夢を、見た。


BlackSheep and RedRam


夢の中で俺は羊だった。
周りには仲間らしき羊がたくさんいた。
めぇとしか言えない自分がなんだかおかしくて、しばらくそうやって鳴いていた。
始めは他の羊と追いかけっこなんてしていたのだが、やがて誰も近寄らなくなった。
みんなヒソヒソ何かを言っている。
そのうち草原に雨が降り、水溜まりができて漸くその理由が分かった。
水溜まりに映った俺は、悪魔のような角を持つ黒い羊になっていた。
俺がそれに気付くと同時に白い羊達は次々と叫んだ。

「悪魔!」
「羊のふりをして私達を騙していたのね!」
「出ていけ!」

降り注ぐ罵声に耐えきれなくなり、俺は群から逃げ出した。

しばらくして湖のある場所へたどり着いた。
俺はたった一匹でそこで暮らしていた。
やがて、そこにとある羊が現れた。
俺の姿を見れば逃げ出すに違いない。
今まで現れた羊がそうだったから。
だが、逃げ出そうとしたのは俺の方だった。
その羊が真っ赤なウールを携え、こちらにのろのろと歩いて来たからだ。
赤い羊。
それを見た時「群の連中も俺を見た時こんな気持ちだったんだろうな」と漠然と考えた。

「やあ」

羊が口を開いた。
俺は驚いて言葉を返せなかった。

「黒い羊なんて初めて見た」

赤い羊は目を丸くして俺を見ている。
それがおかしくて、俺も同じように返した。

「俺も赤い羊なんて見たのは初めてだ」

俺達は互いに笑いあって、友達になった。
赤い羊の名はスザクといった。
スザクは俺と違って走るのがとてつもなく速かった。
俺がそう言うと「今までよく生きて来られたね」と言って笑った。
そんな体力馬鹿のスザクだが、唯一怖がったのが水だ。
前に湖の水を飲もうと誘ったのだが、全力で拒否されてしまった。
水といっても水溜まり程度ならなんともない。
どうやら水に映る自分の姿が恐ろしいらしい。
確かに奴のウールは深紅で、それを見たくないという気持ちも分かる。
だが俺だって深い闇のようなウールに悪魔の角のおまけ付きだ。
自分にいちいち怯えていられないだろう。
どうやったって白い羊にはなれないのだから。

「ルルーシュは強いんだね」

スザクはそう言って笑ったが、俺はちっとも強くなんてないことを自覚している。
群を追い出されたあの時の羊達の顔が未だに忘れられないからだ。
いつかスザクにもその顔をされないかと怯えている。
そういえばスザクは何故群から追い出されたのだろう。
赤い羊だったからだろうか。
いつから赤くなってしまったんだろうか。
この世に誕生したその瞬間から既に赤い羊だったのだろうか。
悪いとは思いつつ、俺はスザクに聞いてみた。

「僕もね、昔は白い羊だったんだ。
だけどいろいろ…そう、いろいろあって赤い羊になってしまった。
群は…自分から出ていったんだ」

どうやらスザクは追い出される前に自らそこを離れたらしい。
俺とは違って随分と潔い奴だ。
そう、俺とは随分違ったが、スザクとは妙に気が合った。
二人で草原を走り回り、水嫌いのスザクの為に俺が水を汲んでやって、そうやって毎日が過ぎていった。
だが、ある日スザクは忽然と姿を消してしまった。
俺は見捨てられてしまったんだ。
悲しくて、理由も言ってくれなかったのが悔しくて、声を上げて泣いた。
朝が昼になり、夜になっても俺は泣いた。
泣き続けた。
しかし、泣いてばかりはいられない。
スザクを探さなくては。
俺は無い体力を振り絞って草原を駆け回った。
やがて柵に囲まれた場所に着いた。
中に放牧されている白い羊達は俺を見て怯えている。
だが、一匹の白い羊がこちらにやって来て、俺の名を呼んだ。

「ルルーシュ!」

何故俺の名を知っているのだろう。
白い羊は俺の言いたい事が分かったらしく、言葉を続けた。

「ルルーシュ、僕だよ!スザクだ!」
「スザク!?」

何を言っているんだ。
スザクの毛の色は赤で、白じゃない。
だが目の前にいる白い羊は紛れもなくスザクだった。

「見てよルルーシュ、僕、白い羊になれたんだ!」

嬉しそうに早口でまくし立てるスザク。
俺は信じられず、思わず頬をつねって確認した。
痛かった。

「スザクお前…!今までどこに行ってたんだ!?
それにどうしてこんなところに…」
「そんなことより聞いてよ、ルルーシュ!」

余りに嬉しそうに言うものだから、俺は続きを促した。

「実はね、僕、ここで…ブリタニアで飼われることになったんだ。
もちろん普通の羊としてね」

え?

「ユフィって人が僕を拾って下さって、僕にここで暮らすように言ってくれたんだ」

何を言ってるんだ?
何を言ってるんだ!?
お前はこんなところにいちゃいけないんだ!
お前と俺は虐げられた者同士ずっと一緒にいるはずだろう!?
お前が白い羊でも、俺は黒い羊なんだぞ!?
俺は一緒にいけないんだぞ!?

「大丈夫だよ、ユフィは君のことを話しても気味悪がったりしなかった。
むしろ、君を受け入れるとも言ってくれたんだ」

違う!
俺が欲しいのはそんな世界じゃない!
俺は…ずっとお前と…

「ルルーシュも一緒にここで暮らすよね!」

俺は道を引き返し、逃げ出した。
スザクの叫ぶ声が聞こえたが振り向かずに走った。
ああ、どうして。
俺はお前とは違うのに…。
ユフィが俺を受け入れたって、周りの白い羊達がそれを許す筈がない。
悪魔のような角を持つ黒い羊を…。
だけどスザク、お前は違う。
赤いウールをどうやったのかは知らないが、白いそれの下に隠してしまった。
俺にはそんな器用なことは出来ない。
…馬鹿は俺の方だったんだ。
受け入れてくれると信じた俺が馬鹿だったんだ…。

「ははっ…あーはははははっ!」

自分の愚かさに笑いが止まらなくなった。
何故だか、涙も止まらなくなった…。

「ルールーうーシーュっ!」

がつん!
俺は頭に鈍い痛みを覚え、顔を上げた。

「ルルーシュ、もう放課後だよ」

放課後?
俺が聞き返すとスザクは頷いた。

「疲れてたの?
起こしても起こしても起きなかったよ」

起こしても、って、え?
さっきまで俺は…

「もしかして寝惚けてる?夢でも見てた?」

夢?
…あれは、夢だったのか…。

「そうか…夢か…」

俯いた瞬間、俺の目からぽたりと涙が零れた。

「ルルーシュ?」
「あ、れ…」

なんとか止めようとするが、涙は落ちる一方だ。

「大丈夫?怖い夢でも見た?」

そうだ、確か俺は…何か夢を見ていたんだ。

「夢を…見たんだ」
「どんな夢?」
「分からない…思い出せないんだ…だけど」
「うん」
「とても…とても悲しくて辛い夢だったんだ…」
「…そっか」

スザクは子供をあやすみたいに俺を抱き締め、背中を叩いた。

「大丈夫、それは夢だよ。
ただの夢だ。現実じゃない。
だから大丈夫だよ」

スザクの優しい声を聞いて俺は本格的に泣き出してしまった。
何度も大丈夫だとスザクは言ってくれたが、俺は思い出せないこの夢が現実のものとなる…
そんな気がして、結局下校時刻までスザクの腕の中で泣きじゃくっていた。

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