五月の第二日曜日。

「母の日、か」



M/B



母の日は俺には関係の無い日だ。
むしろ、あまり良く思っていない。
ナナリーが母さんのことを思い出し、寂しい思いをしているかもしれないからだ。
俺とナナリーは母さんを目の前で殺された。
普段は気にしないようにしていても、こうも周りで母の日だなんだと騒がれては思い出さざるをえないだろう。
故に、毎年この時期はいつもよりナナリーに気を遣ってしまう。
同じくナナリーも俺に気を遣っているようだ。

「…………」

普段とは違い、カーネーションで入口を飾った花屋を見て、俺は閉口した。
母さんが生きていたなら、俺はこの花屋を見ることも無かっただろうに。

「……咲世子にでも買うか……?」

ふと、普段手伝いをしてくれている咲世子が頭に浮かび、俺は店のカーネーションを手に取った。
ある意味、母親に一番近いのは咲世子だが、それも違う。
やはりカーネーションを買う相手などいない。
分かっていたことじゃないか。
俺は自嘲し、カーネーションを戻した。

「ありがとうございましたー」

戻した、はずだった。
ふと気付くと、俺の手には赤とピンクのカーネーションが握られていた。
財布にはきっちりとレシートが入っている。
つまり俺は、このカーネーションを買ってしまったということだ。
いや、正確には俺ではない、。
俺はその真義を問うべく、人通りの少ない路地裏へと入った。

「どういうつもりだ、ゼロ」

目を閉じて呟くように言う。
少し可笑しそうに笑う声がして、返事はすぐにどこかから聞こえてきた。

「勿論、そのカーネーションは私からのプレゼントだ」

眉をひそめる俺とは対照的に、ゼロは微笑みを浮かべている。
どうしてゼロが俺にカーネーションを?

「ルル、お前は私にとって唯一信じられる人間であり、兄弟であり、親子でもある。
私の言葉の意味は――説明するまでもないな」

俺はゼロの言葉を肯定した。
ゼロを生み出したのは俺だ。
つまり俺がゼロの親である、という言い方も出来るかもしれない。

「だが、俺はお前のことを対等な存在だと思っている。
だから俺は――」
「私はお前だが、お前は私ではない」

ゼロが静かに、しかし力強い声で呟いた。
俺はその言葉の意味を理解しようと考え始める。
少し考え、俺が一つの結論にたどり着いたと同時に、ゼロが口を開いた。

「対等ではない。
お前がそう思うのは構わないが、私がそう考えることは無いだろう」

否定はしない。
ゼロは微笑みを浮かべたまま言う。
何故、自ら望んで対等な関係を捨てるのだろうか。
俺のせいだと言われればそうかもしれないが、少しばかり納得がいかない。

「好きな者に尽くしたいと思うのは当たり前のことだろう?」

ゼロは時々、こういうことを平気で言う奴だ。
その為に俺は度々頬を染めなくてはならない。
若干悔しいが、こういうところではゼロが勝っていると言い切れてしまう。

「そんなに俺が好きなのか」
「当たり前だ」

そこまで自信を持って言うことではないだろう。
ゼロも少しくらいは照れたりしないのだろうか。

「じゃあ、ゼロはマザコンだ」

照れ隠しに拗ねてみせると、ゼロは本当に可笑しそうに笑った。
今のは確かに、少し苦しかったかもしれない。

「そうだな。それでも構わない。
私が好きなのはルルだけだ」

ゼロはもしかすると、本当に子供なのかもしれない。
真っ直ぐ純粋に俺だけを見ている辺りが。
……ストレート過ぎて、恥ずかしいのも確かだが。

「……ゼロ」
「何だ?」
「お前も少しは可愛いところがあるんだな」

しかしそれは、普段の厳しい顔をしたゼロからは想像もつかない姿だろう。
だからきっと俺だけが知っている。
それが嬉しいと感じる俺も、どうやらゼロに感化されてしまっているらしい。

「ルル程ではないさ」

…………。
こういう口の減らないところが、ゼロだ。
しかし俺はゼロのそういうところが好き――かもしれない。

「どうした?」
「いや、なんでもないんだ」

言うとゼロは謙遜するだろう。
自分は一方的に好きだと言うくせに、俺には言わせないつもりらしい。
対等ではないから、だろうか。

「早く帰って、この花を生けた方がいいかと思ったんだ」

俺は笑顔で誤魔化してみせた。
早く帰らないとゼロにすべて見透かされてしまうような気がしたし、花を生けようと思ったのは事実だ。
ゼロは少し不満そうな顔をしたが、渋々納得したらしい。
分かりやすいくらいまだ不満がありそうだが。

「ゼロ」
「……何だ」

いつも機械のように完璧過ぎるゼロが、こうして俺の前でだけ人間らしい顔をする。
そんな時のゼロが一番好きだ、と思うのは言わないでおこう。

「せっかくお前に貰ったからな、部屋に飾っておきたいんだ」
「そうか」

ゼロの返事は素っ気なかったが、確かに嬉しそうだ。
……仕方のない奴め。
ため息をつきながら、それでも俺の頬は緩む。
俺も好きな者には尽くす人間なのかもしれない。
そんなことを漠然と思いながら、俺はどこに花瓶があったかと記憶を探った。



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