「えっと……」

スザクが困ったように笑う。
呼び出されて突然、椅子にぐるぐる巻きに縛られてはそれも当然の反応だと言えるだろう。

「こうでもしないとお前は逃げるだろうからな」

私の隣でルルーシュと同じ顔をした男が笑う。
彼はゼロ、ルルーシュの双子の兄だ。
ちなみに今目の前に縛られているスザクはルルーシュの恋人だったりする。
普通兄ならば弟の恋を(どんな形であれ)応援してやるところだろうに、こいつの頭にはそんな考えは微塵も存在しないらしい。
それどころか、こいつは自分から弟を奪ったスザクを事あるごとにいびることに情熱を燃やすようになってしまった。
少々どころか大いにブラコンである。
私ならこんな兄はいらない。
家事全般が出来る、というセールスポイントさえも全力で拒否するだろう。

「頼んでいた物は用意してくれたか、C.C.」

ゼロがこちらを向きながら微笑む。
どことなく黒いオーラが見えるのは気のせいだろうか。

「勿論」

私はテーブルの上に置いていた皿を、改めて二人の前に差し出した。
いちごとチョコレートの乗ったショートケーキ。
チョコレートにはスザクの誕生日を祝う文面が書かれている。
ゼロがスザクの誕生日を祝う訳がないので、これを作ったのがルルーシュに違いないことはスザクでも容易く想像出来るだろう。

「いくらお前でも理解出来るだろう。
そう、これはルルーシュが作ったものだ」

ゼロがケーキを指しながら、若干悔しそうに言う。
ルルーシュがわざわざスザクの為に作った、というところが納得いかないらしい。
あきれた奴だ、お前も毎年貰ってるじゃないか。

「へえー!
そのケーキ、ルルーシュが僕の為に朝早くから頑張って作ってくれたんだ!」

やたらと「僕の為に」を強調し、スザクはわざとらしい笑顔を浮かべた。
こんなあからさまな挑発に乗る奴などいるのだろうか。
……いや、一人いる。
私の隣で冷静な微笑みを浮かべていたはずのゼロが、表情を思い切り歪めていた。
対照的にスザクはにっこりと笑顔を浮かべている。
二人を交互に見、私は思わずため息をついた。
あまりにも見事に打ち負かされた為か、ゼロは悔しそうに肩を震わせている。
ほんの少しだが同情するぞ、ゼロ。
そう思い、私はゼロの肩にポンと手を置いた。

「おい、ゼロ……」
「……ふっ……ははははっ!」

雀の涙程だが同情した私を遮り、突然ゼロが笑い出した。
一体どうした。
そんなにショックだったのか。

「違うな、間違っているぞ。
そのケーキを作ったのは確かにルルーシュだ。
しかし、最後の仕上げは私も手伝っている。
これがどういう意味か分かるか?」

ゼロがニヤリと笑う。
一体どうやってケーキ作りに参加したのだろうか。
いや、おそらく適当な口実でルルーシュを言いくるめてしまったんだろう。
こいつはもう少し世のため人のために頭を使えないのだろうか。

「枢木スザク、今日が何の日か知ってるか?」

僅かにかぶりを振ったスザクに対し、ゼロが質問を変えた。
いや、聞く方向が違うだけで表す内容は同じなのだろう。
ゼロとはそういう奴だ。
スザクはケーキに目をやり、口を開きかけた。
「僕の誕生日に決まってるじゃないか」とでも言うつもりだったらしい。
事実、目の前のケーキに乗ったチョコレートには、それを示す文章が書かれている。
しかしケーキの下段に視線を移すにつれ、スザクの目が大きく見開かれた。
その様子を見たゼロが満足げに、フォークをケーキに突き刺す。
普通ならばいちごが挟まっているであろうスペースがネバネバと糸を引いた。

「七月十日――」

一口大になったショートケーキの刺さったフォークが、スザクの目前に差し出される。
生クリームでドロドロになったソレがどれほどの破壊力か、想像するのは容易い。
スザクは若干身を引き、口をしっかりと閉じてしまった。

「そう、納豆の日だ」




ゼロが楽しそうにふりふりとフォークを振る。
それに合わせてスザクの目が、緊張した様子でフォークの軌道を追う。
一体どうやったらケーキにこっそりと納豆を入れる、などという芸当が出来るのだろうか。

「まさか、ゼロ……君は……」

スザクはこれから自分に起こることを悟ったのか、若干顔が青ざめている。
わざわざ縛り付けた理由はこれだったようだ。
本当に妙なところにばかり頭の回る奴だ、と私は内心舌を巻いた。
力の使い方を間違えているとは思わないのだろうか。

「お前に拒否する権利は無い。
何故ならこれが『ルルーシュの作ったケーキ』だからだ」

ゼロは本当に楽しそうに、粘つくケーキをスザクの鼻先に寄せた。
一体何がどうなれば、ここまで歪んだ性格になれるのだろう。
本当にルルーシュとは双子なのか?

「だから……」
「分かってる」

言葉を続けようとするゼロを遮り、スザクが首を振った。

「何が入っていようと、これはルルーシュの作ってくれたケーキだ。
なら僕はルルーシュの為にも――」

今度はゼロが目を見開く。
私も耳を疑った。
しかしそれは聞き間違いでもなんでもない。
ゼロが動揺した事が何よりの証拠であると言える。
まさか、ルルーシュの為とはいえそこまでは。
驚く私達を真っ直ぐに見据え、スザクははっきりと次の言葉を口にした。

「ルルーシュの為にも、僕はこの納豆ケーキを食べてみせる!」




縄をとかれたスザクがフォークを受け取り、それを一瞥する。
どれだけ見たって、ケーキに入っているのは納豆だ。
仕掛けた本人には予想外の展開だったらしく、若干表情が固い。
ルルーシュの作ったケーキと言われればこいつも食わない訳にはいかないだろうが、まさかここまで潔く食うとは思わなかったようだ。
どうやらスザクの口に無理やり納豆ケーキを突っ込みたかったらしい。

「これはルルーシュの作ってくれたケーキなんだ。
美味しいに決まってる……」

スザクが今度はぶつぶつと自己暗示らしきものを始めた。
そこまでして食べなければならないものではないと思うのだが。

「……よし」

何度か暗示の言葉を呟き、スザクは覚悟を決めたらしい。
ゆっくり恐る恐るなんて真似はせずに、勢いよく口にケーキを運んだ。
ある意味潔いかもしれない。

「……うっ!」

なんてことを考えているうちに、スザクは謎のうめき声を上げた。
その表情を見る限りルルーシュのケーキは、やはり未知の食べ物へと進化していたらしいことが分かる。
ゼロも想像の遥か斜め上をいく反応に驚いているようだ。

「き、気持ち悪……」

想像通り、いやそれ以上にとんでもないものが生まれていたらしい。
スザクは立ち上がりトイレの方へと向かおうとした。
しかし数歩だけよろよろと歩き、その場に倒れてしまった。

「なっ……」

ゼロが慌てた表情を浮かべ、スザクに駆け寄る。
なんだかんだで心配してるんじゃないか。
私も一応、ゼロに続いてスザクの顔を覗き込む。

「気絶……してるな」

あの体力バカを一口でこの状態にするとは。
一体どんな科学反応が起きる組み合わせだったんだ?
……万が一、ゼロやルルーシュが食べると死んでしまうんじゃないだろうか。
一抹の不安を感じ、私は踵を返してまだ半分以上残っている納豆ケーキをゴミ箱へと葬った。




「スザク……本当に大丈夫なのか?」
「うん、まあ……なんとか」

程なくして帰ってきたルルーシュは、倒れたスザクを見るなり懸命に介抱を始めてしまった。
こうなってはゼロはまったく構ってもらえなくなる為、ゼロが邪魔をしたがる気持ちも分からなくはない。

「すまない、スザク…。
俺が賞味期間の確認をしなかったばかりに……」

さすがにゼロも「納豆入りのケーキを食べさせたら倒れた」とは言えなかったらしく、使った素材が痛んでいたのだと素晴らしい嘘をついた。
ルルーシュはそれを真に受けているらしい。
スザクも余計なことは言いたくなかったのか、曖昧に返事をして話題を変えた。

「でも、誕生日にルルーシュが付きっきりでいてくれるなんて、ある意味嬉しいかな」

スザクはそう言ってクスクスと笑った。
ルルーシュも同じく笑っている。
こうして見ると、やはり二人は恋人同士であると再認識出来てしまう。
ゼロはそれが気に入らないのか、部屋の隅で不満そうに腕を組んでいる。

「……ゼロ」

あまりにも不満そうな表情のゼロを見かね、私は釘を刺しておくことにした。

「誰を好きになろうがあいつの自由だろう。
お前がルルーシュを大切に思うのは分かる。
だが、大切にし過ぎても、それはルルーシュの負担にしかならないぞ。
確かにスザクのことは気に入らないかもしれないが――」
「分かっている」

言葉を遮って返された声は若干苛立っている様子だ。
そんなことはこいつも分かっているんだろう。
ゼロは少しの間、私を睨んでいたが、ふうっとため息をついて言った。

「私も奴のことはそれなりに認めている」

意外だな、と私は返す。
確かにスザクの気持ちは本物だ。
いくらルルーシュしか見えていないゼロでもそれくらいは分かっているらしい。

「だが――」

続きは言わず、ゼロは部屋を出て行った。
「だが」、何だというのだろう。
少し首を傾げた私に、小さいながらも思考を吹っ飛ばすには十分な声が飛び込んできた。

「こら……!どこに手を……!」
「ルルーシュに触ってたら治る気がして」

ニコニコと笑いながらスザクが、手近な位置にあったルルーシュの太股に手を這わせる。
どう見ても、もう全快済みだ。

「C.C.……っ!見てないで止めろ!」

早くもベッドに引き込まれかけているルルーシュがこちらに必死で手を伸ばす。
こんな時こそ助けるべきだろうに、ゼロは何をやっているのだろうか。

「――話の途中だったな」

扉が開き、手ぶらで出て行ったはずのゼロが何かを持って戻って来た。
ゼロはひたすら手を動かしている。
その手にあるモノを見、ルルーシュの腰にしがみついていたスザクの顔が途端に蒼白になった。
普段食べてはいても、先程のことでトラウマが残ってしまったらしい。

「私も奴を認めていない訳ではない。
だが、気に食わないものは……」

ゆっくりとゼロの手が振り上げられる。
まるでスローモーションのようで、ゼロ以外の誰もが間抜けな顔でソレを見つめていた。

「……気に食わない!」

べちょっ。
ゼロの勢いとは裏腹にソレは、粘着質な音をたててスザクの顔にパックごと貼り付いた。

「私からの誕生日プレゼントだ、枢木スザク」

満足した顔のゼロとは対照的に、スザクは再びベッドへと沈んで行く。
これは……今度こそショックで死ぬかもしれないな。
そのあまりにも哀れな姿に私は同情し、心の中で合掌せずにはいられなかった。



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