序章
やあ、久しぶりだね。
君の活躍は耳にしているよ。
相変わらず、いや、前にも増してメンバーを増やして活動しているそうじゃないか。
そんな君に頼みたいことがあってね。
なに、今や飛ぶ鳥を落とす勢いの君には簡単なことだよ。
一応、俺も君のクランのメンバーだけど、たまには俺が依頼をしたっていいだろう?
俺の予想が正しければ、きっと君は嬉々として動いてくれるはずだ。お節介な君のことだからね。
俺はこれでも、君のそんなところを評価しているんだよ。
そもそも、よっぽどお節介が好きじゃなかったら、そんな活動をしようなんて思わないだろう。
それに、君がそういう人間だからこそ、クランの協力者は増える一方なんだろうね。
君の人徳によるものと言っていい。
だからこれは、そんな君を見込んでの依頼だ。
さっき書いた通り、君はきっとこの依頼を引き受けてくれるだろう。
君のクランの力があればそんなに難しいことじゃない。
もし君にクランの力が無かったとしても、君に引き受ける以外の選択肢は無い。
なんせ、俺の依頼っていうのは、そう。
君のお気に入りの、三好君に関することなんだからね。
詳細は直接説明するよ。また俺の事務所までご足労願えるかな。
それじゃあ、期待してるよ。ワトソン君。
◇◆
よくもまあ、こんな内容を送れるものだ。
解決屋は届いたメールに一通り目を通し、唖然とした。
折原臨也は解決屋に依頼をしたいのか、それとも解決屋を怒らせたいのかどちらなのだろう。そんな考えばかりが浮かび、解決屋は思わず何か言いたげに口を半開きにして、何度もメールを読み返した。
いや、それこそが臨也の思う壺なのだろう。彼は解決屋がこの内容に腹を立てようが立てまいが、どちらにしても興味深げな目でその様子をただただ見ているだけなのだ。それが出来るのも、解決屋が依頼を受けると確信しているからだった。
確かに、個人の感情は抜きにして解決屋は依頼を受けざるを得ない。彼の描いた筋書通りなのは些か気に入らないが、解決屋としての信頼にも関わってくるので仕方がないだろう。
依頼は、あの三好吉宗に関することだという。
彼と知り合ったのは池袋で起こっていたある事件がきっかけだった。その事件が以前流行ったアロマに関係があるかもしれないと危惧した三好が、解決屋の自分に接触してきたのだ。
事件自体は解決屋の管理のミスが発端だったということを二人で突き止め、既に収束している。
事件は無事に終わったが、その後も解決屋と三好の交流は続いていた。三好はクランの活動内容に理解を示してくれ、自分も何かあれば手伝わせてほしいと声をかけてくれたのだ。誰とでも分け隔てなく接することができ、機械にも強い三好はクランにとっても有用な人材だったので、解決屋はその申し出に甘えることにした。
更に三好は同じ来良学園の生徒で同じ一年生なので、クラスは違えど、校内で顔を合わせることもある。もっとも、自分が解決屋であることが広まってはいけないので、表立って親密にはしていないが、二人とも友達は多いほうなので雑談をしていても不審に思われることは無かった。
臨也の言葉通りなのは癪だが、解決屋は確かに三好を気に入っていた。
三好はクランにとって頼りになるメンバーだし、それを抜きにした友人としても話していて楽しい。事件がきっかけで知り合ったとはいえ、今ではいい友達だ。なんとも池袋らしい縁だと思う。
だからこそ、臨也のどこか釘を刺すような物言いが不満だった。
前々からなんとなく解決屋は臨也に敵視されているのを感じていた。いや、敵視という表現は違うかもしれない。彼は全ての人間を愛していると公言している。それでも、解決屋のことは疎ましく思っている部分があるようだ。
その理由は、他ならぬ三好のことだろう。
折原臨也は全ての人間を愛しているという理由で人間観察を趣味としている。その範疇にはもちろん解決屋のことも含まれている。それは三好も同じなのだが、どうも三好だけは勝手が違うらしい。
解決屋が思うに、折原臨也は世間一般的な意味で三好吉宗という人間を愛しているし、驚いたことに三好のほうも満更ではなさそうだ。
二人に、特にあの臨也にどんないきさつがあってそのような感情が芽生えたのかは解決屋も気になるところだが、それは本人達も分からないのかもしれない。というか実際、二人はその感情を認められていない。解決屋から見ればお互いを好きとしか思えない状態なのだが、二人は複雑な思いがあるのか、そう簡単に言葉では片付けられていないようだ。
そのためか二人はお互いを「探偵と助手」と呼称し、その答えを探すのに躍起になっている。
その関係に落ち着いたのは前回の事件と解決屋のお節介が合わさった結果である。
その際、解決屋が臨也より三好に肩入れしたことを、どうも臨也は根に持っているらしい。それだけではなく、三好に肩入れしている理由まで邪推されている始末だ。
解決屋としては臨也が自分を利用したことに対する意趣返しのために三好の味方についたのだが、三好に対して自分が特別な感情を持っているのではないかと疑われているようだ。
もしそうだったとしたら、わざわざお節介など焼くものか。解決屋は感謝されこそすれ、疑われるのは心外だった。
なによりその感情は嫉妬で、それこそ臨也が三好を好きだという証ではないのか。そんな言葉が何度か喉まで出かかったが、言ったところで臨也は全身全霊否定してくるに違いないので、解決屋は毎回飲み込んだ。
まったく、解決屋にとってはいい迷惑だ。
どうせ今回もロクでもないことを言い出すのだろう。なんせ、相手は折原臨也だ。
ぶつぶつ文句を垂れながらも、素直に解決屋は新宿に向かう電車に乗り込む。それはもちろん、解決屋がクランのリーダーであり、さらに三好が友達でお気に入りで肩入れしているからに他ならないのだった。
◇◆
「………………」
解決屋は早くも、来たことを後悔していた。
やあ、よく来たね。そう言ってドアを開けて出迎えた折原臨也が珍妙な格好で現れたからだった。
ハンチング帽にインバネスコートを着込んでおり、ようするに名探偵ホームズを彷彿とさせる服装だった。というか、そのままホームズのコスプレだ。
情報屋が何故探偵のコスプレをしているのか。そもそも何故その服をまだ持っていて、更に着ているのか。
解決屋は、その疑問を「臨也だから仕方ない」という乱暴な理由で納得した。
この服自体は前回の事件の時に用意されたものだ。見間違いを防ぐためだとかいう、分かるような分からないようなそんな理由だった。
しかしもう事件は解決したのだ。なのに何故か、臨也はその服で現れた。まさか気に入っているのだろうか。
ここは臨也の事務所だし、彼がどんな格好をしていようと自由なのだが、解決屋はなんともいえない顔で臨也と目を合わせないようにした。
「まあ遠慮しないで上がりなよ」
中に通され、解決屋は仕方なく臨也の正面に腰を下ろした。出来るだけ見ないようにしていたが、これでは目の逸らしようがない。きっと臨也は解決屋がそんな反応をすることも計算のうちだ。それになんの意味があるのかは分からないが。
飲み物を持ってきた秘書の矢霧波江が、物凄く不愉快そうな形相で臨也をちらりと見て、すぐに業務に戻った。やっぱり変だと思っているのは解決屋だけではないらしい。
だが、いつまでもそんなことを気にしていても仕方がない。
解決屋は、飲み物を一口頂いてから、単刀直入に依頼内容について聞いた。
「なんだ。君はそういう疑問は黙ってスルーするタイプなんだね。臭いものには知らんぷりで蓋をするタイプなのか、それとも失言になる可能性を考えて自分の中で完結させてるのかな。もしかして他人の服装なんて興味が無かったりするのかな。波江さんですらもう少し反応してくれたっていうのに」
なんのことを言っているかすぐに分かった。
臨也は、解決屋があの酔狂な服装に対し何も疑問をぶつけてこなかったことについてコメントしているのだ。
せっかくスルーしてやったのに、自分から蒸し返してくるとは。
「………………………………」
解決屋は無言で、臨也を責めるような視線を送った。
おそらく解決屋が服装につっこんでいれば、その時はまた別のコメントをしていたのだろう。どっちにしろ、こちらが不愉快になりそうなコメントを。それが折原臨也という人間だ。
解決屋も臨也との付き合いは池袋に来たばかりの頃からずっと続いている。そのため臨也の性格は知っているが、たまにその矛先が自分に向くと、やはり不愉快になるのは相変わらずなのだった。
気を取り直し、解決屋は本題に早く入るようにと再度促した。
「……そうだね。また君に、三好君のことで依頼をしようと思ってね」
臨也はまだ何かしら色々言いたそうだったが、三好が一体どうしたのかと解決屋が催促すると、すぐに説明に移った。その変わり身の早さはなんなのか。
その態度にこちらも言いたいことはあるが、また蒸し返すと面倒なので、解決屋は頷いて話の続きを待った。
「君には簡単すぎる依頼だよ。また三好君について調べてほしいんだ」
調べる?
解決屋はクエスチョンマークを浮かべた。
前回も臨也は三好を調べるよう解決屋に依頼している。前回は事件に対し、三好が何を考え、どのように動くかが見たいので様子を探ってほしいということだった。
その事件も、臨也が三好を観察するための自作自演だったと後で知り、解決屋は呆れたものだ。
まさか、またおかしな事件を起こして三好を巻き込もうというのか。
「やっぱり君は三好君に肩入れしているようだね。それとも、また俺が君を利用するかもしれない、なんて疑っているのかな。君が街を良くするために働いているのは知ってるけど、まだ何もしていない俺を疑ってかかるのはやめてほしいなあ」
解決屋の考えていることをそのまま述べて、臨也は肩をすくめてみせた。
疑われるだけのことを今までしてきているのだから当然だ。解決屋は冷めた目を臨也に向ける。
臨也は解決屋が何を思っているのかを分かっていながら、それをまるきり無視して笑みを浮かべた。そして脚を組み替えると、ゆったりと説明した。
「俺も、非日常に迷い混んでしまった三好君の動きについてはもちろん関心があるし、興味深いと思うよ。けど、今回俺が君に頼みたいのはむしろ逆だ。日常にいる三好君がどんなふうに過ごしているのか、それを俺は知りたいんだ」
どういうことか分からず解決屋は聞き返した。日常というのは、何の事件にも巻き込まれていない三好のことなのか。
解決屋の問いを臨也はその通りだと肯定する。そして、やや皮肉な口調で説明した。
「どうやら三好君にとって俺はまだ、どちらかというと非日常の存在らしくてね。残念ながら、俺だけでは普段の三好君を観察することが出来ない。そこで、君の力を借りたいってわけだ」
はあ、と曖昧な返事をして、解決屋は臨也の話を大人しく聞く。それが今回の依頼ということか。でも何をすればいいのか。
「君は三好君とは同じ学校だし、君のクランには他にも三好君の知り合いが参加してるんだろう? そこで君は、その人達に協力を依頼して、普段三好君がどんな行動をしたり、どんな話をしているのかを調べて欲しいんだ。リーダーの君なら簡単だろう? やろうと思えばメールひとつで君のところに情報が集まるんだから」
確かにそれはクランのリーダーという立場を利用すればさほど難しいことではない。しかし、それを知ってどうするのか。
少し怪訝な顔をして解決屋が尋ねると、臨也は何の躊躇いもなく、自信たっぷりに言った。
「もちろん、俺が情報屋だからだよ。そういう些細な情報が必要なのか疑問に思うかもしれないけど、むしろそういったささやかな情報こそが、その人間を表すんだよ。ましてや、三好君は俺の可愛い助手なんだ。探偵として、助手の情報に疎いなんてことはあり得ないからね」
解決屋は目をぱちぱちさせた。
なんだ、つまり、ようするに、臨也は三好のことがもっと知りたいというだけなのか。
呆れたように解決屋が指摘すると、臨也は少し眉を潜めた。
「君が何を勘違いしてるか知らないけど、俺は情報屋だよ。君からすれば役に立たないかもしれない情報を集めるのも俺の仕事なんだ」
よほど高尚な目的があってのことだと言いたいらしい。解決屋はますます呆れたように目を細めた。
解決屋は別に、臨也を責めているわけではない。好きな相手を知りたいというのは当然のことだと思う。ただ、解決屋からすれば、臨也はなんだかんだと理由をつけて言い訳しているようにしか思えないのだった。
まあ、それならいいか。解決屋は少し考えてから頷く。
その依頼内容なら、三好に危害が加わったりおかしな事件が起きることは無さそうだ。
解決屋は二人の微妙な状態を解決してやろうという気は、依頼が無い限りまったく起きない。それでも手を貸してしまうあたり、お節介なのかもしれないと自分で思った。
この依頼を受けることを解決屋は快諾する。周りの知り合いやクランのメンバーに確認して話を聞くだけならそんなに時間はかからないだろう。
解決屋はもう一度、二人の、主に三好のために力を貸すことにした。
「君ならそう言うと思っていたよ」
そんな解決屋に、どこまで本気か分からないが、穏やかな声で臨也は謝辞を述べた。
◇◆
さあどうしたものか。
ひとまず解決屋は帰りに寄った百均で購入したファイルを広げて考えた。
どのくらい情報を集めるかというのを聞き忘れてしまったので、目安として、このファイルいっぱいにまとめて渡すことにした。
そんな量が集まるかは分からないが、なんとかなるだろうと解決屋は考えていた。
まず、三好は友人や知り合いが多い。解決屋をやっている自分も知り合いは多いと自負しているが、三好はただの学生だ。しかも、どうやって知り合ったのかというような年の離れた相手や裏社会の人間も知らず知らずのうちに関わりがあるようだ。
そんな三好吉宗という人間はある意味、敵に回すと厄介だ。彼が善人で、更にクランに協力してくれて本当に良かったと解決屋は思う。
そうだ、と解決屋はこの依頼の解決方法を思い付いた。
三好吉宗は善人で、誰からも好かれる人間である。では、具体的にはどんなところが好かれる要因になっているのか?
それを調査してまとめれば、普段の三好がどんなタイプでどのように生活しているかが分かるのではないか。
ピンときた解決屋は、早速メールを作成し、調査を開始した。
◇◆
あれから丁度一週間になる。
出来上がったファイルを抱えた解決屋は、意気揚々と臨也の事務所を訪れた。
思った通り、三好は皆の人気者だった。誠実で誰とでも話せる三好のことだから当然といえばそうだ。解決屋自身も依頼にあわせて自分の考えをファイリングしようかと思ったほどだ。
それにしてもここまで様々な証言が集まるとは。中にはかなり意外な一面もあり、解決屋も驚いた。
これだけの内容があれば臨也も納得するだろう。
「やあ、いらっしゃい」
出迎えた臨也がまた探偵のコスプレで出てきたが、解決屋はまたもやスルーする。
先日と同じように座り、解決屋は早速調査結果をまとめたファイルを臨也へと差し出した。
ファイルの中身は、クランのメンバーから得た情報や、彼らの証言、そしてそこから解決屋が推測した三好吉宗という人間の考え方や特徴をまとめている。しっかり付箋まで貼って、報告書としてそこそこまとまった内容になっているのではないかと解決屋は自負する。
受け取った臨也もそれを感じたようで、早速椅子に腰かけ、パラパラとページを捲りながら興味深そうに眉を上げた。
「驚いたよ、まさかここまで集めてくるなんてね。君は解決屋より、探偵に向いてるんじゃないかな」
その内容がまるで身辺調査のように感じられたようで、臨也はそんな軽口を叩いた。どこまで本気か分からないので解決屋は笑って流しておく。
その間に、今度はじっくり内容に目を通そうと一ページ目に戻ってきた臨也が、僅かに目を細めた。
「……へえ。いろんなクランメンバーに意見を聞いたらしいけど、ずいぶん面白そうな人選だね」
どんな相手に聞き取りを行ったかをまとめるため、律儀に付箋に書き込みまでして解決屋はファイリングしていた。名前を直接書いたわけではないが、職業や発言内容から、臨也の持つ情報と照らし合わせれば特定は容易だったようだ。
クランに誰が参加しているかということは、おそらくどこかで臨也も知っているのだろう。今まで何度もそれを匂わせる発言をしている。自分しか知らないはずのメンバーを知られていることは解決屋にとって不安材料だが、今回は悪用するつもりは無いようなので黙認しておくことにした。
「…………」
そのまま黙ったかと思えば、真剣な表情で内容を読み始めた臨也を、少し緊張した面持ちで解決屋は見守る。
最初のほうのページは、同じ来良学園の友人達から聞いた話だ。