僕は走る。
手紙を握り締めて、石段を駆け上がる。
去年は煩わしくて仕方なかった服が、もう何も感じなくなってしまったことが恐ろしい。

「ここだ……」

僕は見慣れた景色の中で、息を整える。
枢木神社。
手紙の指定通りに、僕はここに来た。
ある日届いた手紙は日付と日時、場所が記された殴り書きのメモのような代物だった。
誰が見ても、イタズラだとしか思えないだろう。
それでも僕がここに来た理由は二つある。
一つは日付。
それは僕の大切な人の誕生日だった。
いや、それだけなら偶然だと片付けたかもしれない。
ここに来た一番の理由が、二つ目。
手紙の書き出しが、通常なら有り得ない内容だったのだ。

『親愛なる友人、枢木スザクへ』

今の僕はゼロだ。
僕が枢木スザクだと知る者はいないはずだ。
気付いた、感づいた者がいたとしても、知る者は共犯者だった僕達だけ。
僕は周囲を警戒してから仮面を外した。
人のいる気配はまったく無い。

「ルルーシュ?」

それでも僕は名を呼んだ。
どこかからルルーシュが出て来るような気がしたから。
人の気配は確かに無いが、彼はもう人では無い。

「ルルーシュじゃなくて残念だったな」

しかし、僕の予想は外れた。
僕の前に現れたのはもう一人の共犯者だった。

「C.C.……どうして君がここに……」
「あの手紙を出したのは私だ。
だから、待ち合わせ場所にいる。
それが理由だ」

一年ぶりに会ったC.C.はまったく変わっていなかった。
服装と、髪型が違うくらいだろうか。

「ルルーシュからのラブレターだと思ったか?」

三つ編みになった髪を揺らしながら、C.C.はクスリと笑った。
本当に、性格は変わっていないらしい。
僕は苦笑しながら首を横に振った。

「ううん、ルルーシュじゃないと思ってたよ。
頑固だからね、手紙なんかくれないと思う。
誰かに見られたらどうするんだ、とか言いそうだし。
手紙を書くならややこしい暗号を使うか、もっと丁寧に書くんじゃないかな」

僕の言葉に、C.C.も苦笑を浮かべる。
そして「確かに」と呟いた。
もうお互いルルーシュの性格は熟知している。

「お前はどうだ。
活躍自体はテレビで見てるがな」
「僕は相変わらずだよ。
毎日ナナリーと一緒にいろんなところへ行ってる。
今日はナナリーが休みだから、僕もここへ来た」

ナナリーは僕と同じく「大切な人の誕生日だから」という理由で、今日は予定を入れていない。
「ゼロさんも、今日くらいゆっくり休んで下さいね」と笑っていた。
もしかしたらナナリーは手紙のことも何もかも気付いているのかもしれない。
だとしたらナナリーは僕に気を遣ってくれたんだろうか。

「ルルーシュは元気?」
「相変わらずだ」

よかった、と僕は返す。
よく考えてみるとルルーシュはコードを持っているのだから、元気も何も無いのかもしれない。
だからC.C.が相変わらずだと答えたんだろうか。

「元気そうなら……うん」

よかった、と言おうとして躊躇う。
ルルーシュは元気なのか、と寂しくなった。
僕は毎日のように気になって仕方ないのに、ルルーシュは元気でやっている。
いいことなのに、それが嫌だと感じる自分に呆れた。

「誰が元気だと言った?」

C.C.は悩んでいた僕に向かって、なんでもないように言った。
あまりにも普通だったので、聞き逃してしまいそうになるくらいの言い方だ。

「毎日毎日溜め息をついてはスザクスザク。
まったく、うるさい奴だよ」
「え……」

C.C.はやれやれ、と肩をすくめてみせた。
ルルーシュも、僕と同じだったのかな。
離れた場所でどうしてるか、気に掛けてくれていたのかな。
嬉しくて、一気に顔が弛んでしまう。
隠そうとしたけれど、C.C.にはどうやらお見通しのようだった。

「どうせお前も似たような状態だったんだろ?」

C.C.は意地悪な笑みを浮かべる。
そして僕の顔を見て、ぷっと吹き出した。

「本当に、相変わらずのようだな。
お前達はいつも……」

それは、全てを見てきた彼女ならではの言葉だった。
本当にその通りだと僕も思う。
C.C.はひとしきり笑った後、急に優しい微笑みを浮かべた。

「今日はあいつの誕生日だろう。
どうすれば喜ぶのか考えたが、これ以外思い付かなかったんだ」
「君がルルーシュの為にプレゼント?
誕生日とはいえ……珍しいね」
「日頃の礼さ。
それでまたピザを買えるなら、私だってそれくらいはする」

ピザのためだとか言ってるけど、本当はルルーシュのためなんだろう。
そうじゃなきゃ、危険を冒してこんなところまで来たりしない。
彼女も、僕と同じようにルルーシュを大切に思ってるんだ。

「私の誕生日プレゼントはお前だ。
今日一日、ルルーシュと一緒にいてもらう」
「ルルーシュは嫌がるかもしれないよ」

本当にルルーシュは頑固だから、あんな風に別れた以上、会ってくれそうもない。

「一生会えないのと、また会えると思っているのでは気合いの入り方が違うだろ?
明日から二人にはもっと働いてもらうからな」

確かに、C.C.の言う通りかもしれない。
少なくとも僕はルルーシュに会うためならいつもの倍は働けそうだ。

「いつまでもうじうじせずに、オンとオフくらい切り換えろ」
「……そうだね、確かに君の言う通りだ」

僕は決めた。
ルルーシュに会いに行こう。
会ってくれなくてもいい、声を聞かせてくれるだけでも。

「さっさと行くぞ、ピザとルルーシュが待ってるんだ」

ついて来い、と言ってC.C.は歩き出した。
ごまかしてるみたいだけど、彼女は僕のことも心配してくれているらしい。
もちろんルルーシュの次くらいに。

「ありがとう、C.C.」
「礼はいいからピザをよこすか、その気持ちをルルーシュのために使え」



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