チョコレートに生クリームや果物、その他諸々。
今年のバレンタインの盛り付けはすべて完了した。
あとはスザクに渡すだけだ。
ということでスザクを部屋に呼んでみたのだが――

「ひゃあ、るるーひゅ」

――なんだそのふざけた喋り方は!



デンタルドリラー



スザクは何故か腫れた両頬に氷を当て、包帯を巻いて固定している。
おそらく……というか間違いなく虫歯だろう。
こんな古典的な治療をする人間がまだいたとは驚きだ。

「ごめんえ、うまくひゃべれなくへ」
「あ、ああ……」

よく分からないが、聞き取りづらいことを謝っているらしい。
無理に喋らなくても伝える手段はいくらでもあるだろうに。
内心呆れたが、スザクの妙な喋り方が面白いので口には出さなかった。

「随分酷い虫歯に見えるが……大丈夫か?」
「ふめたいみうほかのうほ、ひみる」

ひみる……?
ああ、水がしみるのか。
それは相当酷そうだ。
水が駄目なら甘いものなど食べられないだろうな。
例えば、チョコレートとか……。

「……その歯じゃ、チョコレートは無理だな」

俺は出来るだけ、平静を装ってそう言った。
本当はスザクに食べて欲しかった、なんてことはどうやっても言えない。

「べつにほふ、ひょこえーろくらい……」
「駄目だ、悪化したらどうする!
今日はもういいからさっさと歯医者に行け!」

虫歯なら仕方ないじゃないか。
そんなことは分かっている。
分かっていても、悔しい。
どうして今虫歯になるんだ。
なにも今日じゃなくてもいいだろう。
スザクを喜ばせようと、あんなに張り切った自分が馬鹿みたいじゃないか。

「るるーひゅ、ごめんえ。
へっかくきみがひょこえーろふくっへくれはのい」
「……っ仕方ないだろう、虫歯なんだから」

スザクが申し訳なそうな顔で謝ってくるのが、ますます惨めな気分になる。
「バレンタインデーに虫歯でチョコレートを食べてもらえなかった」。
それだけのことで落ち込み、スザクに当たる自分が情けない。
俺はいったん落ち着こうと、スザクから視線を逸らして俯いた。

「……るるーひゅ」

うるさい、さっさと治療しに行け。
俺がそう言うことは叶わなかった。
気が付くと俺はスザクの腕の中だったからだ。

「ほんろにごめんえ、ほふのふひゅういで……。
ほんろーはほふもきみのふくっへくれはひょこえーと、たのひいにひへはのに。
ひょこえーとははべらえなかっはへろ、これらけはいわへて。
ありがほう、るるーひゅ。
あいしへう」

スザクの言葉に、俺は肩を震わせた。
心配そうにスザクが俺の顔を覗き込んでくる。
ああ、もう駄目だ。
俺はスザクにしがみつき――

「……あっははは……!」

大爆笑していた。

「まったくお前は……!
残念だが何を言ってるのかさっぱり分からないぞ」
「ふぇ!?
ひろいよるるーひゅ……!」

あんなふにゃふにゃの喋り方では、何を言っているのかまったく伝わらない。
そのくせ、スザクの顔は真剣そのものなのだ。
可笑しいと感じるのは無理ないだろう。

「ほふはほんろーに……!」
「だから、それが分からないと言ってるんだ」

とはいうものの、長い付き合いだ。
さすがに何を言おうとしているかくらいは分かる。
普段なら照れてしまう言葉も、あの喋り方なら台無しだ。

「ひゅき」
「は?」
「ひゅきらお!」
「だから、」
「ひゅきらお、るるーひゅ!
ほふはきみがひゅき!」

突然スザクが俺の肩を掴み、そう叫び始めた。
おそらくスザクは俺が伝わらないと言ったからムキになったんだろう。
もしくは、伝えようと必死なのか。

「らいひゅき!あいしへう!」
「っ分かった、もういい!
お前の言いたいことは十分に分かったから黙れ!」

俺はスザクの胸を一発、殴った。
俺の力ではたいしたダメージも無いだろうが、スザクは大人しく口をつぐんだ。
……本気で伝わっていないと思っているんだろうか。
俺がそんなことも分からない、と。

「俺が好きなのは分かった。
分かったから、さっさと治して来い!」

そう言いながら出口を指差すと、スザクは大人しくそっちへ歩いた。
しかし、ふと扉の前で足を止め、振り向く。
クエスチョンマークを浮かべる俺に、スザクはまた真剣な顔で言った。

「ねえるるーひゅ、けがっへなめはらなおるっていうよね。
らからほふのはもるるーひゅになめてもらえば……」
「……残念だが、何を言ってるのか分からないな」

手をひらひらさせる俺に、スザクは不満そうな声を上げて部屋を出た。
大人しく治療に行くらしい。

「……何を考えているんだ、お前は」

一人きりになった部屋で頭を押さえて呟く。
自分の歯が痛い時によくそんなことを考えられるものだ。
転んでもただでは起きない、というか。

「仕方ない」

普段ならふざけるな、と一蹴するが、どうやら今日は浮ついた空気に乗せられてるらしい。
帰って来たら完治祝いを含めて、それくらいはしてやってもいいかと思い始めているなんて。

「それにしても……あんなに連呼して恥ずかしくないのか」

そう、本当は全部伝わっている。
チョコレートをまだ渡してもいないのに、礼を言われたのは初めてだ。
食べてもいないくせに、あんなに何度も好きだの愛してるだのと。
俺なら恥ずかしくてあの半分だって言えないだろう。

「馬鹿め、体力馬鹿」

頭の中をスザクの言葉が延々ループしている。
それを誤魔化すように毒づきながら、俺は赤くなった顔を手で覆った。



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