『夜中に出歩いている人間?』
「はい、ちょっと気になることがあって」
 三好がまず頼ったのはセルティだった。
 彼女はバイクで街のいろいろな場所を走るし、夜目も利く。そのため怪しい人物や夢遊病の者を見かける確率が高いのではないかと考えたためだ。
 早速相談があるという旨のメールをセルティに送ったところ、急な申し出にも関わらずセルティは快諾し、更にせっかくだからと自宅に招待してくれたのである。
 そんなセルティにこのような馬鹿げた話をするのは些か気が引けると思いながらも、三好は今回セルティを頼った理由を説明した。
『夢遊病か、その噂は私も知ってる。確かに気になるな……』
 こんな話を信じてもらえるとは思えないですけど、と前置きをした三好に対し、セルティは笑わず三好と同じように真面目に捉えてくれた。
 三好は知らないことだが、セルティもセットンというハンドルネームで同じチャットに参加している。そのため、三好と同じく甘楽の話を目にしていたのだ。平穏な毎日を愛するセルティも一抹の不安を覚えずにはいられなかったのだろう。
「そうなんです。もし本当にあのアロマがまた関わっていたらって思うと安心できなくて」
 眉をひそめて語る三好に同意するようにセルティは上半身で頷く。セルティも巻き込まれたため、あのアロマの危険性は知っている。前回はなんとか止めることが出来たが、もし再び同じことがあれば今度はどうなるか分からない。
『分かった。もちろん私も協力させてもらうよ。街でそれらしい人がいないか注意しておくね』
「本当ですか、ありがとうございます!」
  何よりも街の、新羅との平穏な毎日を守らなければならない。しかも大事な友人の頼みだ。断る理由はどこにも無いため、セルティは当然のように引き受けた。
「あ、でも……」
『どうしたの?』
セルティが快く協力してくれたことに三好は明るい表情を取り戻したが、すぐに何かを思い出したように、また沈んだ顔になってしまった。何か問題があったかと、セルティはPDAにクエスチョンマークを入力する。
「いえ、すみません。まだ情報が少なすぎるから、二人だとちょっと難しいかと思って」
 三好は顎に手を当てて思案しながら、この作戦の問題点に苦笑した。
 三好が考えたのは、セルティにも協力してもらい街のパトロールをするというものだ。夜の街を探して、夢遊病らしき者や、もしもアロマを撒いているような人間がいれば捕まえて話を聞き出すという作戦だった。しかしそれを二人で行うには範囲が広すぎる。せめてどこに現れるとか、どんな人物なのかといった情報があれば別かもしれないが、現時点ではまったく特定出来ていない。
「せめて他に協力してくれる人がいたら……」
 事情を話せば友人達は協力してくれるだろうが、危険に巻き込まないためにこの調査をしているのだから本末転倒だ。静雄に頼むことも考えたが、現時点では逆に夢遊病者たちのほうが危険な目にあいそうな気がする。
『そうだ! 私の知り合いで協力してくれそうな人がいるんだけど、その人ならどうかな』
 唸っていた三好とは反対にピンときたようで、セルティはPDAに素早く文字を打ち込んだ。
 セルティの知り合いというのならきっと信用できる人物なのだろう。しかしこんな途方もない作戦に、更に言うとこんな馬鹿げた話に付き合ってくれるだろうか。
 疑うわけではないが、そう問う三好にセルティはガッツポーズをしてみせる。
『大丈夫! その人も街を平和にするために活動してる人だから。私達みたいな裏社会にいるわけじゃないみたいだけど、腕もたつし、今までもいろんな事件の解決に手を貸してくれたんだ』
 得意気に語るセルティに、三好はそんな人がいるのかと半信半疑になる。だが、それが本当なら強力な味方になりそうだ。
 一体どんな人なのかと三好が問うと、セルティは勿体ぶったように文章を綴った。
『解決屋の噂って、聞いたことない?』


◇◆


 セルティがセッティングしてくれた待ち合わせ場所に三好が向かうと、そこには既に一人の少年が待っていた。その出で立ちに三好は目を瞬かせる。
 三好は解決屋の話を聞いたとき、二十代か三十代くらいの青年を思い浮かべていた。しかし、そこに立っていた人物は三好とそう変わらない年齢にしか見えない。何よりも三好を驚かせたのは、その少年が自分と同じ来良学園の制服を着ていたことだった。
「あなたが……解決屋さん?」
 三好の声に少年が振り向く。やはり彼で間違いないようだ。
 まず自己紹介をしようと口を開きかけた三好を見て、解決屋は「あっ」と声をあげた。その反応の意味が分からず三好は首を傾げる。
 先に自己紹介をしたのは解決屋だった。彼はこの春から池袋に引っ越してきて来良学園に入学した一年生であると告げた。三好とはクラスが離れているため話したことは無かったが、季節外れの、しかも二回も転校してきた三好のことは知っていたらしい。
 同じ学年にこんな人がいたなんて。三好は驚愕を隠せないまま、素直にそう口にした。
「セルティさんから聞いたんだ。君は裏社会の人間ではないけど、いつも裏側で活動してるって」
 三好の言葉に解決屋はこくりと頷く。
 解決屋はクランと呼ばれる集団を管理し、そのリーダーをしていると説明した。解決屋とは彼の呼び名であると同時に、クラン全体のことも指すのだという。
 では、そのクランは何をする集団なのか。三好の当然の疑問に、解決屋は少し考えて、こっそりと活動するボランティア団体のようなものだと答えた。
 つまり解決屋はダラーズに似た構成の組織なのだ。しかし活動目的は明確で、ダラーズとまったく違う。解決屋とそのクランは、困っている人を名前も明かさず助けるような正義のヒーローのようなものでありたいと彼は話した。
 その真っ直ぐな考えに三好も感銘を受ける。セルティが紹介するわけだ。何より、解決屋だけでなく、そのクランのメンバーにも手伝ってもらうことが出来れば効率はかなり上がるだろう。
「実は協力してほしいことがあって……」
 早速三好は夢遊病の噂と、自分の危惧していることを説明した。解決屋も真剣な面持ちで話を聞いてくれている。
 しかし、それが三好には別の不安に繋がるのである。
 ただの杞憂で済む可能性のほうが高い。それでも彼は協力してくれるだろうか。
 話を聞く限り、解決屋のクランはかなり大きなものだ。いくらリーダーがしっかりしていても、大きな組織というのは一枚岩ではない。そもそもこんな話は笑い飛ばす人間のほうが多いはずなのだ。
「――というわけなんだけど、どう思う?」
 話し終えた三好が控えめに問う。解決屋は何かを考えているようだ。
「ごめん、急に呼び出したうえに突拍子もない話だと思うんだけど……」
 やはり信じてなどくれるわけがないのだ。ますます小さくなった声で三好がなんとか取り繕うとする。
 しかしそんな三好を放置して、解決屋はスマートフォンを猛スピードで操作し始めた。
「な、何?」
 ポカンとしていた三好に解決屋が自分のスマートフォンを向ける。送信メールの画面のようだ。
 メールには夢遊病の噂と、その噂に伴う危惧内容が書かれている。可能な者は今日からパトロールに当たってほしいという内容でメールは締め括られていた。
「これって……!」
 表情が明るくなった三好に、解決屋がにっこりと笑う。そして彼は、自分に任せろとでもいうように力強く頷いてみせた。


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