苦し紛れに笑みを作った臨也だったが、この状況でそれがプラスに働く筈もない。静雄は臨也の両手首を片手で捻り上げ、胸倉を掴んだ。僅かに臨也の踵が浮く。
 爪先立ちという不安定な体勢になってしまい、臨也は早めに距離を取らなかったことを後悔した。
 いずれセルティが来て止めに入ってくれることも考えたが、それまで静雄が待ってくれるとは考えにくい。仕方なく臨也は口を開いた。
「で、シズちゃんは俺をどうする気なのかな?」
「決まってんだろぉー? ぶ、ん、殴、る、んだよ」
「だよねえ、やっぱり」
 絶体絶命の状況には似つかわしくない笑顔で、臨也はヘラリと笑った。しかしそれは諦めたからではない。活路を見出したからだ。
 殴られ方によっては助かるかもしれない、と。
 このまま服や手首を掴まれたまま殴られるとただのサンドバッグだが、殴り飛ばしてくれるならその一発で済む可能性がある。幸い臨也の背後には公園の茂みがあるし、一発殴られる覚悟を決めれば案外軽傷で済むかもしれない。セルティには逃げ切ってから連絡すればいいだろう。
「――いいよ」
「あ?」
「シズちゃんになら、殺されてもいいよ」
 打って変わって臨也は寂しげな笑顔を浮かべた。今まで見たことの無いしおらしい態度に、静雄が眉をひそめる。
「シズちゃんに殺されるなら死んでもいいや、って思ったから」
 臨也は力無く笑った。もちろん演技だ。内心は自分の不気味な台詞に鳥肌が立ちそうになるのを必死で抑えている。
 予想では、この後起こり得る展開は次の三つだ。
 ――予想その一、シズちゃんが俺の気色悪い言動にキレる。
 これが一番ありそうだ、と臨也は踏んだ。似合わない台詞に嫌悪感を露わにした静雄が怒りを爆発させ、臨也を吹っ飛ばす。そうすれば多少ダメージはあるが、静雄から距離を取ることが出来る。理想的だ。
 ――その二、シズちゃんが俺に同情するなり失望するなりして許してくれる。
 ダメージが無いという意味ではこちらの方がベストだが、静雄に同情なぞされるのはごめんだと臨也は思った。それにあれだけ派手な喧嘩を繰り広げた仲だ、今更同情なんてしてもらえる筈がない。なので臨也は、早々にこの予想を頭から消し去った。
 ――その三、マジでシズちゃんが俺をサンドバッグにして殺す。
 ありそうで無さそうなのがこの展開だ。静雄が相手を殴り続ける、というのは想像がつかなかった。彼の力が強大すぎて、大抵のものは一撃で吹っ飛ばされるからだ。相手を吹っ飛ばすことなく、ただただ殴り続けるなど出来そうも無い。
 ただし、この展開が待っていた時は本当に死んでしまうというのが困りものだった。
 ――って結局都合のいい展開は一つだけか。
 不満を顔に出さないようにしつつ、臨也は目を潤ませた。嘘泣きの才能にも恵まれていたらしい。
「シズちゃん」
 そして、すっと目を閉じる。静雄の手に力がこもるのが分かった。ぐい、と静雄に服を引っ張られる。
 やはり殴るつもりか。臨也は出来る限りダメージを減らそうと、ぐっと身構えた。そして――
「…………」
 現在に至る。



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