ルルーシュ。

「…………」

ルルーシュ?

「…………」

――ルルーシュっ!!

「っほわぁあっ!?」



ルル子姫と天然皇子



「……っ!き、急に耳元で叫ぶな!」

ルルーシュが僕を睨みながら、大声で叫んだ。
二人きりの生徒会室。
広い部屋に、ルルーシュの声がよく響く。
急にもなにもない、と思う。
僕はさっきから何度も君を呼んでいたのだから。
それなのに、返事をしない君が悪いんじゃないのか?

「う……」

僕の言葉にルルーシュはばつが悪そうに俯いている。
綺麗な長い髪が顔にかかって表情を隠した。
今日のルルーシュは会長の命令により、女性の格好をしている。
何でも僕に見せてくれる、とかで。
以前僕が「男女逆転祭り」の内容を聞いて興味を持ち、会長にそのことを尋ねてみた結果がこれだ。
僕の目の前には艶やかな長い黒髪と、瞳の色に似た美しいドレスが良く似合う女性……
……にしか見えないルルーシュが座っている、というわけだ。

「女装をしているとはいえ、今日の君は君らしくないな。
随分と集中力、注意力が散漫で……落ち着きが無いように見える」

いつもなら決してしないはずの貧乏ゆすりをしてみたかと思えば、
急に身をわずかに捩じらせてみたりする。
普段の彼にはあり得ない行動だ。

「その格好のせいかな?」

そう問い、彼の髪を指に絡ませながら顔を覗き込むと、ルルーシュの顔は真っ赤に染まっている。
もしかして、熱でもあるんじゃないだろうか。
ふと思い立った僕は、今まで彼の髪を弄んでいた手をそっとルルーシュの頬に添えた。

「ひっ!?」

再びルルーシュが素っ頓狂な声を上げた。
ルルーシュの頬は熱い。
やっぱり、熱があるのかもしれない。

「ルルーシュ、忙しいのは分かる。
……だけど、休まないと身体が持たないよ?」
「は……?」

忙しい、とは黒の騎士団のことだ。
学生として生活することも大切だし、彼にとってはナナリーのために戦うことも大切なことだ。
しかし、それで自分が倒れでもしたら本末転倒だ。
ルルーシュがゼロだと知っているのはどうやら僕とC.C.だけらしい。
C.C.も迂闊に学園には来られないだろう。
つまり、この場所で彼を気遣ってやれるのは僕だけということになる。
今はなんとかルルーシュを助け、休ませてあげたい。
人を常に疑っていなければならない彼を、せめてこの場所では普通の学生にしてやりたい。
何の心配もなく、ゆっくり眠らせてあげたい。

「おい、……そろそろこの手をどけてくれないか?」

ルルーシュは俯いたまま、目だけを動かして恥ずかしそうに僕を見ている。
僕が少し手を動かすと、長い睫が僅かに動いた。
廊下からガヤガヤと声がする。
買出しに行っていた会長達が帰ってきたのかもしれない。
ルルーシュが扉の方に気を取られているうちに、僕はそっとルルーシュの前髪をかき上げた。
同じように、僕の前髪も。
ルルーシュが明らかに警戒し、クエスチョンマークを浮かべているのが見て取れた。

「大丈夫、別に何もしないから」

僕は微笑みながら、ルルーシュの額に自分のそれをくっつけた。
ルルーシュの顔はさっきより赤くなっている。
早く休まないと、悪化してしまうかもしれない。

「やっぱり、少し熱いかな。
今日の会議は僕に任せて、君は少し休んだ方が――」
「たっだい……ま……」

その時、僕の背後の扉が開いた。
威勢よく帰ってきたリヴァルが、急に黙った。

「おかえり」

僕が振り向くと、生徒会メンバー達は見たこともないような表情を浮かべていた。
リヴァルとカレンは口をあんぐりと開けて固まっていて、
会長はキラキラと目を輝かせ、
ニーナは携帯のカメラのシャッターを連写モードで切り、
スザクは何故か重苦しい笑顔を浮かべ、
シャーリーは両手で顔を押さえて真っ赤になっていた。

「ちょっ……!お前、いくらルル子が可愛いからって……!」

真っ先に口を開いたのはリヴァルだった。
不潔だとかなんとか叫びながら、僕を指差している。
別に、ただ熱があるかどうか確かめただけなのに、何が不潔なんだろう……。

「ち、違うんだ!それは、誤解でっ……!」

ルルーシュも必死になって反論している。
が、僕には何のことだかさっぱり分からない。
カレンがお嬢様キャラを崩すまいと僕に飛び掛るのを抑えているのは確かだが。

「会長、一体どういうことなんですか……?」
「ニーナに写真もらえば分かるわよ」

会長だけは何かを分かっているらしく、ニヤニヤしながらそう言った。

「ニー……」

僕が呼ぼうとすると、ニーナは無言で携帯を僕に渡して走り去った。
後で返そうと思いつつ、僕はその画面を覗き込んだ。

「……?」

そこには、まるで僕がルルーシュにキスをしている……
……ように見える写真があった。
会長達の目にどう映ったのかは知らないが、僕は別にやましいことをしたわけじゃない。
それだけは確かだ。

「昼間っから生徒会室でイチャつくなんて、やるー!」

会長がそうはやし立てる。
リヴァルも調子に乗って「お幸せにー」なんて叫んでいる。

「違うっ!俺達は断じてイチャついてなんか……!」
「ルルーシュの言う通りだ。
イチャつくというのは、こういうことを言うんだと僕は思う」

そう、僕達は断じてそんなことをしていたのではない。
見本を示すため、僕はルルーシュの華奢な身体を抱き寄せた。
僕もあまり人のことは言えないが、少し細すぎるように感じた。
か細い腰は、軽く腕に力を込めただけで折れてしまいそうだ。

「僕達がこんなことをしていたわけじゃないだろ?
僕はただ、ルルーシュの具合が悪そうだったから、心配していただけだ!」

僕が叫ぶと、今度はルルーシュ以外の全員がため息を吐いた。
ルルーシュは俯いて大人しくしている。
……何故だろう、先程よりルルーシュの顔が赤い。

「ルルーシュ、随分顔が赤いな。
今日はもう早退した方が……」
「あ、ああ……そうさせてもらう……。
だから、その……さっさと放せっ!」

僕の腕の中でじたばたするルルーシュ。
女装をしているせいか、その様子がなんだか可愛らしい。

「じゃあ、僕が責任を持って君を部屋まで運ぼう」
「はっ!?……な、何を考えているんだお前は!」
「何って……君の具合が悪そうだから」

僕が言うと一瞬黙ったものの、再びルルーシュが暴れだす。
熱があるのに、無理をして欲しくないな。

「安心して下さい。
私が部屋までエスコート致しますよ、ルル子姫」
「馬鹿かお前はっ!な、何で気付かないんだ……!」

抵抗するルルーシュを僕は軽々と抱き上げた。
やはり、随分軽い。
きちんと食べているのだろうか。
そのせいで体調を崩しているんじゃないだろうか。
ルルーシュはブツブツ何かを言っているが、僕は無視して生徒会室を出た。

「天然だ」
「天然ね」
「ええ、どうしようもないくらい」

後ろからそんな言葉が聞こえた。
どういう意味だろう?
ルルーシュも似たようなことを呟いている。

「っの馬鹿、変態、天然……!」
「はいはい」

僕はそれをあっさり流し、ルルーシュの部屋を目指した。
後日、悪ノリした会長がその写真を広報掲示板にとんでもないアオリ付きで貼り出すのは、また別の話。



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