君の為に、ホットミルクを作ろう。



ハッピー・ホワイト



「スザク、悪いが何か飲み物を持って来てくれないか?」

今まで何かの書類とにらめっこをしていたルルーシュが、ふぁ、と欠伸をしながら伸びをして言った。
皇帝陛下は想像以上にご多忙らしい。

「イエス、ユアマジェスティ」

僕もそれなりに多忙ではあるけど、ルルーシュ程じゃない。
最終的に書類を片付けるのはルルーシュなので、僕は適当に目を通したりして彼に渡すだけでいいからだ。
本当はそれすらも必要ないかもしれないけれど、僕だって少しくらいはルルーシュの負担を軽くしたい。
なにせ睡眠時間まで削らなければ追いつかないのが皇帝の仕事。
さっきの欠伸が動かぬ証拠だ。
僕はさっさとキッチンへ向かった。
誰かに適当に声をかければコーヒーくらい、すぐに持って来てくれる。
でも、ルルーシュはそれをしなかった。
おそらく僕に一息つかせるつもりで言ったんだろう。
本当に休むべきはルルーシュの方なのに、と僕は歯痒く思いながら棚の扉を開けた。

「……あれ」

コーヒーでも、とカップを用意してみたが、肝心のコーヒーがどこにもない。
いつもここに置いてあるはずなのに。
どうやら買い置きがなかったようだ。
また誰かに頼んでおこう、と僕は頷き、冷蔵庫から代わりになる飲み物を探した。

「ミルクはあるのにコーヒーは……」

そこまで独り言を言いかけて気付いた。
ああそうだ、牛乳があるじゃないか。

「でも牛乳なんて……」

仕事をするのに牛乳は、少しおかしな組み合わせじゃないだろうか。
牛乳が似合うのなんて、朝か給食か風呂上がりくらいなものだ。
少し想像してみたが、そのどれもがおおよそルルーシュには似合わない。
想像の中で、ルルーシュが牛乳を片手に欠伸をした。

「そうだ!」

牛乳なら、他にも飲み方があるじゃないか。
僕は早速砂糖を用意した。



「で、これか?」

ルルーシュが白い液体が入ったマグカップを手に取るなり、不満そうに眉をひそめた。
所謂ホットミルクだ。

「何故わざわざ温めたんだ、普通の牛乳で構わないのに」
「あはは、ごめんごめん」

僕は笑いながら自分のマグカップを手に取り、少し熱いそれを一口飲んだ。
温かさがじんわりと身体に染み込んでいく。

「大体こんなものを飲んだら仕事にならないじゃないか」

ぶつぶつと愚痴りながら、ルルーシュはホットミルクを見つめている。
怒ったような、不機嫌な顔だ。

「仕事にならないって、どうして?」
「どうしてって……眠くなるからに――」
「そうだね」

自分でも驚くほど、苛立った声が出た。
ルルーシュも僕の様子がいつもと違うことに気付いたらしい。

「スザク?」

僕は、少し苛立っている。
ルルーシュがこうして僕の心配ばかりしていることに。

「本当は僕が君を心配しなきゃいけない立場なのに、どうして君はそうやって……」

自分よりついつい他人の心配をしてしまう。
それがルルーシュの良いところだ、それくらい分かってる。
分かってるけど、僕はそんな彼が心配なんだ。

「――とにかく、君が心配すればするほど、僕も君を心配するから」

分かった?と問うと、ルルーシュは少し困ったような顔をしながら頷いた。

「お前こそ、俺を心配してるとかなんとか言ってるじゃないか」
「僕はいいんだよ、心配するのが仕事だからね」

だって僕は君の騎士じゃないか。
僕はそう言って笑った。
もちろん、仕事だから心配してるわけじゃないけど。
ルルーシュは暫くどう反論するか考えていたようだけど、それは諦めたらしい。
突然マグカップの中のホットミルクを二口ほど飲んだ。

「……少し、甘すぎるんじゃないのか」

ふぅ、と溜め息を吐きながら、ルルーシュがマグカップから口を離す。
そうかな、と僕も一口飲んでみた。
ルルーシュのホットミルクは、僕のより随分と甘かった。
どうやら砂糖を入れすぎてしまったらしい。

「ごめん、僕のと替えようか?」
「いや、このままでいい」

僕が自分のマグカップを差し出すと、ルルーシュは首を振って自分のマグカップを再び手に取った。
甘すぎる、と文句を言ったわりにはなんだかんだでしっかり飲んでる。
そんな素直じゃないルルーシュがおかしくて、笑いをこらえながら僕も同じようにホットミルクを飲み干した。

「うわ」

飲み終えて顔を上げると、時計はとっくに深夜と呼べる時間を指していた。
仕事に没頭していて気付かなかったらしい。

「ルルーシュ、仕事は明日にしてもう寝ようよ」

ルルーシュは返事をせずに、中身の無くなったマグカップを指で撫でている。
なんとなく、名残惜しそうな顔に見えた。
もしかして、と僕はカマをかけてみる。

「また作ってあげるから」

僕の言葉に反応して、ルルーシュがぱっと顔を上げる。
大当たり。
分かりやすい反応だ。

「ほら、ね?」
「……ああ」

ルルーシュが僅かに微笑んだ。
あ、嬉しそう。
指摘すると怒るからしないけど。
僕はルルーシュの空になったマグカップを受け取り、部屋を出た。
ルルーシュも後に続いて部屋を出る。

「じゃあ、僕はこれ置いて来るから。
おやすみ、ルルーシュ」

ルルーシュの部屋とキッチンは反対方向だ。
両手が塞がっているせいで手は振れなかったけど、僕はまた明日と告げて歩き始めた。
が、後ろから急に服を引っ張られ、足を止めた。

「え?」

もちろんこんなことをするのは一人しかいない。
僕が振り返ると、ルルーシュがしっかりと僕の服を掴んでいた。

「何も……」

暗い上にルルーシュが俯いているせいで、表情がよく見えない。
けれど、確かにルルーシュの顔は赤くなっていた。

「何もしないなら一緒に寝てやってもいい」

一緒に寝てやってもいい……それって。
僕は思わず吹き出した。
ルルーシュの顔が不満そうに歪む。
本当に素直じゃないなぁ、ルルーシュは。
でも、何もしないならって辺りがルルーシュらしいかもしれない。

「じゃあ、先に部屋で待ってて」
「断る」

ルルーシュがあっさりそう言って、僕の手から自分のマグカップを奪った。

「自分のマグカップくらい、自分で持って行くさ」
「はいはい」

僕がまた笑うと、ルルーシュが「何がおかしい」とでも言いたそうな顔をして隣に並んだ。
もうちょっと素直になればいいのに。

「スザク」
「何?」
「明日も頼んだぞ」

何を、とは聞かなかった。
おそらく、仕事もホットミルクも全部含めての言葉だろうと思ったからだ。

「イエス、ユアマジェスティ」

僕が形式張った返事をすると、ルルーシュは満足そうに微笑んだ。
明日も砂糖は多めにしよう。
密かに僕はそう考え、笑顔で廊下を歩いた。
……今日はいい夢が見られそうだ。



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