「あ、それでさ」
話の途中で思い出したようにスザクが顔を上げた。
さっきまでは確か「そろそろ暖房が必要だね」というような、どうでもいい話をしていたはずだ。
それを突然中断して一体スザクは何が言いたいのだろう。
今すぐ言わなければならない急な話でも思い出したのだろうか。
「……あっ、話の途中だったね、ごめんごめん」
「いや、構わないさ。
で、何だ?」
スザクはそう言うが、はっきり言ってよほど聞きたいような内容でもないし、今はスザクが言いかけたことの方が気になる。
いいんだ続けてくれ、と俺はスザクに続きを促した。
スザクは少し渋ったが、やがて俺の目を見て口を開きはっきりと言った。
「僕、君が好きなんだ」
俺は目をそらすことも、口を開くことも忘れて固まった。
スザクも黙っていた。
「……そうか」
「うん」
ようやくそれだけ言って、俺は目を伏せた。
そのまま、頭にあるものを追い出すように溜め息を吐く。
スザクはまだ俺を見ているようだ、視線を感じる。
君が好きなんだ、か。
およそ五十回目の言葉。
正しくは四十七回だったか。
「それからさ、さっきの話なんだけど――」
スザクはまるで何事もなかったかのように話を続ける。
次は「寒いから最近味噌汁が美味しい」の話題に移ったようだ。
俺は黙って聞いている。
俺が黙ってもスザクが話し続けるから、会話は終わらない。
キャッチボールにはなっていないが、スザクも何も言わないし、それでいいのだろう。
スザクの方も、会話するつもりは無さそうだ。
「それでね、僕、君が好きなんだ」
「味噌汁の具では何が美味しいか」を中断して、四十八回目の告白をされる。
「君が好きで」
四十九。
なんだか胸が苦しい。
「それで、」
「もういい」
俺はスザクの話を遮り、首を振った。
スザクの表情が曇る。
「もういい、分かった」
その寂しそうな顔に一瞬怯みそうになるが、俺はもう一度きっぱり言った。
スザクの困惑したような笑顔のせいで、こっちまで辛くなってくる。
「……好きなんだ」
首を振って、スザクは五十回目の言葉を口にする。
「スザク」
「好きなんだ、僕は、君が」
スザクは俺が止めるのも聞かずに繰り返した。
俺のことが好きなのだと。
「好きだよ、ルルーシュ……」
スザクが心底辛そうな顔で俺の手を握った。
このまま、この手を握り返してやりたい。
それが出来ればどんなにいいだろう。
しかし、俺はそんな甘い誘惑、迷いごとスザクの手を振り払った。
「ルルーシュ、なんで」
スザクの傷付いたような顔。
そんな顔をされても、俺は嘘をつきたくない。
「スザク、お前が好きなのはルルーシュだ。
俺じゃない」
「なに言ってるんだ、君がそうじゃないか」
はは、と笑うスザク。
本当は、お前も分かっているくせに。
「ルルーシュは、死んだよ。
お前が殺したんだ」
俺は静かにそう言った。
スザクが目を見開く。
……言ってしまった。
言わなければ幸せでいられたはずの、世界を崩壊させてしまう禁句を。
「なに……それ。
僕が君を殺したなんて、冗談にしたって……」
「俺じゃない、ルルーシュだ。
お前がルルーシュを殺した。
それは事実だ、冗談なんかじゃない」
一度言ってしまった言葉は、もう取り消せない。
俺にはこのまま全てを告げ、真実を明かす道しか残っていない。
「じゃあ……僕と喋ってる君は誰なんだ?
ルルーシュに決まってるじゃないか!」
だから俺はそれに従い、全てを話す覚悟を決めた。
それがスザクの為だと信じて。
「俺はルルーシュじゃない。
お前が思い出から造った、ルルーシュじゃない誰か」
オリジナルのルルーシュはスザクが殺した。
俺はスザクが生んだ幻想。
ルルーシュがもし生きていたら……の妄想の存在。
現実には存在しないし、生きているわけでもない。
だから、名前があるとするなら、そう。
「ゼロ、だ」
スザクが俺を睨んだ。
「お前が飽きることなく話し続けたのは、話すのを止めたら俺に真実を切り出されると思ったから」
「止めろ……」
「俺に好きだと言い続けたのは、俺をルルーシュだと思い込もうとしたから」
「止めろ!」
「本当はお前も分かっているはずだ。
俺がこんなことを言えるのは、お前がそれを分かっているからだと」
スザクだって、ルルーシュによく似たマネキンに話し掛けているという自覚はあったのだろう。
そうでなければスザクに造られた俺が、それを考えられるはずがない。
本当は自分でも分かっていたはずなんだ。
「止めろ……止めてくれ……ッ」
「ルルーシュとの約束を守れずに逃げていることを、お前は分かっているはずだ」
違うか。
俺の問いにスザクは答えなかった。
ただ、無言で銃を構えていた。
「それが答えか、スザク」
俺はここで殺されるだろう。
いや、消される……消去されるの方が正しいのかもしれない。
存在しないのだから死体も残らない。
「また俺を殺すのか」
「また?
……違う、お前はルルーシュじゃない」
ルルーシュの顔で笑う俺に、スザクはそう吐き捨てた。
俺はたまらず笑い出す。
不快そうな顔をしたスザクの指がトリガーを引く一歩手前で、俺はその目を真っ直ぐに見据えて言った。
「ほら、お前も分かってたんじゃないか」
スザクは「ルルーシュ」と言いながら手を振り、新たに現れた誰かにひたすら話し掛けていた。
そしてスザクはその誰かに向かって「好きだよルルーシュ」と、俺の知る限り五十三回目の告白をした。
現れた誰かは、それからも好きだと言われる度に困ったような顔で笑った。
どうやら彼も、分かっているようだった。
スザクはそんな誰かの表情には気付かず、何事もなかったかのように話し続けている。
近いうちにあの誰かは消されるだろうな、と思った。
スザク、いくらゼロの死体を積み上げてもルルーシュのいる場所までは届かないんだ。
何故ならゼロは存在せず、存在しない者に死体なんて無いからだ。
おそらくあいつは永遠に此処で積み上がらない死体を積み上げ続けるんだろう。
その場からまったく動いていないことになど気付かずに。
哀れな奴だ、と俺は出ない声で呟いた。
聞こえているはずがないのに、スザクがこちらを向いた気がした。