「自分と同じ人間を見ると死んでしまうそうだ」



double



「ドッペルゲンガーというらしい」

ゼロはまた妙な本を見つけて来たようだ。
絶叫する少女が表紙に描かれた本を見ながら、興味深そうに言った。
怪談の類いと見て間違いないだろう。

「同じ時間に、別の場所で同じ人間が目撃される……。
何かのトリックや嘘や見間違いでないのなら、実に不可思議だ」

ふむ、とゼロは子供だましの本を熱心に読み続ける。
てっきり幽霊の類は信じないと思っていたので、意外だ。
ゼロなら「自分が見た物以外は信じない」と言い出してもおかしくはなさそうなのに。

「世界には同じ顔の人間が三人はいる、というが。
何か関係があるのだろうか」

三人、というと俺とゼロともう一人いることになる。
同じ顔ばかり揃うと、なんだか不気味だ。
最後の一人がドッペルゲンガーかもしれない。
そんな俺の言葉にゼロは首を傾げた。

「最後の一人……?
お前と私は似てはいるが、違う顔だろう?」

つまり、俺の顔が二人とゼロの顔が二人。
傍目に見て同じ顔が六人いると、ゼロは本気でそう思っているらしい。
俺は自分とゼロの顔を本気で見比べようと思ったことが無いので、残念ながらよく分からない。
双子なんだから同じ顔だ、と納得していた。

「ルルは私より遥かに可愛らしいじゃないか」
「……それはお前の思い込みじゃないのか?」

もしくは、性格の違いから来る表情の差か。
例えば、ゼロが部下に命令する時の迫力は、俺には無い。
そんな小さな差だ。
入れ替わったとしても誰も気付かないだろう。
同じ顔なのだから。
もしも入れ替わったことに気付く人間がいるとしたら、ナナリーくらいかもしれない。
見た目を似せても、ナナリーには通用しないからだ。

「そうか?
お前と私が違うことくらい、親しい者なら見分けられるだろう」
「お前は自分の顔を見たことが無いから分からないんだ」
「それはお前も同じじゃないか」

誰だって、自分の顔を見ることは出来ない。
鏡に映る顔は左右が反転している。
ゼロは自分の顔を見たことが無くて、俺の顔ばかり見ているから錯覚しているんだ。
第三者から見れば、きっと同じ顔が二つ並んでいるに違いない。

「いや、誰にも分からない。
ナナリーだってもし目が見えていたら見分けられないだろう」

俺がそう言うと、ゼロは不思議そうな顔をした。
やはりまだ納得がいかないのだろう。
考えこんでいたがやがてゼロは、何を思ったのか、くつくつと笑い出した。

「なら、ルルをルルだと見分けられるのは、私だけなのか。
ルルが私と違ってこんなに可愛らしいというのに、それが分からないとは哀れだな」
「なっ……」

ゼロの言葉に俺は思わずたじろいだ。
確かに、俺とゼロは誰にも見分けられない。
ただしそれはお互いを除いては、だ。
俺がルルーシュなのだから、目の前にいる人間は同じ顔でもゼロだということになる。
例え二人で並んでも、俺にはどちらがゼロか分かるのだ。
反対にゼロもどちらが俺が分かる。

「ルルがルルだと完全に肯定出来るのは私とお前だけだ。
それは他のどんな人間にも出来ない。
私達だけだ」

ゼロは俺の揚げ足を取って、クスクス笑っている。
どう答えても、ゼロはこうして都合のいいように丸め込んでしまう。
俺はため息をつき、照れ隠しに言ってやった。

「俺はもうドッペルゲンガーかも知れないぞ」

それを聞いたゼロはおかしそうに、本当におかしそうに笑った。
何がおかしい、と聞き返す俺にゼロは至極当然だという顔をする。
そして、妙に自信に満ち溢れた口調でこう言った。

「……お前と他人が入れ替わって気付かないはずがないだろう?」

ゼロはいつも、お前のことで分からないことは無い、とでも言いたげな言動を取る。
だから分かっているはずなのだ。
俺がそんなことを言われて、どんな反応をするかということくらい。

「どうした、ルル?
熱でもあるのか?」

まるで気付いていないようなすました顔で、ゼロは本を置き、俺の頬に両手を添えた。
そのまま触れ合う一歩手前まで顔を近付けられる。
混乱する俺の目を見て、ゼロはふっと笑った。

「やはり、お前の方が可愛らしい」
「同じ顔だろう」

俺はますます染まろうとする頬に抗う。
が、ゼロはさっさと俺の顔から手を離し、また愉快そうに笑った。

「私には分かる」

100%、確信がある、という堂々とした表情で言いながら、ゼロは本を再び手にした。
ページをめくると、次はもう別の怪談話が始まったらしい。
ゼロの視線が本に向いているうちに、俺はゼロの顔をまじまじと見つめた。
鏡の中の俺と、まったく同じ顔でそこにいる。

「……俺には分からない」
「なら、私だけが分かればいい。
誰も彼もがお前の可愛らしさに気付くのは困る」

本の虫になっているゼロはそんなことを言ったきり、黙り込んだ。
ゼロはわりと嫉妬深い気がする。
双子故に、片割れを失うのを恐れているような。
二人揃っているのが当たり前だったのだから、突然どちらかがいなくなればきっと混乱するだろう。
どうしていいのか分からなくなる。
そしてその時は、鏡を見てもそれが自分か片割れか区別出来なくなってしまうだろう。
ゼロも本当はそれを恐れている気がする。
……俺も人のことは言えないが。

「ん……ルル、これは素晴らしいぞ。
人間の顔をした犬がいるそうだ。
とするとルルと同じ顔の犬がいる可能性も……」
「嫌な想像をするな!」



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