。解決屋はやや真剣な表情でメモを準備し、話の続きを促す。
 それに応えるように、臨也は真剣に、しかしどこか楽しげな声で依頼内容を述べた。
「最近池袋に現れたという白マントの騎士だけど――それを、池袋から消して欲しいんだ」
 解決屋は目を見開いた。臨也の言っている言葉が理解出来なかったわけではない。しかし、消す、とは。自分は事件を解決するのが仕事で、殺し屋ではない。
 解決屋の動揺ははっきりと伝わったようで、臨也は無知な子供を馬鹿にするように少し笑った。
「別に俺は奴を殺してくれって言ってるわけじゃないから、そこは安心してよ。ただ、あんな謎の存在に走り回られると俺としてはやりにくいんだよね。だから君には邪魔者を排除してもらいたいんだ。なに、方法ならいくらでもある。例えば本人に『移動には車か公共機関を使ってください』って交渉するとかさ」
 解決屋は乾いた笑い声でなんとか相槌を打った。
 ようするに、臨也にとって邪魔な存在をどうにかして無力感してほしいということだ。それが何に対して邪魔なのか、現時点ではまだ分からない。それが読めないのに易々と引き受けるほど解決屋は馬鹿ではない。まして相手は折原臨也だ。疑いすぎるくらいで丁度いいだろう。
 現時点では情報が少なすぎる。相手の情報も、折原臨也の企みも何も分からない。そこで解決屋は、まず調査を行うという形で依頼を引き受けることに決めた。ただし、情報を集めるために臨也にも協力してもらうという条件付きで。
「まあ、当然の要求だろうね。いいだろう。俺も出来る範囲で情報提供に協力するよ」
 解決屋が自分を疑っていることを見抜きながら、臨也は平然とそう答えた。その表情はむしろ先程より明るい。きっと解決屋のここからの動きをあれこれ予想して楽しんでいるのだろう。
 自分がオモチャにされるのはあまりいい気分ではないが、まずは事件の調査が最優先だ。解決屋とクランメンバーに臨也の持つ情報ネットワークが合わされば、かなりのスピードで情報を集められるだろう。
 もしも白マントの騎士とやらが切り裂き魔のような池袋に害を成す存在だった場合は早急に解決せねばならない。クランメンバーを巻き込んで大きな事件に発展する可能性もある。臨也の思惑は気になるところだが、解決屋はまず目の前の事件に集中することにした。
「……それにしても、なんで池袋には化物が集まって来るんだろうね? これ以上、集まってきた化物に我が物顔で闊歩される人外魔境になったら、それこそ殺し屋を雇わなきゃならないかもしれないな」
 そんな呑気な台詞が聞こえて、そんなことを言ってる場合かと解決屋は不満げな顔で臨也を見た。しかし予想に反して臨也は苦々しい顔をしている。それがどうやら解決屋ではなく窓の方に向けられているのを見て、解決屋は一瞬で理由を察知した。
 窓の外には自販機があり、静雄とトムがその傍で一休みしているところだった。仕事の途中で通りかかったようだ。
 すでに話は終わったが、今臨也が出ていけばあの自販機が飛んでくるだろう。
 解決屋は苦笑して、二人が離れてから店を出ようと提案した。静雄もクランメンバーだが、臨也との争いを止めることは解決屋にも難しすぎる。出来れば何事もなく二人とも平穏に過ごしてくれるほうがありがたいのだ。
 臨也も自殺志願者ではないので、自分から的になるためにのこのこ出ていこうとは思わないらしい。もうしばらくこの店に留まることにしたようだ。
「別に俺はこのまま出ていったってなんとかする自信はあるけど、残された君に悪いだろう? 俺だって依頼してる立場だし、それくらいの気は遣うさ。俺も仕事帰りで、面倒事は起こしたくないしね」
 そんな言い訳じみたことを並べて、臨也はメニューを広げた。臨也が出してくれるというので、解決屋も遠慮なくメニューを覗きこむ。コーヒーや紅茶の他に、ケーキなど軽食もあるようだ。
「このガトーショコラが美味しいらしいよ」
 そう言って臨也が指したページにはいくつかのケーキの写真が載っている。生クリームとミントの葉が添えられたガトーショコラは、見た目はシンプルだがこの店のコーヒーに合いそうだ。
 へえー、そうですか。すみません、デートの相手が三好君じゃなくて。
 やけに女子力の高いアドバイスをしてくる臨也に思うところがあり、解決屋は棒読みでそう返した。
「…………。俺はたまたまネットでそういう口コミを見かけただけで、三好君と来るために情報を仕入れてるわけじゃないよ」
 そんな解決屋に対し、臨也は渋い顔で反論した。先程静雄に向けていたのと同じか、それ以上の複雑そうな顔だった。
 それを見られただけ、オモチャにされる溜飲は下がる。解決屋はにっこり笑ってそのガトーショコラを注文した。


◇◆


 折原臨也と三好吉宗は恋人同士である。
 と、解決屋は思っているのだが、本人達は頑なに否定している。
 すべての人間を愛していると宣言して憚らない臨也だが、三好に対してはそれとは別の想いがあるようだ。あの臨也が個人に対して特別な感情を抱いているというだけでも驚きなのに、それが世間一般でいう恋愛感情だというのなら、まさに大事件と呼んでも遜色ないだろう。更に驚いたことに、三好のほうもそんな臨也に対して喜びと愛しさを感じているようだ。
 だが、二人は自分でそれを認めていない。何かしらのプライドが邪魔をしているのか、自分で納得がいかないと思っているのか。解決屋がこの二人の問題に巻き込まれてから既にひと月以上経過しているので、まさかこの期に及んで自覚が無いなどという言い訳は用いないだろう。
 とにかく二人はお互いを「探偵と助手」と呼称し、互いの感情を表す言葉を未だ持たないままなのだった。


◇◆


 少し早めに登校した解決屋は下駄箱で張り込みをしていた。現れる友人達と挨拶を交わしながら、解決屋は目当ての人物が現れるのを待つ。
 解決屋が見つめる並んだロッカーの一角、あくびをしながら現れたのは三好吉宗だ。早速解決屋は声をかけることにする。
「わっ!? お、おはよう」
 どうやらあくび中に声をかけたので驚かせてしまったようだ。解決屋は笑って謝罪すると、挨拶もそこそこに、少し声を潜めて耳打ちした。
 事件解決に協力してほしい、と。
 三好は以前、ある事件の解決の協力を依頼したことにをきっかけに解決屋と知り合い、友人となった。初めは依頼者としてクランに関わっていた三好だが、解決屋の仕事に興味を持ってくれたようで、それ以降はクランメンバーとしてよく働いてくれている。
 そのため解決屋が三好にこういった話を持ちかけるのはいつものことだ。しかし、わざわざ解決屋が自分を待っていたことから、三好はこれがいつもの依頼とは違うと察知したようだ。
 普段、解決屋がクランメンバーに協力を要請する場合、メールで一斉送信を行っている。そして協力出来そうな者達が解決屋に返信を行ったり指定の場所に集合したりして、事件解決に協力するというのが大まかな流れだ。こうして解決屋が名指しで協力を依頼することは珍しい。
 しかし解決屋が自分に、しかも直接伝えに来たというのだから、何かあるに違いないと三好は踏んだ。
「ここは人が多いから、屋上で話そうよ。君は先に向かってて。僕も鞄を置いたら屋上に行くから、すぐ」
 上履きに履き替えながら、三好はそう提案した。解決屋は頷く。他の生徒達も周りに大勢いるので、その提案はもっともだ。
 じゃあまたあとで、と解決屋は手を振り屋上に向かう。念のため、他の生徒に話を聞かれないように様子を先に見ておかなければ。
 解決屋に手を振り返し、三好は少し首を傾げる。解決屋がわざわざ特定の人物に頼むというのは、その人物でなければ調査が立ち行かなかったり、解決にその人物が必要不可欠と思われた時だ。そういった場合に特別な能力を持つセルティや静雄の元に自ら出向き協力を要請していることを三好は知っていた。
 だが、三好は何の能力も無いただの高校生だ。多少機械に強いとか、顔が広いとか、そういう部分はあるかもしれない。だが他で代用が利かない力を持っているとは思えなかった。
 もちろん解決屋が自分を頼ってくれたことは嬉しいし、自分に出来ることなら精一杯やりたいと思う。だが、何故自分に。
 まあ、それも依頼内容を聞けば分かるだろう。謎はどうせ数分後には解けるのだ。三好はさっさと教室に向かうことにした。あまり解決屋を待たせるのも申し訳ない。
 ――まさか、臨也さん絡みの何かとか……?
 そういえば自分にも他の者達とは違うところがあったことを思い出し、三好は複雑な顔をした。臨也が相手なら三好の存在は様々な場面で利用出来るだろう。
 もしそうだとしたら、自分はどうするだろう。自分は臨也の助手だが、もし臨也が良からぬことを企むのなら、全力で反論して止めることを選ぶだろう。
 ――まあ、臨也さんが何かしてるって決まったわけじゃないけど。
 話を聞く前から臨也を疑っていることに、なんだかなあ、と三好は笑う。探偵が犯人ではないかと疑う助手はどうかと思う。だが普段の臨也の行動を思えば、そう考えてしまうのが自然なのだった。


◇◆


 三好はまだ知らないことだが、この事件は臨也が解決屋に依頼している。彼が犯人ではないとはいえ、臨也が関わっているという三好の推理は当たっていた。
 だが、解決屋が三好に協力を依頼する理由は他にある。
「ごめん、お待たせ」
 解決屋が来て数分で三好も屋上にやってきた。どうやら急いで来てくれたようだ。そんなに急がなくてもよかったのに、と解決屋は笑って答える。
 予鈴まではまだ十五分ほどあるが、その間に話は終わるだろうか。急がなくても、と言ったわりに時間があまり無いことに気付き、解決屋は早速三好に問う。
 白マントの騎士の噂を知っているか、と。
「白マントの騎士……?」
 三好は首を傾げている。その名前を初めて聞いたようだ。
 解決屋もまだ詳しい噂は知らないが、簡単に概要を説明する。黒馬を駆り、白いマントを棚引かせて池袋の街に夜な夜な現れるそうだ、と。
「えっ……首無しライダーじゃなくて?」
 やはり三好も同じことを思ったらしい。それとは別で、新たな都市伝説のようなものらしいと解決屋は答えた。
「そうなんだ……そんな噂があるんだ」
 三好が頷いて考え込んでいるのを目にした解決屋は、どうか協力してほしいと改めて願い出た。
 そんなことをわざわざ頼まれるまでもないとばかりに、三好は二つ返事で引き受ける。池袋にこのまま謎の噂が広がることを三好も憂いてくれているようだ。
 まず、その存在が池袋の害になるのかを調査し、人々を驚かせていることを説明して出来れば姿を消してもらうように交渉する。それが解決屋の作戦だ。もちろん、話が通じる相手であればの話だが。
「なるほど……。じゃあ、まずはその相手に会って、話をしなきゃいけないのかな?」
 顎に手を当てた三好が投げ掛けた言葉を、解決屋は頷いて肯定する。だからここに来ているのだ、と付け加えて。
「…………?」
 その言葉の意味を、三好はすぐに理解出来なかったようだ。解決屋はそれを責めもせず微笑みを浮かべると、探偵の真似事のように告げた。
 三好吉宗、犯人は君だ。
 指された三好は困ったように眉尻を下げた。それはそうだろう、自分に協力を求めてきた解決屋が一転して、今度は犯人扱いしてきたのだから。
 三好はなかなか次の言葉を発せずにいた。なんと返せばいいのか考えあぐねているらしい。
「…………もしかして、って、僕も思ったんだけどね」
 しかしその状態は、そう長くは続かなかった。風が吹いたのを合図にするように、三好はあおられたパーカーの裾を押さえながら口を開く。それは自供に違いなかった。
 解決屋は無言で頷く。やはり三好だった。最初に話を聞いた時から薄々感じてはいたのだが。
「最近、また乗馬をやるようになってね。ちょっとだけだったんだけど。それを見た人が、噂にしちゃったのかもしれない」
 三好の言葉を解決屋はすぐに信じた。三好がセルティの相棒であるシューターと仲良くなったという話を、解決屋は以前セルティから聞いていたのだ。そのことから三好がシューターに乗っていたことは想像に容易かった。白いマントというのも、彼のパーカーが風に翻るさまを見間違われたのだろう。何より、池袋を愛する三好が、そんな不穏な行動を取ったり池袋に害をなすために暗躍しているとは思えなかったのだ。
 だから解決屋は仰々しい調査に臨む前に、三好に協力を依頼し、姿を消してもらおうとしたのだ。
「うん、そうだね。確かにこれ以上騒ぎになるのは困るし……シューターには悪いけど」
 解決屋の言うことは正論であると判断したようで、あっさり三好は従ってくれた。この素直さも三好の良いところだ。解決屋は「協力してくれてありがとう」と同じく素直に礼を述べる。
 さて、これで事件は一件落着だ。まだ噂はしばらく残るだろうが、それはクランメンバーに協力してもらって、見間違いだったということで誤魔化せばなんとかなるだろう。
 しかし解決屋にはひとつだけ引っ掛かるものが残っていた。臨也はこの怪異の正体を知った上で解決屋に依頼をしてきたのだろうか。
 事件は解決したというのに、解決屋にはむしろ、面倒事に巻き込まれつつあるのではという予感がして仕方がなかった。


◇◆


「どうやら本当に『白マントの騎士』の存在は消えたみたいだ」
 臨也はパソコンを前に、まるで確認するように独り言を漏らした。
 彼が見ているのは池袋関連のローカルニュースのサイトや掲示板だ。そこには数日前まで、けして大きな話題ではないとはいえ、確かにその噂が流れていた。しかし今ではまったく見当たらない。
 解決屋は予想以上の働きをしてくれた。すぐさま正体を突き止め、そして噂を池袋から消すために裏で色々と根回しをしているようだ。
 相変わらず見事な手腕だ、と臨也は舌を巻く。
 初めは臨也も気まぐれにちょっかいを出す程度だった解決屋のクランも、今ではここまで大きくなった。トップである解決屋の手腕が優れているためか、臨也でも未だ全貌が分からない状態だ。 誰が所属しているのか臨也も全員を知っているわけではない。そんなクランの力を無視できないため、臨也も解決屋に協力して様子をうかがっているのである。
 見つけた時は本当に小さなクランだった。解決屋と、数名の人間が面白がって参加しただけのお遊びのような集まりに過ぎなかった。それが今では臨也すら把握出来ない人数を揃え、池袋の至るところに潜んでいる。そしてその人間達が解決屋の命令ひとつで動き出すのだ。
 その性質はダラーズに似ているが、実際はまるで違う。メンバー達が動くのは善行のためだけという確固たるルールがあるため、ダラーズのように好き勝手に暴走するメンバーは現れないのだ。もしかすると過去には正義や善行という言葉の意味を履き違えて動くメンバーもいたのかもしれないが、そんなことをすれば悪行と見なされ、他のメンバー達から粛清されてクランを追い出されるに違いない。
 何が善か、という曖昧な基準を束ねあげてここまでクランを大きくしてきた解決屋を臨也は評価していた。人々の善意だけを原動力にしたクランというのは、臨也にとって興味深い観察対象であり、それを作り上げた解決屋の力は賞賛に価する。もっともここまで人々が集まったのは、ただ単に解決屋が底抜けにお人好しだっただけなのかもしれないが。
 そう、解決屋はお人好しでお節介焼きだ。
 余計なことまで思い出した臨也が口をへの字に曲げていると、タイミングを計ったように解決屋から着信があった。
「やあ。今ちょうど君の活躍を見ていたところだよ。まさか本当に君の命令ひとつで噂を消し去るなんてねえ。君の力を信じてなかったわけじゃないけど、予想以上の早さだ」
 臨也はまるで何事も無かったように、いつもの調子で電話に出た。
 解決屋は事件の顛末を報告するために電話をかけてきたらしい。いや、実際は臨也の真意を探るという目的もあるのだろう。解決屋はクランメンバーであり友人でもある三好を気にかけているため、臨也が真相を知っていたのかどうかというのは、彼にとって重要なことのようだった。
 その返答の代わりに、臨也はすました声で余計な一言を添える。
「夢遊病事件で右往左往していたのとはまるで別人だ。君も解決目指して動き回るだけじゃなく、少しは推理が出来るようになったのかな」
 臨也の目論んだ通りに解決屋からの返事は無かった。なんと言い返すか考えているのだろう。
 解決屋と臨也は以前、夢遊病者達が夜な夜な池袋をゾンビのように徘徊するという奇妙な事件に遭遇した。だが灯台もと暗し、とでもいうべきか、その事件の犯人は解決屋本人だったのだ。もちろん解決屋に自覚は無かったが、周りの人間達の勘違いが原因で噂が広がってしまったのだ。噂を広げたのは臨也なのだが。
 その事件を調べていた折に解決屋と三好は知り合い、意気投合した。ついでに臨也と三好が「探偵と助手」になったのもこれがきっかけだった。
 その事件以降、解決屋は三好を気にかけている。いや、臨也のことも気にかけてはくれているのだが、それも三好ありきでのことだ。そんなお節介なところが臨也には煙たく感じられるのだ。
「でも、今回は助かったよ。また何かあったらよろしく頼むよ、ワトソン君」
 思ってもいない言葉を付け足すと、解決屋はまだ沈黙していた。
 だが、解決屋もいつまでも言われっぱなしではない。やがて意を決したように、改めて臨也の真意を問う。
 果たして臨也は噂の正体を知っていたのか、と。
「…………」
 臨也は笑みを浮かべた。さて、どのように返答した方が面白くなるのだろうか。そんなことを考えながら。
 しかし解決屋の反撃はそこで終わらなかった。
 解決屋は自分の推理を述べる。
 臨也は噂の真相を知っていたからこそ、自分で動かなかったのではないか。三好が噂の的になって注目されることに嫉妬したが、三好の楽しみを邪魔することが憚られ、そこで自分が悪者にならないように解決を依頼したのではないか。
「……………………」
 随分な言われようだ。臨也はふーっと長い溜め息を吐いた。
 解決屋は得意のお節介を駆使してきたようだ。なんて馬鹿馬鹿しい推理なのだろう。
「さっき、君に言った言葉は取り消そう。君は探偵より作家か何かを目指した方がいいんじゃないかな。その妄想を本人に語る怖いもの知らずなところも、俺は嫌いじゃないけどさ」
 臨也が顔を歪めると、そうなることは解決屋も分かっていたようだった。確かに依頼は完了したという事務的な報告を済ませ、さっさと電話を切る。
 やや不愉快な面持ちのまま、臨也はスマートフォンの画面を見つめた。どうも解決屋は三好に入れ込みすぎて、そのぶん臨也に対して刺々しくなっている気がする。もちろん解決屋も愛する人間のひとりなので、そんな解決屋の態度も臨也は受け入れている。受け入れてはいるものの、静雄や妹達ほどではないとはいえ、調子は狂わされているのだが。
「俺は噂に踊らされる人間達を愛してるんだ。嫉妬なんてするもんか」
 臨也はスマートフォンを置くと、くるりと椅子を回転させた。そして窓の外から下界を見渡すようにして悠々と述べる。
「ただ、三好君が注目されると困るっていうのは当たってるかな。俺の計画にまで支障が出るかもしれないからね。だって三好君は俺の助手なんだからさ」
 もしも今の臨也の様子を解決屋が目にしていたら、それはまるですべての人間に言い訳をしているようにも見えただろう。臨也の調子を狂わせているのは解決屋ではなく、彼の後ろにいる三好吉宗に他ならないことに、臨也は気付いていないのだった。



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