「昔もさ、やったよね」

僕がそう呟くと、ルルーシュは訝しげに眉をひそめた。
いけない、主語が足りなかった。
僕は今にも口を開いて「何をだ」なんて言いそうなルルーシュに笑顔を向けて、言った。

「お花見だよ」



きみをわすれない



「覚えてないかな?
子供の頃にも三人で……」
「私は勿論覚えていますよ」

説明を始めた僕の隣で、ナナリーがクスクス笑った。
忘れてしまっていたとしても無理は無いほど昔の話だ。
ただ、僕には忘れられないほど強烈な思い出があった。

「お兄様とスザクさん、大喧嘩したんですよね」

……ナナリーは覚えていたらしい。
ルルーシュはいまいちピンとこないらしく、眉を寄せたままだ。
僕とナナリーはそんなルルーシュを見て、顔を見合わせて笑った。

「ルルーシュがね、ナナリーは目が見えないからお花見なんて退屈じゃないかとかなんとかで、
お花見の間、退屈しないようにずーっとナナリーに付きっきりだったんだよ」

ルルーシュは、今も昔も変わってない。
桜のことを色々説明したり、お弁当のおかずを取ってあげたり、
それはもうナナリーも鬱陶しくなるんじゃないかってくらい付きっきりだった。

「……それで?
どうして俺がお前と喧嘩するんだ?」

本当に覚えていないみたいだ。
まあ、あれだけナナリーナナリーだったのだから僕のことなんて眼中に無かったんだろうけど。

「それは君が……」
「俺が?」

今思い出すと、あの頃の僕は結構気が短かったような気がする。
その性格が災いしてか、あの日もルルーシュと大喧嘩になったんだ。
それも、とてつもなく下らない理由で。

「君がナナリーに構ってばっかりで、僕のことを無視したから、僕が拗ねた」

ナナリーはにこにこ笑っている。
ルルーシュは予想外だったみたいで、驚いたような顔をしている。

「そんな下らない理由でか?」
「しょうがないよ、僕も子供だったんだから」

そう、子供の僕は無視された際に思わず手が出てしまった。
ルルーシュもナナリーの為にしていたことを邪魔され、しかも殴られて後に引けなくなった。
そしてそれは殴るわ蹴るわの大喧嘩になった、というわけだ。

「思わず私も泣いてしまうくらい、すごい喧嘩だったんですよ」

ちなみにこの喧嘩はナナリーが泣きながら叫んだ為に中断した。

「ナナリーが『もうお花見なんか嫌い!』なんて泣きながら叫ぶから、僕達はすっかり慌てて喧嘩も止めちゃったんだよ」
「そういえば……」

ルルーシュもぼんやりと思い出し始めたらしい。
ナナリーは少し恥ずかしそうに笑っている。
結局のところ、僕もルルーシュもナナリーにはかなわない。

「で、ナナリーはまだお花見は嫌いか?」

ルルーシュの言葉で、ナナリーが首を横に振った。
どうでもいいけど、やっぱりナナリーに構ってばかりのような気がする。

「見えないけれど、雰囲気で分かるんです。
うまく言えないのですけど、春が周りを取り囲んでいる感じ、というか……」
「へえ。詩人だね、ナナリー」
「まあ、スザクさんったら」

桜が見える僕にはよく分からないけれど、ナナリーも自分なりに楽しんでるみたいだ。
ルルーシュも杞憂だと分かってほっとしている。

「そういえばお兄様、私が触って分かるようにって
木に登って枝を折ってきたこともあるんですよ」
「そうだったかな」

枝を折ってきた、と言えば聞こえはいいけど、そうじゃない。
掴んだ枝が折れただけの話だ。
ナナリーは気付いてないのか喜んでいるようだし、内緒にしておこう。

「それにしても、ルルーシュは変わってないね。
お花見に来ると花より団子よりナナリーなんだから」
「そうか?」

そうだよ、ナナリーばっかりで僕とは全然喋ってくれないし。
僕の言葉で、ナナリーがまた笑った。
話しかけると返事はしてくれるけど、ルルーシュが話しかけるのはナナリーばかりだ。

「拗ねるな、スザク。
お前も変わってないじゃないか」
「変わったよ、まだ君を殴ってない」

僕がわざとらしくそう言うと、ルルーシュがふっと微笑んだ。
昔はそんな顔、しなかったのに。
勿論笑ってくれることはあったけど、こういう優しい顔はナナリーにしか向けてなかった気がする。
やっぱりルルーシュも変わったんだな、と思った。
少なくとも出会った頃と比べると、信じられないくらい僕に気を許してくれるようになったって意味では。

「次に来た時は、何か変わってるかな」

次に来るのは、最低でも来年の話だ。
一年で何か変わるとも思えないけど、もしかしたら何か凄い変化があるかもしれない。
それでも、何が変わっても、僕は三人でまたお花見がしたいな。

「また来年、三人でお花見しようよ」

僕の提案に、二人は同時に頷いた。



Back Home