「…………」

ああ、まただ。

「ゼロさん?」

携帯電話を片手に固まる僕を見て、ナナリーが不思議そうに首を傾げた。
こんなことを朝からずっと繰り返してるんだから、当然だ。
画面には「着信あり」の文字。
今日これを見るのは何回目だろうか。
そう思って着信履歴を見ると、およそ十回目くらいだった。
所謂「ワン切り」ってやつで、かかってきたと思ったらすぐに切れてしまう。
しかも番号は非通知で、かけ直すことも出来やしない。

「あの……何か大切な用事の電話なのでは……」
「いや、いい」

僕は気を遣ってくれるナナリーにもそっけない返事をして、仮面の奥で溜め息を吐いた。



ワンコール



いくら僕でも犯人は分かっている。
今日は七月十日、僕の元誕生日だ。
元、というのは僕は「ゼロ」であって、「僕」ではないから。
電話をかけてきた相手は、その辺りのことを知っている人間ってことになる。
この時点で数はかなり絞られる。
さらに痕跡を残さないようにわざわざ非通知を使ってかけてくる相手。
その上、僕と会話したくないのか、すぐに電話を切ってしまう相手。
……そんなの、一人しかいないじゃないか。
僕は苦笑しながら、その人のことを考える。
多分またそのうちかかってくるだろう。
それを予期して、今度はナナリーにしばらく部屋に戻ることを伝えた。
ナナリーは何か気付いてるみたいで、笑顔で僕に手を振ってくれた。
さすが彼の妹だ、敵わないや。

ピピピッ

予想通り、いや思ったより早く電話はかかってきた。
部屋に丁度戻ったばかりの時だ。
僕は切れてしまう前に素早く電話を取った。

『おや?
繋がってしまったようだぞ?』
『馬鹿、さっさと切れ!』

電話の向こうからは騒がしい声が聞こえる。
久しぶりに聞いた声だけど、相変わらずらしい。

『久しぶりだな、「ゼロ」。
今は何だ、休憩中か?』
「やあC.C.、久しぶりだね。
あんまり何回も電話が来るから、さすがに気になって」

僕の言葉に、C.C.は笑った。
どうやら何度もしつこく電話をしてきたのは彼女らしい。

『あいつがあまりにもウジウジしているから、私が代わりにかけてやったんだ。
なのにあいつはその度に電話を切ろうとする』

C.C.は憮然としている。
あの着信履歴の数だけ、電話の向こうでは戦いが繰り広げられていたらしい。
それでも彼女が何度も電話をかけたのは、多分面白かったというのが半分くらいの理由だろう。
でも残りの理由は、彼女が僕達のことを考えてくれているからだ。
彼女もどこか素直じゃないところがある。
まるで、彼みたいに。

『ルルーシュ、お前も黙ってないで何か言ったらどうなんだ?』

ルルーシュ。
僕は懐かしい名前に、大げさなくらい緊張していた。
離れてからどれくらい経ったんだろう。
ルルーシュを急かすC.C.の声が少し遠くなる。
多分、電話をルルーシュに渡したんだろう。
唾を飲み込んでから、僕は「もしもし」と言った。

『……スザク』

返事があったのは数十秒後だった。
久々に聞いた僕の名前。
それが堪らなく嬉しい。

「ルルーシュ」

そして久々に呼んだ彼の名前。
電話の向こうでルルーシュが僅かに笑ったのが分かる。
でも、ルルーシュはそれきり黙ってしまった。
僕は彼が言うのを待とうと、何も言わないでおく。
後ろでC.C.の急かす声がまた聞こえた。

『あの……』
「うん」

ルルーシュの声が真剣なものになる。
そんな深刻な話をするわけじゃないのに、と僕は笑いそうになった。
なのに彼につられて僕までなんだか緊張してしまう。

『誕生日、おめでとう』
「うん……ありがとう、ルルーシュ」

冷静を装おうとしてるのか、ルルーシュの声はやっぱり固い。
だけど僕はそれでも嬉しくて、満面の笑みで答えた。
僕がどれだけ嬉しかったか、向こうにも伝わっただろうか。

プツッ

……うん?
あ、あれ?
僕は思わず電話を振った。
携帯電話はウンともスンとも言わない。
どうやら僕は、電話を切られてしまったらしい。

ピピピッ

が、すぐにまた非通知でかかってきた。
僕はさっきよりもすごい速さで電話に出る。

「ルルーシュ!?
な、なんで?
僕何か変なこと言った!?」

早速そう叫ぶと、電話から返ってきたのは笑い声だった。
C.C.のものだ。

『ルルーシュじゃなくて残念だったな。
あいつなら電話を私に押し付けてどこかに行った』
「ええっ!?」

僕はあんまり良くない頭をフル回転させて、ルルーシュを怒らせた原因を探した。
だけど僕にはどうしても思いつかない。
右往左往する僕に、C.C.は呆れたような声で言った。

『……本当にお前は天然だな。
あんな嬉しそうな声で囁くやつがあるか。
ルルーシュは真っ赤になって走って行ってしまったぞ』

そう言われると、こっちまで照れてしまう。
今度は僕が電話を切りたくなった。
多分鏡を見たら、僕の顔はすごいことになってるだろう。

『お前達は相変わらず、どうしようもないな』

そんな僕の姿を想像したのか、C.C.だけがくつくつと笑っていた。



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